ハードウェアとソフトウェアの選択肢

リュックサックの肩ベルトの右側の利き腕の方の合成皮が剥がれかかっていた。そこで、膠のような革製品の補修用パーツをホームセンターで購入した。補修用テープを肩ベルトのささくれだったところに塗ると、ベルトと同じ色の薄い膜ができて、摩耗した表面が目立たくなった。また、パソコンを収納しているメタルラックの土台がライトスタンドの重みで重心がやや不安定でグラグラしていたので、エアコンパテの粘土を土台に付けて補強することにした。これらはホームセンターならではの品物で、地味ではあるが既存のものを使い続けるための工夫になった。

パソコンのセガサターンのエミュレーターを試して見ると、CD-ROMをISOイメージに変換して、仮想ドライブがエミュレーターのドライブと合っていると、セガサターンのゲームが起動するようになっている。セガサターンのゲームはアーケードゲームを移植したラインナップもある。しかしながら、実機を中古で入手したとしても、ハードウェアが発売当時とは変わっているためにそのまま起動させることができない。USBとHDMIケーブルで動くミニファミコンなどもあるけれど、ソフトウェアにあたるディスクを交換することができず、予めインストールされたラインナップを再現するに留まっている。プレイステーションやネオジオアーケードも小型化したが、同様にソフトウェアを入れ替えることができない。

セガサターンのエミュレーターは案内用のウェブサイトに最新版のエミュレーターがあり、exeファイルを起動させると、セガサターン用のBIOSが無くても、CD-ROMドライブを指定すると読み込みが開始される。もしセガサターンを持っていれば、テレビ画面がCDコンポになるような近未来的なインターフェースではあったが、ソフトウェアの読み込みを優先したために見ることはできなかった。ゲームといえばカセットテープにパソコン部品のメモリーボードのようなユニットをゲーム機のハードウェアに設置する形で、カセットテープを入れ替えると、同じハードウェアのままで異なるソフトウェアを実行することができる。パソコンが高価だった時代においては、デジタルコンテンツでは最も効果的だった。現代ではスマートフォンでは中国や韓国のキャラクターが多いけれど、かつては日本でも表現の自由があった。時代というと世代交代を踏まえると昭和時代が圧倒的な存在感を持っているが、平成の30年余りのなかでも、アナログがデジタルになる試みがなされていた。

デジタルとアナログには一長一短があり、どちらかというとアナログに権威があるために、平成におけるデジタルは、そのときに日の目を見ずに埋もれていったものもある。セガサターンのエミュレーターはロード時間なのか動作が停止しているのか分からずに、途中で止まってしまうことがある。ゲームをコンティニューするときに停止することが多かった。パソコンのスペックが問題なのか、エミュレーターの問題なのか判別できなかった。エミュレーターには途中セーブとロードの機能がある。この機能を使うことは気が進まなかった。というのもアーケードゲームやゲーム機にその機能が付いておらず、ゲームコントローラーの選択によって、展開を切り開いていくことに好奇心をもっていたからだ。しかしながら、エミュレーターが実機のように電源を入れてCD-ROMを読み込んでも異常終了しないことが担保されていない状況であれば、セーブとロードの機能が必要だということになる。もし過去のゲーム機にパソコンのようなセーブとロードの機能があれば、より情報の共有はしやすかったのではと思うこともある。パソコンのハードウェアとアプリケーションを支えるミドルウェアの詳細は分からないが、ゲーム機ももとはパソコンのCPUの機能を限定してパッケージ化しなおしたものだ。キーボードの代わりに十字コントローラーキーがある。ゲーム機には双方向性はないけれど、選択肢を選べる自由さがあった。アーケードゲームには十字キーと対応しておらず、ゲームが起動するだけで操作ができなかったものもあったが、セガサターンではコントローラーの操作性はシンプルなキーの割り当てだけで動作する。

東方シリーズの初期の作品で、東方紅魔郷をプレイしてみると、ノーマルモードでも難易度が高く、一度はハードモードでノーコンティニュークリアをしたことも数年前にあったけれど、現在ではstage3の美鈴の虹色の弾幕に対して、コントローラーの動きを、十字キーを1㎜ずつずらして避けるのも細かくてかなりしんどく、当時より実力は思わしくなかった。結局コンティニューは2回行った。イージーもーとではstage4の咲夜から先に進めないが、ノーマルモードではstage5のレミリアまで進むことができる。そのためにはstage2のチルノとstage3の美鈴をノーミスでクリアする必要があるが、テンポがやや間延びしている感もあり、進行が難しい。確かにstage3からstage5までのリズムや音階の盛り上がり方はMIDI音源でも色あせない存在感がある。

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