アニメの思い出と家族のイメージ

飛騨高山を舞台にした、高校生の少年少女の青春を描いた氷菓というアニメが、webデザイナーをしていた当時、深夜アニメで京都アニメーションが放映していた。アパートに同居していた2歳としうえの女性が喜ぶ顔が見たかったのか、僕はMAD動画も自分が歌えたり、踊れないくらいテンションの高いものは苦手だ。ギャングストリートでマフィアが兵隊を引き連れた抗争をするときに暴力ではお互いに賠償金が生じるので、やがてはダンスや文化の比べっこになったという、エグザイルの青年団が一列になって輪になって踊るよなパオフォーマンスが体力的な基礎になある。アニメソングはBPMが心拍数を超えやすい傾向にあった。そのためすこし落ち込んだ気分を盛り上げるのには適しているが、正直なところあまり健康的ではない。健康で文化的な生活をという条文があるが、自分自身ならともかく連れも巻き込んで病気になるのはあまりいい傾向ではない。

ヒロインがおむすびを作る姿などが、アイドルのようにわざとらしくなくて、僕の連れは正直美人ではなかったが、渋谷や原宿にいるモデルのようなセル画にしなくても、デジタルカメラでそのまま取ればちょっとしたポートレートになるという、上下関係やアジアとヨーロッパの格差や貧富の差を感じさせないで、ただかわいいところが、パートナーを元気づけるのではないかと思った。そのときに初任給くらいにしか給与はなかったが、いろいろな支えがあって食べるには困らなかった。それでも自分の為でなく誰かのためにお金を使うことが僕には必要だった。家族は他人行儀になると寂しくなるというけれど、僕は短期的には衝突しても長期的には安心のもとになると考えている。

しかしながら、アイドルやギャルサーなども一般的に女性らしさを商品する事務所は、ほとんどが見かけによらず男社会であることが多い。かわいくないだけで蔑まれたり仲間外れにされる。そういったきらびやかな側面とそうでない部分を交互に見た。例えばウェイトレスがお盆にビールを載せて接客するのでも、体系は痩せている方が好ましいが、腕力は腕相撲でも男性に勝てるくらいの余力が無いとできない。理想と現実の矛盾が構造的にあることが負担になっており、愚痴をこぼさないことが美徳とされるわけではない。

婚約指輪を2つのお店でみた、ひとつは恰幅のよい男性が金属を選定し、もうひとつは、すこし年を重ねた女性が日常でも持続性のある体の一部のようになるものだ。連れは前者を選んだが、僕は、餅は餅屋にとおもって連れのために後者を勧めた。また上下関係でなく対等にお互いにいい影響がだせるのではないかと期待していた。

スマートフォンはそこまで使いこなせていたわけではなかったけれど、フィーチャーフォンのころから待ち受けの壁紙にスクエアエニックスのプレイステーションのゲームを張っていて、iPodやHTCをさながらザウルスのように使っていて、なにも話題がないところで落ち込まずに楽しんでいる様子が既視感になったようだ。なにかとスマートフォンの手鏡を見ているという印象が先行した。僕は僕で、フィーチャーフォンの新型とFlashの動く広告っは目が疲れるので、適度にテンポよくボタンが押せればいいと思っていた。それが逆にキーボードの使い方にテクニックがあるとか、へんな邪推のもとになった。そう思うあなたの方が器用ですと答えることにしている。

iMacでブランドしたアップルにも、個人的にはアニメの白い肌より僕自身が浅黒かったので、普段使いのアイテムのイメージとしてはTシャツの青年がさりげなく使うイメージだったが、アップルのストレージにはそれだけでなく海外向けのハック&スラッシュというRPGでなく、ドラゴンクエスト3以後のJRPGの壁紙も少なからずある。またフィーチャーフォンに比べて画面が四角いiPodと和製アニメの風景の描写は妙に調和した。(参考)

