電子書籍とライトノベル

ソードアートオンラインのアニメはabematvで繰り返し見ることができたが再放送も何度見ても新しい発見がある。ふとその最新のノベルを電子書籍で購入しようとすると、スマートフォンのkindleアプリからは電子書籍が購入できないという、そこでE-inkの白黒のkindleを開くと数週間たっているがバッテリーがまだ残っている。図らずも電子書籍で新書を読むきっかけになった。2019年10月のアニメではアリシゼーションの第三クールがあるが、ノベル版の21巻では、ユナイタルリンクというRPGにシュミュレーションの要素を付加したものだ。いままでのエクスカリバーやら魔法剣の設定がリセットされLv1に戻ったというのはどうにも妙だけれど、ポケモンGOやドラゴンクエストなどの空想の産物は現実にはない、ものづくりの成り立ちを辿るという意味では初心者にも敷居が高くない。モンスターハンターでも装備がない状態では、アオアシラという熊でも強敵だった。または装備を経験値とそれにつぎ込んだ時間とお金と労力から、レベルや専門知識を上げたとしても、ゲームの難易度によってはやはりモンスターは人間にくらべるとステータスが高く相対的には弱くならない。

アリシゼーションは、不思議の国のアリスという童話と、シヴィライゼーションという文明シュミュレーションゲームを組み合わせた造語だ。シヴィライゼーションは、序盤では石や木をひたすら収集して、周辺部族と戦わず準備だけをするどちらかというと内向的なゲームだ。農耕でも製造でも鉄が産業化のカギになる。実際にインドネシアで砂鉄から玉鋼を鋳造して、工具やネジを作ったという探検家もいるそうだ。日常にはネジや釘などの物理的な道具でさえ、それがどのように作られたかを実感することが少ない。それにしても、液晶技術が4K高画質に、AR(argument reality)などの拡張現実などの絵のなかの風景を探検できるようになっているのに、できることが前近代的な段階を再現せざるを得ないのは、なにかのパラドックスのように思われてならなかった。電子書籍には再生ペットボトルで熱加工された下敷きを、次のページをめくる動作をするために指でなぞる。あまり意味はないが孤を描くようにページをめくる。

アリシゼーションの仕組みは、どちらかというと空想の風景をコンピュータで描く仮想現実VR(vitual reality)というより、AR拡張現実に近い。骨組みを作って、そこに写真を奥行きを付けて貼り付けていく。おそらくそちらのほうが少ない労力で世界観を再現できる、またはそうせざるを得なかったという事情があるかもしれないが、ともかく空想にある風景にも現実のオブジェクトが引用されることはしばしばある。冒険する舞台になる空や海、山や川は、厳密にはオリジナルでなく、どこかにあったかもしれないからこそ、郷愁が再現されるということもある。

小学生のころにはそこまでゲームをやり込めなかった、街角にはアーケードゲームがあった。ゲームはあまり得意ではなかったが、インパクトがあった。パンや牛乳を買うお使いのついでに、駅前のガード下にあるゲームセンターでシューティングゲームをしていた、調子が良ければ1面から3面くらいまで100円だけで進むことができるが、どうしても続きが気になるようになり、何度もコンティニューしてクリア寸前までいったゲームもある。雷電DXというゲームは2Dではありながら、ガジェットがリアルに作られていていまだに迫力がある。とはいえ、ステージを進めるごとに難易度が上がっていき、対応しきれなくなるので風景と自機のバランスは3面くらいまでが丁度いい。駅前のガード下は、ただ散歩するだけでも変わった形の屋根や駐車場が見えたり、風景としては変化に富んでいることが分かる。いまではゲームセンターや100円を自動販売機のように投入する仕組みのゲーム機は見られなくなってしまったが、町の景色の一部だったことは確かだった。シューティングゲームで一通り戦艦や工場が出てからは、東方という風景ではなく抽象的な網や花火を扱ったような同人ゲームが主流になる。不思議なことにスマートフォンやmacOSでなく、windowsOS上でしか動かない。しかしスペック要件を満たしていれば新品でもアウトレットでも動くので、デスクトップのアイコンの向こう側にある世界ということになるのかもしれない。物質文明が全盛だったときに、音楽から心理描写に着目して新たな境地を切り開いた原作者の心境は想像を絶するものがある。しかしながら、視点はパソコンからその周りの実世界に戻り始めた。SNSでの情報交換だけ手なく、ものづくりに根ざした材料が必要になってきた。秋葉原には最新の映像、情報機器や、その運用に欠かせないパーツがあるけれど、ベニヤ板や鍋、やかんなどのかつては商店街の金物屋にあったようなものが見つけにくい。そういった意味では、一方ではありふれているけれど他方では珍しいなどの、取り組み方を再発見することになる。これはこれでニーズがありそうというアイテムを見つけていきたい。

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