アプリケーションとファイル転送

入館カードを無くさないようにと、オフィスの最寄りの文房具屋で名札のストラップを1つ買った。あまり目立ないような、またなにかのはずみで外れないように留め具が頑丈なものを選んだはずだった。翌日になってオフィスの外ではポケットに入れて置いて入館カードが外に見えないようにしようと心掛けていた。改札からオフィスに向かうときに、入館カードを取り出そうとすると、ストラップと入館カードが外れていた、ポケットに留め具を外すボタンが引っかかってしまったようだ。今度はストラップにキーホルダーの金具を付け替えて外れないような仕組みを考えようとしていた。アパートの鍵の名札ケースに使っているのと同じような金具のリングとプラスチックの留め具が置き換われば、強度とポケットから出し入れするときの利便性は確保できると思っていた。オフィスでは入館カードとセットで別のストラップが配られていた。留め具はプラスチックだったけれど、かさばらずに外れにくそうだった。それまでは3人で入館カードを交互に使っていたこともあり、それはそれで慣れていこうと考えていた。ともかく自分の判断で行動できる部分は自主的にしていこうと思う。また帳票の件数確認では何件かの重複があった、一件ずつノートに書き写してメモしていたが、帳票コードと枝番の意味合いが分からず、順番に件数を入力していても入力漏れがあった。自分で意味合いを考えてチェックできれば、精度を改善させていきたい。帳票コードはオペレーターが件数を確認して、大型の漢字プリンターで出力したものを帳票コードにそった帳票に印刷したものだった。そういった背景が想定できないと、帳票コードの数値の重みがくみ取れないこともある。帳票のメモでも要領が必要で緊張するけれど、それでもミスをしてしまう、すくなくとも原因と改善案を実践していきたい。

VirtualBoxでは3dアクセラレーションがdirect3dに反映されなかったので、VMWareでwindowsXPの日本語版のCD-ROMとシリアルキーによって仮想環境を作ったところ、3dアクセラレーションはwindow7以下では動作しなかった。windowsXPで旧バージョンのゲームができる環境は確保されにくい。ゲームはその時点での最新版の技術傾向が導入されており、現時点から旧バージョンのソフトウェアOSがあったとしても、条件が整わないと動作しないようだ。SteamではオンラインでCD-ROMにあったデータをwindows10で動作することができる。CD-ROMに保存したデータがそのまま使えないのは、残念だけれど。windowsXPでは、directXに依存しないで、できることを模索しようとしていると、Office2007のパッケージがInternetArchiveにシリアルナンバーと共に保管されている。中古のPCショップでは、基本ソフトウェアになるOSとエクセルやパワーポイントなどのアプリケーションを一つのパッケージにまとめたOfficeがあらかじめインストールされているものもある。このようにして、旧バージョンのOSで2007年~2008年のデジタル文書の作成の環境が手に入った。共有フォルダはwindowsXPでは見つからなかったため、VirturalBoxへのファイルの転送にはFTPを使うことにした。現行のwindowsではSFTPがファイルサーバーに使われているが、フリーソフトのFFFTPが与えたシンプルな使い道は、webの専門学校でも、そのフリーソフトをダウンロードして運ストールすることがホームページ制作の準備段階になっていた。IT企業でもセキュリティ対策パソコンにFFFTPがインストールされている。Webデザイナーの事務所にもシステム開発のモックがFFFTPのエクスプローラー画面のファイルリストにそっくりだったこともあった。それだけにFTPのIDとパスワードにアクセスできずに、元ファイルをローカル環境で用意するしかなかったときもあった。

離れた場所でもインターネット回線を使って、デジタル文書やファイルをやり取りできるのがFTPでそのインターフェースは日本人のsotaというプログラマフリーソフトにも使いやすさと実用性があった。誰もが使うような重要なソフトウェアやインフラでも、オープンソースウェアの緩やかなフレームワークで運用されている事例もある。インターネットは離れた場所とで情報をやり取りすることができるけれど、amazonなどのオンラインショップは商品のサムネイルという小さな200ピクセルくらいの写真が、その商品を手に取らなくても想像できるための手掛かりになることがある。例えばホームページで個人が旅行記をホームページのコンテンツにしてもそこに現実味が感じられることがある。デジタルカメラは高画質・高解像度になるがサムネイルの存在感は色あせない。デジタルカメラだけでなく、スマートフォンでも状況を伝える写真を手軽に入手できるが、体験そのものを伝えることには、利便性だけでない要素もある。その一方でネットワークは既存のマスコミや企業活動に留まらない多様性がある。僕としては地道に物事を進めるタイプだったけれど、思わぬものを拾って、それが役に立つこともある。価値観を育野に必要な寛容性を見つけていきたい。

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