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見えない作用

機嫌は秋の空のようなもので、コロコロと様子が変わる。芸能レポートが過熱していると、真面目な職場でも揺り戻しが来る。普段我慢して、世間や上の立場の人から一方的に嫌がらせをされたりしている分、だれもが優しさより辛さのほうが多く、努力や我慢が報われないと感じている。そういった雰囲気にしたのは、あるクリエイター講座に通っていたカメラマン志望の男性が、渋谷のスクランブル交差点をただ録画したいと目論んで、ろくにデッサンもしないで、写真に被写体を収める。一種の売名行為のようなものがあった。そういったものは渋谷や原宿に特有のもので、ハロウィーンのイベントに乗じてお酒に酔った勢いでワゴン車をひっくり返したりなど、普段できない行為をして自分を大きく見せようとする。

たびたびスクランブル交差点の人生模様がみたいだとか、知り合いが美術の個展を開くなど、例えば僕はコミックマーケットやライブ会場などの駅前でジャグリングやパントマイムをしている人は自分より優れた感性や能力の持ち主だと思うけれど、法的にはライブイベントに集る一種の物乞いと同じで、勇気をもって無視することにしている。そのほうが作品を公平に見ることができるからだ。

しかしながら職場のぎすぎすしたムードも、とある麻雀サークルの和やかなムードによってわだかまりが解けていった。僕はギャンブルは苦手だけれど、意地の張り合いや忖度を解消するのは相手を傷つけまいとする優しさや論理性ではなく、多少ラフでも人間的なテクニックなのかもしれない、しかしながらもしそのコミュニケーション能力に秀でていたとしても、それが持続するとは限らない。競馬が娯楽だとわかっていても、それがないとよく知っている友達とは愚痴や労いもできるけれど、そうでないとたとえ正論でも認められないというグループ独特の雰囲気がある。カラオケやギャンブルも戦後の復興を東京オリンピックと共に支えてきた文化の立役者という側面もある。一方で、男ならという頼もしいものの、芸のためなら女房も泣かすという男性社会特有のダンディズムに支配されている。参議院は衆議院と異なり比較的芸能人が多く誠意参加しているので、羨ましいのも無理もない。ギャンブルとエンタメのほかに心を癒せるものはないかと思う。

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納豆菌と温度センサー

納豆の発酵を、藁つと納豆で試して見ることにした。ふと藁のある風景が浮かんだ。スーパーマーケットでも、発泡スチロールの納豆はあるけれど、藁つとに包まれているものは、木場のイトーヨーカ堂くらいだった。発泡スチロールの納豆にも合理性があり、溝から空気が通るようになっていた。納豆についているからしには臭みを緩和する作用があるが、容器の納豆はそれほど癖がなくカラシの代わりにわさびでも合う。付け誰には市販のものには砂糖が付いている。さとう、みりん、醤油のバランスが取れているということもある。それだけでなく、図書館に野瀬 泰申著による「納豆に砂糖を入れますか?ニッポン食文化の境界線」という本がある。それをもとに発泡スチロールの納豆にも砂糖を入れると粘り気が出て、コクが出る。納豆が肉に変わって大豆テンペのように麻婆豆腐の具にしたりと、発泡スチロールのパックをあまりかき混ぜずに醤油を垂らして食べることも悪くないが、納豆をかき混ぜる必要性に駆られたのは、砂糖を入れたときと、藁つとにくるまれた納豆を皿に取り出して、その必要性が分かってきた。東京にある茨木県のアンテナショップでも経木の納豆があるくらいで、藁を持ってくると、茎はストロー上になっている。ステンレス二重タンブラーに藁の束の蓋を付けたりしてみたが、まるでミニサイズの茅葺き屋根のようだ。藁を針金で束にして、冷凍枝豆を解凍して、さやから豆を取り出す。また、納豆菌が活動する温度はインターネットで調べるとおよそ40度から45度だった。容器を温めるアルミ製のキャップがあるものは、錘の鉄球に黒い錆がついていた。東急ハンズで小型の三角フラスコがあり、電熱線の入ったセメント抵抗が入っているが、エナメル線の隙間から水が入り込んでしまう、そこで瞬間接着剤でコルクとガラスを接着して、水が入り込まないようにする。また、中に水が入ったとしても珪藻土のブロックをサイコロくらいの大きさにして三角フラスコに入れる。三角フラスコは入り口の筒の太さを目分量で測っただけだったが、10W2.7Ωのセメント抵抗のブロックにピッタリ合った。USBケーブルで2Aの電流はUSB⁻TypeCとの過渡期にあって最大の出力が出る。コップ一杯で200mlのお湯が3時間程度で温まる。また、ステンレス二重タンブラーでは湯気をサランラップで覆うことで、水蒸気で容器が冷えずに、容器から水分が蒸発しないように保湿する。ステンレス二重タンブラーは、沸騰させるだけでなく、温度を氷点下にしたり、金属片を入れたりすることにも活用でき、耐久性を考えてこの容器にしている。もし納豆のように、サーモスタットを繋げて常温からやや暖かい温度でたもつのであれば、三角フラスコの角も丸いので、透明なガラス製の二重タンブラーでも納豆が発酵する様子が観察できるので、試してみるのも一案だと思う。また納豆だけでなく、味噌やヨーグルトの発酵の様子を見てみたい。それもこれも三角フラスコとセメント抵抗が意外にサイズがあって相性が良かったという偶然による。またサーモスタットは42度で電源がoffになり、40度以下になると再び電源がONになる。これがサーモスタットのループになり、お湯を沸かすよりほのかに温めるにとどめ、消費電力はそれほど温度センサーによって節約することができる。容器内は45度位まで温まる。セメント抵抗の余熱で温まると分もいくらかあるけれど、納豆菌が活性化した微熱が少なからず存在することが分かった。

