今までの経緯と目的

朝起きて、新聞小説を書き写して、散歩にでると資源ゴミの日が今日でまだ8時前だったので、段ボールを梱包して出しておく、そのときに自転車ですこし散歩に出る。今年は2020年で、大学を卒業したのが2015年だったため、社会人になって15年目になるようだ。そのうち10年をwebデザイナーとして過ごし、4年を派遣社員のSEとして過ごしてきた。ちなみに社会人になって1年目では、専門学校に通って、そのスキルを活かしてアルバイトをしながら過ごしていた。2年目になって個人のプログラマの事務所に参加して、そのホームページを作ることを始めたが、社会保険などの福利厚生に加入しておらず、不安な日々を過ごしていた。続いて3年目ではITベンチャー企業に就職して、コーダーとして企業のホームページにコンテンツのデータを入力していた。社員の平均年齢が若く就業規則は比較的自由だったが、業務が深夜に及ぶこともあった。現在ではウェブサイト制作は行っておらず、スマートフォンのカバーを作る代理店になっているようだ。とはいえ、社員旅行に行く経験をして、レクリエーションをしたのもここでの経験が初めてだった。福利厚生も充実していた、専門学校で学んだスキルを活用すべく、転職エージェントと相談して、価格比較サービスのコーダーとして働くことになる。新卒のときはエントリーシートを書いても1次面接までしか進んだことがなかったが、エージェントの協力もあって2次面接まで進むことができた。

後楽園を歩いた道は、道の途中で東京ドームがあり、遊園地があってもそこに寄り道できずに、ただまっすぐ歩くしかなったことを覚えている。そこでの勤務は4年半に及んだ。初めの2年はコーダーとして、続いての2年はグラフィックも加工できるwebデザイナーとして勤務した。福利厚生が充実しており月々の手取りは前職に比べてやや少なかったが、積立をしていたので貯金を貯めることができた。また、自動掃除機のルンバやサイクロン掃除機、電子レンジを購入したものこの頃だった。アニメやゲームのコンテンツを購入することができたので、それを見て楽しむだけでなく、制作に参加したいと思うようになった。オンラインゲームで知り合った大学生とコミケに行くことができたのもこのあたりだった。この後にゲーム会社にも応募はするものの、webデザイナーの事務所で、企業のホームページ制作を請け負う業務につく。ブログをCMSとして活用してカスタマイズすることで、クライアントの要望を取り入れながら、個人でコンテンツを運用して作成することができる。海苔の商店のブログを年末年始に更新するのが、行事のようになっていた。

給与は月々にみなし残業が含まれるので、前職より多い時期もあったが、残業によってスケジュールが不定期になるので、貯金はほとんど貯まらなかった。またアトピー性皮膚炎のイボが足にできて、漢方での自然治療を試していて月に2万円くらい使っていた。このころにライターを目指して、講座を受けることになった。webデザイナーとしてコンテンツの入れ物を作っていたが、筋書きを自分で書いてみようと考えたからだった。Webデザイナーとして勤務していた3年目くらいのときに、九州に家族旅行に行くことになったが、どうも精神が手一杯だったようで、父に心配される。残業をどうにかしたいと事務所と相談したが、自己都合による退職になり、それから雑誌の編集者に勤務するものの使用期間満了で、コンテンツを書くことからパソコンを使った仕事を探すことになる。このときに、ロボットのベンチャー企業があるのでエージェントを使わずに気軽に応募してみると、実際にはすぐに入社できるが、実態人材派遣会社で、しばらくは会社の応接室での講習を、会社から給与を貰って聞くことになった。会社の平均年齢は若かったが、技術者になると高齢の人もいるようだった。派遣先が決まらないと同じ講習を繰り返すことになる、派遣先が決まるとそこに合わせる必要がある。派遣先は3カ月に一回変わるのでスケジュールは立てにくかった。派遣先には入館カードを用いる必要があり、今までの勤務より規則に沿う必要があった。ここでの勤務も派遣先が用意できないということで自己都合退職に追い込まれて、ハローワークに通って、そこで官公庁向けシステムの派遣会社を紹介される。ここでも社員旅行があったり、他の社員との交流があったりと自身ではできない体験をした。業務はSEというより事務作業に近かったが、父に話してもなるべく続けられればそうしたほうがいいといわれていた。同時に独り言がぶつぶつと業務中にあるというアドバイスを受けて精神科医に通うことにもなる。派遣先は3カ月で交代することが多かったので、いつ転属になるかわからずスケジュールは立てにくかった。夜勤のシフトを避けられないというときになってコロナウイルスの影響によって、自宅勤務になって派遣先も6カ月以上続いたところで、会社都合での退職になって、現在に至っている。目標を立てたもののその通りにならないこともしばしばあったが、なるべく持続できる方法を見つけていきたい。

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