紙とレトロガジェット

図書館であえて大活字文庫を借りてきたのは、その本の目的はホスピタリティや教育からくるものだったが、これからの電子書籍に個人的には必要だと思っていた。ミステリー小説のように二段組の原稿や手塚治虫の豆本なども、文字は小さいが図やストーリーと相まって一覧性はそれなりに担保されている。とはいえ、それを作る段階では、おそらく折り紙をたたむ前に広げるように、平明に設計図を用意したと思われる。森博嗣が科学の勧めでで、ビルの工事に使うクレーンは、建設中にはプレハブ小屋より大きいけれど、施工が進んでくると、だんだんと建材の一部に同化して、最後には作業員の手に持てるくらいの大きさになって、エレベーターの載せて手で地上に運ばれるという。読み物もそのように帰納されるという。 

小説にはBGMが出てこないが、店舗やスーパーに流れているハミングのような曲は、その風景と完全には調和しないけれど、何もないよりは、駅前に弾き語りのミュージシャンがいたとして、その曲に興味はなくても、なにがしか関連があるのかも知れない。コミケに参加できなくて、ストリートパフォーマーに絡まれそうになったことを踏まえると、イベントを主体に参加して、募金などで承認欲求を満たしてもしょうがないという類のこともある、ケースバイケースではある。 

ノベルゲームに、吉利吉里エディタというメモ帳でシナリオと画像と、BGMを合わせるという、レトロでシンプルなメモ帳があった。CD-ROMにするとそれはType MoonのFate stay nightになるという、井上ひさしの吉利吉里人という小説に由来があるというが、先日の柳田国男の遠野物語にもその面影はあった。 

アメリカの片田舎で、WiFiのブロードバンド規格5Gの展望をプレゼンする折になって、従来の4Gでも検索や動画を送ることはできるとして、あまり新しいものが受け入れられないという。子供の頃にはカセットテープからMD、CDと目まぐるしく記録媒体が移り変わったが、直にライブで耳で聞いた方が臨場感はあり、古びないかも知れない。とはいえ、10年前でとっくにメーカーのサポートも過ぎたiPodで2019年の最新曲のメドレーが聴けるとは思わなかった。内臓のリチウムイオンバッテリーやスピーカーもも分解の仕様がないが、まだ動いている。どこまで動くか、かくゆうここで書いているiPhone6sもメーカーのサポートは去年に過ぎた。燕三条のカーブミラーは意外に物持ちが良かったといえる。中国も夢中になった、水の平面張力を活用した、バンパー式のiPhoneは、液晶画面が大画面になるニーズを反映していった。iPhone5では、海外の動画やゲームの動きが移りきらなくなったので、先駆けて、次の機種にした。それからは機種代とローンに悩まされることになる。 

青空文庫は短編をいくつか読むことができるけれども、ある程度まとまった文章になると、一覧から探すよりが過去に見たことがあるものから連想して辿っていく、ノベルゲームの文脈はどこからくるのだろうか、シュタインズゲートは携帯電話のメール機能で紡ぐように文章を編んでいる。なにで書くかというよりは、なにを書くかということが重要だと思う。いつの時代にも日常は存在していた。近代になってメディアや記録媒体が増えて、過去を俯瞰できるようになったが、そこに居場所が見つからない、できれば少しばかり腰を掛けられるようなところがあれば、そこでスマートフォンとキーボードでなにかメモを繋げて小話を描いてみようと思った。漫画のセリフや歌謡曲のフレーズは、印象は豊かでも、その文字数は少なく、まるで俳句か短歌のようだ。小説でも、情景を脚本のように短冊にしたため、その間の取り方や、雰囲気はあとから付いてくる。行間には存在技があると思われれるが、僕が学校に通っていた頃は、成績のいい人のノートを見てもよくわからなかった。レオナルドダヴィンチも記録を左右逆の鏡文字で書いていたという、ゲーテは論理的で分かりやすかったが、僕はなるべくは自身がそれほど優秀でもなかったので、なるべくは平明に取り組みたいと思っている。 

図書館の中学校のオススメの本には、ライトノベルもあったりと、世相の変化を感じさせる。僕はパソコンを使っても、それが帳簿やメンテナンスに使うということをある程度、イメージはしたけれど、学生の頃から校庭の向こうのビルに住んでいる人がどんな暮らしかは想像もつかなかった。とりとめのない話になってしまったが、活字を参考にそこから風景をイメージする、ただ今ではヴィンテージになったものでも、それが現役だった頃はピカピカでその当時の感覚を満足させるものだったと思われる。そういった意味ではただ昔を懐かしんでいるわけではなく、そのルーツをたどっている。いずれペーパーバックで海外の漫画や小説をPDFにして見てみたいと思う。また、kindleにもいろんな読書体験をともに行なっていきたい。中国のワンボーという道端の本屋の屋台や、ニューヨークのキヨスクのようなニューススタンド、それぞれの営みが暮らしを形成している。そんななかでふと風の音やせせらぎの流れに耳をすませてみたい。 

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