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検索と辞書

分からない単語があると、インターネットのGoogleのキーワード検索を繰り返していたが、検索エンジンでも実際には辞書の索引を引用している。もし任意の書類やPDFにキーワードを検索する機能があれば、便利だけれど。そうするためには、あらかじめ紙媒体の資料をデジタル文字にスキャンして、それを連想配列のように升目に登録しておく必要がある。そのようにして頻出する単語は利便性がある。また歩いているときに辞書を持ち運ばなくて済むようになっている。Google検索も断片的な情報を体系化することに長けている、正確なデータでなくとも、SEO対策によって、書籍やお店が広告用のキーワードを一方的につけて、利用するユーザーのアクセスによって、必要な単語が最適化される。オンラインショップのamazonでは、ロングテールという、比較的マイナーな商品が少数ではあるが、宣伝広告を介さない形でも、その場所を覚えているか、または検索キーワードでアクセスすることで、細々と存続するケースがある。当初はamazonでもその在庫を把握できずに、ドメインを国内ならamazon.co.jpでアメリカならamazon.comに指定して、キーワードをGoogleで検索することがしばしばあった。しかしながら、やがてはAmazonにも専用のキーワード検索ができるようになった。もともとはAmazonも雑貨を扱うお店で、インターフェースも可読性よりも、丸みを帯びたおおらかなフォルムでカテゴリを充実させていくというどちらかというと規則性や網羅性はそこまで重要視されていなかった。

Googleのキーワード検索も、創業者のペイジが、Yahoo!の日本でいうタウンページのような電話帳に付箋のような形で広告Adsenseを端に足すもので、それがキーワード検索とは直接は関係ないが、広告収入になった。Googleはキーワード検索が無料ではあるが、国内のデータベースで行うと、設備費や維持費をまかなうための従量課金の仕組みをとる必要がある。amazonのDBである、AWS(amazon web service)でも、SNSの画像や動画ファイルなどの倉庫としてつかわれているが、実際には維持費が掛かっている。そういった意味では普段よく使うものだけでなく、多様性の特長を見つけることが必要になってくる。しかしながら、もし電子辞書や電子書籍に索引だけでなく通信用のWiFiがあったら、翻訳機のポケトークのように録音機能が無かったとしても、連想的に意味合いを広げることができそうだ。しかしながら電子辞書には情報をコンパクトにして持ち運べるようにするという意味合いがある。

または、もしコマンドラインでGrepのようにキーワード検索ができるすると、配列でキーワードが帰ってくる。簡単な卓球のようなだけでも、情報を網羅することができる。しかしながら、もし検索エンジンがGoogleの介在がなく、直接辞書を参照すると、それはさながら一種の物語のようではある。必ずしも必要な情報ばかりではないが、連想を材料をアナログに組み合わせることができる。

