情報と考える習慣

情報を得る手段は、日々の新聞が一般的だ。考えることを続けて自分なりに貢献できる道を模索する。それぞれの意見や立場の違いを見比べる機会もあれば興味深い。SNSやブックマークは芸人の精神修業の場になっているが、それを日常に当てはめるのは必ずしも現実的ではない、また精神修業もなにかに依存している状態から自立する状態に導くことを目的にしているので、自分の軸をもって知見を見つけていきたい。

情報は無意識や心理的なバイオリズムの変化からも収集することができるが、自ら選んだものはそれだけでは確かなものではないが、考えるきっかけにはなる。記事の構成では、事実に基づいたものと、それを拡張した意見がある。事実は変えられないが、その見方を変えることで向きが変わってくる。伝え方にはこうあるべきというように、それがじつげんされていないが、書き手の立場ではこうありたいという虚構が書いてあるここともある。実際に素材がなくても、その味付けで調理が変わる。また面識のある人の場合、行動や思考の癖が気になって、それを元に感情移入するというストーリーをシナリオにすることもあるが、それが意図的過ぎるとリアリティを感じない。もし世の中のことが、世間話のように身近に感じられたなら、学習する手間が省けるかと思ったけれど、そうでもないようだ。なにかを批判的にとらえたい訳ではないが、自主性を得られないようなシチュエーションには疑問を持つことが必要になる。世間の価値観を読み解くためのノウハウを身に付けたい。

昨今ではテレビのニュースでは煽り運転が話題になった、乗り物を運転中にあおりという、形にならない方向づけにあい、前に回り込まれて停止させられたうえに殴打されたとので傷害容疑として逮捕されたことから分析が進んでいる。思い通りにしたいけれど、それがなんらかの事情でできなかった時に、強制することなく一方的に要求を突きつけることが煽り運転の心理状態を表している。要求とそれを受容する側のバランスが必要になるが、それが不均衡になった現象と考えられる。情報の流れが加速されることで、インターネット上でリアルタイムに相手の心理状態を把握することができるようになった。もしそれを記録に残したり、アルゴリズムにするにはある程度瞬発力だけでなく、それを習慣にする必要がある。

構造としては、一方的に決まったことをどう緩和するかがポイントになっている。関係性といえば微妙な表現になるが、そこには携わる人の心情や望まない状況を改善しようと試みていることが隠されている。現実に基づいたネタ作りも必要でないわけではないが、それが過剰になると意見によって事実が塗り替えられてしまう。新聞の記事をもとにそれに付加価値を加えることがテレビ関係者の役割というけれど、そこに特化すると、世間話を装った要求になってしまう、そこに潜在的に不平を持っている不特定多数のひとが誘導される。面白さが他人のあら捜しや、不幸自慢にならないように出口を探していきたい。そこから離れたいと思えたら、客観的になれるきっかけになっている。

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OpenStreetMapと町並み

Leafet.jsはOpenStreetMapというオープンソースの地図を使っている。NHKの教育番組にブラタモリという地理のニッチな雑学ネタをバラエティ番組にお織り込んだ教養番組があったけれど、それにちなんでか、中央区大伝馬町を題材にしたブラ町MAPづくりという散策の企画があった。転職に伴って、とりあえず平日は図書館で新聞を読むことからはじめて、毎日新聞の連載小説をよんだりしてネタを探した。2017年の12月くらいには、人形町では改築が時期が重なり、図書館やマンションでも工事の足場や作業の音がやむことがなく、もしあのガタガタという音が無かったらなあと当時は何度も思っていた。景色も足場ばかりで前が見えず、そういうときこそじっくり文献に当たればいいものをどうにも気が散る。改築前のエレベーターホールにチャリティや観光協会のブラ町MAPづくりのチラシがあり、十思公園まで浜町から歩いて行った。この辺りは祭りの時期になると、郵便局が協賛して、大通りで屋台が組まれる。歩行者天国といえば銀座や秋葉原が印象的ではあるが、大伝馬町でも自動車が通行止めになる時期がある。江戸時代の飛脚や旅籠にちなんで、小伝馬町・大伝馬町と名付けられた。また郵便ポストで見慣れた鮮やかな赤色でない、鈍い青色のポストがある。全国にも数十本しかなく、珍しいポストだという。

メモも盛んに取っていたけれど、2年半くらい立つと、どれだか分からなくなっており、iPhoneのアルバムの日付から明らかになった。記憶ではたしかMAPは、GoogleMapでなく、地域で書き込むができるOpenStreetMapを使っている。その場合、活力というおにぎりのお店があり、看板にはカタカナで、シチロカと書いてある。活力を漢字のパーツに分けたパズルのようなものだ。また大伝馬町にはキハという鉄道車両の記号にちなんだ、鉄道ファン向けのバーがあり、それはGoogleMapにも詳しく載っている。

