心の扉とネットワークの関係

インターネット社会が憎しみを増すような怖さがあるという、かつては2ちゃんねるにも大学の時は怖くて書き込めなかった。相手から非難される事もそうだが、自分も気性が荒くなってもう一人の自分を演じようとしてしまうところがある。そこから耳寄りな情報を集めようとした事もあったけれど、いまでは2chビューアを見ることはあまりなくなっている。当時というより、1980年代のメディアや小説はかなり言葉が、不特定多数に向けるとトゲのようになることがあるかもしれない。日本の犯罪者数は世界に比べると驚くほど少ないというけれど、それでも潜在的なストレスがないわけではない。普段は温厚な人でも、大切な家族や友人のような人を損なわれたりするような場面では怒る事もある。先代から、無茶な喧嘩は良くないというけれど、かといってなんでも受け入れて、誰にでも気さくに接するというタイプでも理想的にはそういった形がいいけれど、あまり快く思われないというところもある。
僕は少し隙間時間があるとtwitterやSNSを見ていることがある。それでも執拗に監視するような人とは少し距離を置きたい、僕自身が全て正しいわけでもないけれど、何かあると同じことをする場合は、他のことが手につかなくなるような気がした。書籍やメディアでなく、ネット上の声にはその人となりが分かったとしても、不特定多数にプライベートを公表することになるので、なかなか難しい。社会人になってから自分を見失うことなく、誰かの役に立てるような場づくりができればとは思うけれど、集団の中で別に言いたい事があるわけでもない。

もしインターネットを通じて、何かの自分が居合わせないような場所で良し悪しを判断するような場合でも、僕は必ずしも善良で安全な立場でもないと思っている。ネットワークは電話線の信号のやりとりだけれと、気持ちが具現化して雰囲気は当事者のいる環境と隔たりがあるけれど、パソコンがまるで別の空間への出入り口のように感じられる時がある。それでもそこは実際の場所でなく、通信環境を通じた仮想的なイメージでもある。しかしながらブログやオンラインゲームを通じて、知らない人と触れ合えることはいいことだけれど、あるとき、実際に背後から襲われてという事もあるのかもしれない。もし自分が人を殺めることになると、サスペンスドラマのように何か鈍器で殴ったり、ナイフで襲うにしても強力な衝動や周到な準備だけでなく、ある種のひとり分以上の力が必要になる。また、公にできることでもなく、何かにつけて世間から逃げ隠れることを余儀なくされる。
それよりも間接的で、恐ろしいのは傍観者的な立場から、対象の自滅に見せかけた傷付けかたで、相手に触れる事も、目線を合わせることさえなく、相手はあたかもひとりでに追い詰められていく。相手のことをいい意味で押し計れれば心強いけれど、何かにつけて間を外れると、勘違いが起きて、思うように行かなくなる。自分が実力不足でそうなっているのなら納得もできるけれど、中にはまるで今までの自分の一連の動作が実際には起こっていない、こんなはずではなかったという事もあった。僕は相手のことはよく知らないけれど、相手は僕のことをまるで手に取るように把握しているという場合もある。そうなれば監視も誘導も思いのままになる。僕は誰かの上に立つことに拘る余裕はないけれど、誰かの言いなりになることは自分に嘘をついているような気がする。それでも僕はもともとアレルギー持ちで、まるで自傷行為のように皮膚を掻き毟る癖があった。それこそがどんな呪いよりも確実に自分にダメージを与えているという事もある。文章を書いているとういうより、背中を掻いているという方がしっくり来るのかもしれないが、もしそういった呪縛から自由になれるとしたら、自分を知ってマメにケアする事で少しずつ自由を確保していきたい。
癖は自分の自由意志よりも、コントロールを握りやすくなるという、そんな歪んだ癖でさえ、3D空間のような認識の中で、意思を持っているバネのような感覚に例えられる。僕はもともとあまり手が器用ではなく、左手と右手を別々に独立させて動かす事ができない、どちらかのリズムに吊られて、片方は意志もなく添えているだけになっている。視野もあまり広くなく、後ろが見えない事がほとんど恐怖に感じない、先のことが分かりにくかったり、身近な事にブルブルと震える事もしばしばある。ネットワークが発達する事で心霊現象のようなことが起こる。誰かが気になりだすと、自分はこれだけ気にかけているのに、どうして振り向いてもらえなかったり、意地悪な気持ちが過るのかと。一方ではうまくいかない事はどうにもならないし、もう一方ではもし自分が何かに絶望したり、誰かを快く思わず、不信感を持ったとすれば、必ずしもうわべだけを取り繕ったり、相手の弱ることを願ったりしないと思いたいけれど、そのために相手をコントロールするよりは、相手にも意志や能力があることを認めて、できることを支えて引き出していくという、たとえ途中で倒れる事になったとしても、その人なりのペースで取り組めるようなノウハウを残していきたい。
 

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