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循環と重なり

薄く断熱性が高い改良型のステンレス二重タンブラーは、深川のイトーヨーカ堂にあるLOFTで熱を貯めたり、冷却したりする用途で購入した。ホームセンターで購入したステンレス二重タンブラーは、それまでコルクボードと靴下の組み合わせで断熱していた容器をさらに密閉させたことで、初めてUSBから沸騰したお湯でカップラーメンを作ったり、お茶を沸かしたりできるようになった。加熱は密閉すると可能になるが、氷を作るのは当初は蓋にアルニウムサッシと垂直に風を送れるブロワーファンを一晩中稼働させて、ようやく手のひらくらいの大きさで厚さが2㎜くらいの氷ができた。水の中に透明な塊が浮かんでいたものを手で触るまでは、実感がわかなかった。一方では、薄いステンレス二重タンブラーは、ペルチェ素子と水冷ブロックを組み合わせることで、小型化できたが、チューブはG1/4端子の太めのチューブにする必要があり、蓋が閉まらなかった。しかしながら、二重タンブラーにペルチェ素子と水冷ブロックを入れただけで霜が付き、数時間で2㎝の氷ができる。またペルチェ素子で熱を放熱して冷却すると、空気中の水分は水になる。そのため電子機器の急速冷凍には向かない。例えば、家電分野ではエアコンのホコリを洗浄するのに、ノズルを冷却して意図的に水滴を作り、それがノズルを伝うことでホコリを洗い流すという活用の仕方をするようだ。または空気中の水分を冷却してコップに貯めて、空気中から水を作るというアイデアもあるという。

ペルチェ素子は、錆びにくいアルミニウムの金属に扇風機で風を当てて、温まった熱を逃がすけれど、空調と金属が大型になる。そこで水冷ブロックを使うことで小型にできる。また、中国から購入したペルチェ素子と、ヒートシンクのほかに、分厚い形状のCPUファンがあった。小型であり、USBの5Vでも稼働して、静穏性も高い。とはいえ筒のような分厚い形状に何があるのかが気になり、型番から検索すると二重反転プロペラーという、同じ軸に回転が異なる羽が組み合わさることで、送る風の量が多くなる。仕組みは同じ軸にミニ四駆のように歯車を当てて、同じ速さで回転と逆回転が組み合わさる。しかしながら、回転が異なる2つのプロペラは同じ大きさと羽の数では、空気抵抗が大きくなり、風量が大きくなると騒音もそれに伴って大きなる。すると薄型のファンを2つ重ねても効果が望めない。また、持っているファンも2重反転ファンの片方で、端子が+極と-極のシンプルで無駄のないパターンで、音も静かななので汎用性は高い。また変わった形は、ヘリコプターの2重反転プロペラに関心が向いた。PCパーツとして二重反転ファンは量産されておらず高価だけれど、無印良品や東急ハンズ、中国の新興メーカーの扇風機は、二重反転プロペラの設計のデッサンも公開されており、これは大型の扇風機があるより小型になり、風量も確保できる。また無印良品や東急ハンズの店頭で二重反転ファンのスイッチをON・OFFにできるので、実感は掴みやすい。パソコンの冷却にも、また夏には、余った風が扇風機の代わりにもなる。秋冬には風だけでなく、水冷ブロックの効率を改善する必要がありそうだけれど。

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OpenStreetMapと町並み

Leafet.jsはOpenStreetMapというオープンソースの地図を使っている。NHKの教育番組にブラタモリという地理のニッチな雑学ネタをバラエティ番組にお織り込んだ教養番組があったけれど、それにちなんでか、中央区大伝馬町を題材にしたブラ町MAPづくりという散策の企画があった。転職に伴って、とりあえず平日は図書館で新聞を読むことからはじめて、毎日新聞の連載小説をよんだりしてネタを探した。2017年の12月くらいには、人形町では改築が時期が重なり、図書館やマンションでも工事の足場や作業の音がやむことがなく、もしあのガタガタという音が無かったらなあと当時は何度も思っていた。景色も足場ばかりで前が見えず、そういうときこそじっくり文献に当たればいいものをどうにも気が散る。改築前のエレベーターホールにチャリティや観光協会のブラ町MAPづくりのチラシがあり、十思公園まで浜町から歩いて行った。この辺りは祭りの時期になると、郵便局が協賛して、大通りで屋台が組まれる。歩行者天国といえば銀座や秋葉原が印象的ではあるが、大伝馬町でも自動車が通行止めになる時期がある。江戸時代の飛脚や旅籠にちなんで、小伝馬町・大伝馬町と名付けられた。また郵便ポストで見慣れた鮮やかな赤色でない、鈍い青色のポストがある。全国にも数十本しかなく、珍しいポストだという。

メモも盛んに取っていたけれど、2年半くらい立つと、どれだか分からなくなっており、iPhoneのアルバムの日付から明らかになった。記憶ではたしかMAPは、GoogleMapでなく、地域で書き込むができるOpenStreetMapを使っている。その場合、活力というおにぎりのお店があり、看板にはカタカナで、シチロカと書いてある。活力を漢字のパーツに分けたパズルのようなものだ。また大伝馬町にはキハという鉄道車両の記号にちなんだ、鉄道ファン向けのバーがあり、それはGoogleMapにも詳しく載っている。

自動車が通り、中央分離帯という歩道がある道路ばかりではなく、中央区にはマンションや雑居ビルの間に通り道があることもある。こういった町割りは、自動車でなく人力者や飛脚が通っていた江戸時代の長屋の町割りに近い、江戸は徳川家康が幕府を移転するに際して、大阪の堺の町人のインフラを活用した。そのため、表通りは大通りになっているが、裏通りには店や長屋が隣り合わせになっている。また、銀座の木挽町などではその性質が色濃く、まるでロールプレイングゲームにあるギルドのようになっている。

また、たとえば空き地に裏山があったとしても、国土地理院のデータでは標高が十分でなければそれは山にならないけれど、そこに居合わせたとすると野山を駆け回った経験が残る。もしコミュニティで地図にコメントが残せるのなら、そういったそこにしかない独自の地形や家というのも在りうる。それはお店が会員制や料金制という約束事でなく、敷居が低く訪れるものを拒むことがない。また通りにもベンチが置いてあり、道行く人に居場所を提供している。

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チートに頼らないモノづくり

mineCraftのアイテム増殖バグを使ったテクニックで、TNT火薬を増殖させて、飛行ブロックで上から爆撃するというチート行為があった。アイテムの増殖は背景には、アクションやシューティングゲームのようにボタンを押すと反応する紙芝居のようなプログラムと、シュミレーションや育成ゲームのように、画像が消去されないという性質が競合しているためと考えられる。子供向けのスクラッチでも、シューティングゲームを作るときは、弾はタイムラインで、当たり判定に接触したり画面の端に達しない限り理論的には無限に増殖される。アニメーションでも漫画家やイラストレーターの原画をアニメーターがトレースして複製しセル画をタイムライン上であたかも動いているように見せる。ゲーム上で、リアルマネートレードなどの、希少価値のある金やダイヤモンドを増殖させようとするプレイヤーにとっては、アイテムは増殖した方が利益になるけれど、僕のようにブロックを空に羽ばたかせたいと目論んでいる変わり者には、アイテムは増殖すると墜落の原因になるので、mineCraftのバージョンアップで脆弱性を解消してほしかった。

かつてはmineCraftにも現場監督と作業員のようにチーム分けがなされていた。コミックマーケットで、これは買い物中心になるが、耳寄りな情報を集める斥候とそれを束ねる司令塔に分業されていた。一種の階級のようなものがあった。僕はそのどちらにも属さず、ひとりで集めて、またひとりで考えるぼっちだった。それだけにひとりでは領土的な国家より個々が独立した連邦制のほうが、派閥の力関係に翻弄されず居心地がよかった。だれでも使えるような汎用的な仕組みが大切に思えてくる。またこれは数年前になるが、mineCraftに現場監督がいたときのwikipedia(https://www26.atwiki.jp/minecraft/pages/138.html)では、ピストンと粘着ピストンを繋げて、ベルトコンベアのように大量にレールを作り、動くエスカレーターのような設備を作っていた。それによって、労働集約的に手間を掛けられるようになったので、世界遺産や産業設備のトレースをしたりと、実際には冒険のゲーム性もあったけれど、建築が疑似体験できるとして、wikipediaはその設計書のように充実していった。その最後の項目には、むしろ無人でも動くようなミニマムの粘着ピストンと変化を感知するオブザーバーの互い違いの組み合わせがあり、これがパンドラの箱のようになったと思われる。はじめは設計を読まずに、それを壁から壁に動かしていたけれど、あるとき、片方のブロックを手動にすると、一マスずつ空中を歩いている。これによって空中に橋を渡したり、足場を必要以上に組まないでも橋を架けることができるようになった。

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欲の分類とアイデンティティ

Amazonでの買い物より、散策によって、建物や街路樹の様子や、スーパーマーケットやコンビニの棚でリーズナブルなものを探すのが息抜きになっていた。Amazonでは、そういったところでは手に入らないけれど、なんらかの理由で必要になったものを買っていた。例えばそれが成人向けの雑誌やDVDであれば、欲望としては分かりやすく、そういったものがもし遅延すれば、おじさんがもっている童心では悔しい思いもするが、それはあまりにストレートすぎるのか配送員も、素知らぬフリで届けてくれた。

むしろ困るところは、ありそうでなかった品物が届かなかったときで、例えば備え付けの洗濯機や電子レンジと同じ幅の棚などは、それが届かないと部屋が片付かない、部屋が片付かない様子は知らない人には興味はないはずだけれど、受けると前と後で、部屋のレイアウトが変わる。しかしながら整理棚やメタルラックがスーパーマーケットやホームセンターにないわけではなく、不満ならそこで自分で足を運んで買い求めればいいということになる。インターネットがない時代に隣町まで安い、あるいは特長的な日用品を買い求めるあまり、帰り道で転んだりして、レジ袋の中身がこぼれるといった感じのありがちな癖が、インターネットという仮想空間でも代替として存在するのかもしれない。

当日にはドライバーの予定が受付からでは分からないというのは、ここ数年で聞いた新しい問題で、そうなる待っていることに体力をつかう。かつては不在票を素早く入れて、家で待っていてもそれが届かないということがしばしばあった。それだけ平日が忙しくなったのか、通信手段が増えて便利になったのか、問題は存在しながらも悩みかたを変わっている。

googleMapでスマートフォンで位置を確認しながら歩くと、道をあまり見なくなって、かえって迷いそうになることがあった。Wifiの疎通が安定していれば、リアルタイムで地形とGPSが連動して、空間が立体的に把握できるけれど、SIMカードのパケット通信量を動画閲覧に振り分けていたり、壁や地下鉄などの電波が制限される場所では、現在地が分かりそうで分からないという、もどかしい状態になる。そういったときに迷いやすくなる。

また、メールの要件に優先度を考えずに枕詞のように至急と付けるのは、ビラ配りにある急募のようで、具体性がなく一方的で戸惑う、宅配便では、待っている方がしびれを切らして、そんな急かすような対応をして相手を困らせるという印象がよぎる。あるいは、もし人手が足りないのなら、当日配送は無理という旨の連絡を事前にすれば、その時間はなにか指示を受けて拘束されているわけではないけれど、自由に動けるようになる。珍しいことに当日配送が間に合わず延期になった例は、国内では数百の注文のなかでも数えるほどしかない。電車よりも宅配便のほうが、意識している部分はある。

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慣習と雑学の関わり

Modern Slavery Act 2015 (現代奴隷法)はイギリスで定められた、どちらかというと慣習法だ。マスコミはメジャーな憲法改正を引き合いに出すけれど、法律は弁護士の為だけでなく、意見が対立したときにお互いが納得する妥協の手段として考案されたもので、それ自体に強制力があるわけではない。

とある編集プロダクションの結社でも、語り口こそ柔らかいが、家父長権限が強く、かつて早稲田大学の大隈重信が、欧米列強(というのは同時代の作家の森鴎外が子供に力関係を示そうとして手習いで書いたメモのようなキーワードで、どの国が強いかは流動的だったと思われる。)が、米国大使タウンゼント=ハリスとの会見のなかでそのようなことは国際法に違反すると、窮鼠猫を噛むようにして、まくしたてたという。彼自身、国際法という中立国家のオランダのグロティウスが提唱したニュアンスのような形のないものに、説得力があるかどうかは想像が許される。

草莽崛起というのは、明治維新のときに識字率の高さから、大日本帝国憲法の草案は教科書に載ってはいないけれど、高校ではタバコと携帯電話が校則で禁止はされていたが、タバコが禁止されたのは、明治時代に定められた民法によるもので、パッケージに健康へのメッセージとともに書いてあり、それがあたかも常識であるかのように僕らに刷り込まれている。

山口県にある松下村塾では吉田松陰に伊藤俊介という後の伊藤博文がおり、金子堅太郎らがドイツ風のロジックで植木枝盛らのフランスのルソーの人間不平等起源論から結んで開いてを和訳した慣習法を押さえつけて当時の皇室に上奏する形式を定着させた。こう言った書籍は大学に行く前に、神田の古書店に置いてある文庫本を拾って読んで得たヒントも含まれている。しかしながら、電子メールによって原稿用紙をなぞらなくても作文ができて、ジーグレーという版画のように写真をなぞったり着色するPhotoShopなどのレタッチソフトのように、消しゴムを使わずに書いたり消したりできて、共有もできる。高度経済成長期の一太郎のように、原稿用紙に近いものが外来の記録媒体になってしまったのは、漫画家のみなもと太郎の風雲児たちにページが多い杉田玄白らの解体新書のくだりにも似ている。

あるいは消費税が改定されればタバコも安くなり、嗜好品は比較的入手しやすくなることが予想される。僕はコンビニのPOSシステムで消費税の値札を一枚ずつ張り替えていたこともあり、農本主義という吉野作造が大正デモクラシーの機運で作った、日本版のマックスウェーバーとプロテスタンティズムの倫理から、離れることができなかった。それはちょうど、目玉焼きには醤油で、ウスターソースをかけるのは慣れないという染みついた感覚と似ている。とはいえ、醤油は味噌の上澄みだったけれど、明治時代から化学的に合成されて和風に落ち着いている。江戸時代では入り酒という料理酒で梅を煮詰めたものが主だった調味料だとされている。

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工夫を見つける

それが不条理であったとして、予め知っている有識者と呼ばれる人に助力を乞うことが難しい。しかしながら脳内での独り言が影響する可能性は僕は科学的でないと思う、大抵はなにか言いくるめられそうな不利な状況であることが多い。仮に自分が被害者で無かったとしても、競争相手が何らかの都合で退場するというのは、実力や交渉の段取りによるものでなく、単純に相手が気に入らない、またはスキンシップを取ろうとして断られたという子供じみた要求がある。とはいえ、大人になったり、その分野の知識を得たとしてもエゴを完全になくすことはできず、行動の起点になるポイントをマークされているのだと思う。とはいえ、優劣でなく好き嫌いで動いていくのは違和感を感じる。自転車を何者かに盗まれて、埼玉県の奥地に捨てられ、 監視カメラで自転車泥棒を捕まえたというでっち上げが、コミュニティであったときはなにを自慢げに話しているのかと訝しかった。もしそれがマウンティングというグループで上下関係から住み心地を決めるためのなにか非合法な取り組みだとすれば、それが勝っているときは相手も恐れるけれど、もしそうでなかったら、いじめにつながる。そうなった理由としては、僕にも原因はあるかもしれないが。

男性が女性について語るときは、たいてい立場の強い弱いが主で、実際の女性はほとんど関係ない。男子校で鬱憤を晴らしているようなものだ。こと芸能人の専門学校や、劇団員の人生論などは、突き詰めると苦労話で、苦労はもちろん悪いものではないが、他人に強要するようなものでもない。例えば釣りをする方法を教えたりなど、たとえ仲のいい相手でなかったとしても、なんらかのお得感がある情報が必要だと考える。

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