自動車が通り、中央分離帯という歩道がある道路ばかりではなく、中央区にはマンションや雑居ビルの間に通り道があることもある。こういった町割りは、自動車でなく人力者や飛脚が通っていた江戸時代の長屋の町割りに近い、江戸は徳川家康が幕府を移転するに際して、大阪の堺の町人のインフラを活用した。そのため、表通りは大通りになっているが、裏通りには店や長屋が隣り合わせになっている。また、銀座の木挽町などではその性質が色濃く、まるでロールプレイングゲームにあるギルドのようになっている。

また、たとえば空き地に裏山があったとしても、国土地理院のデータでは標高が十分でなければそれは山にならないけれど、そこに居合わせたとすると野山を駆け回った経験が残る。もしコミュニティで地図にコメントが残せるのなら、そういったそこにしかない独自の地形や家というのも在りうる。それはお店が会員制や料金制という約束事でなく、敷居が低く訪れるものを拒むことがない。また通りにもベンチが置いてあり、道行く人に居場所を提供している。

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鉱山のある風土

節約といっても吝嗇だけでは、僕の場合は現実的でない。mineCraftは基本的には地下深くに含有される鉱物をピッケルで採掘して、その資源をうまく配分して組み合わせることで運用されている。このゲームに限らず、鉱山を地盤に開発を進めるようなシュミレーションゲームはいくつかあった、ロシアのコサックスや共和制以後のローマを題材にしたセトラーズ、三国志をモチーフにしたものもあった。歴史の教科書では長崎の炭鉱や軍艦島などがある、明治の初めくらいから、近代化が進んだというけれど、スコットランドから輸入したというジャイアントカンチレバークレーンは現在でも荷物の輸送に使われているという、写真から想像するに電気系統はクレーンの横についた小屋で行われている。少なくとも鉄骨は数十年から百年の間に回収こそ入っているものの外観はほとんど変わっていない、配線や制御システムよりは風化する要素もなく、普遍的と言えるのかもしれない。関西と関東ではそれぞれ発電機を違う国から輸入したという、関西はアメリカの50Hz、関東はドイツの60Hzになっているという。今でも洗濯機やドライヤー、電子レンジなどの家電製品は関西と関東で規格が違うものがあるという、その境目は静岡県の富士川と新潟県の糸魚川で東西に分かれている。長崎では豊富な鉱物資源から、コンクリートの高層住宅が明治時代から作られていた、軍艦島にはその遺構が残っている、しかしながらエレベーターは実装されておらず、中世のお城のような螺旋階段がや渡り廊下が張り巡らされており、そこで住民が交流していたという。同時期のジュールヴェルヌの神秘の島では、水力によるエレベーターが花崗岩の洞穴に備え付けられている、高層住宅は古代ローマからあったものの、特にアジアでは、建物を積み重ねると陽のあたる住居とそうでないところができるという民間信仰があった戦後の1970年の大阪万博では、科学技術による近未来都市がが礼賛されたものの、実際には自然となじまない、または高度経済成長の行き詰まりによって、右肩上がりの成長が集落を維持するとは限らないとされてきた。パソコンが普及する前からロボットや自動化は推進されてきた、街には缶ジュースの自動販売機が普及し、図書館にはバーコードとキーワードで灰色の掲示板で貸し出し状態や蔵書がリアルタイムに検索できるようになっていた。それ以前は本を読むようなマセた学生は、図書カードを介してやり取りをしていたというけれど、その郷土資料にはかつては湿気に強い海苔箱や、お茶箱に貸本を詰めて、街を図書ワゴンが巡回していたという、その光景は資料でしかなかったが、海外に移動本屋がまだ残っているという。

そんな中で採掘も地道で、オンラインゲームには直接利益にはならないけれど、グループへのサポートや、自己研鑽を一人で行う活動を炭鉱夫というようになっていた。それはまるで軍艦島の基礎工事のようなものかもしれない、あるいは東京の下町に残っている工場跡地の風景にその面影を見たのだろうか。

オンラインゲーム仲間には下町には高校までは充実していたが、大学がなくそのまま職業訓練校に入るようなコースがほとんどだった。手に職をつけることとに目的が持てないまま仕方なく現実に回帰する。ウェブ制作会社もその延長だったとも言える、それでも金融や広告のような案件であればいかにも雇用と食い扶持という印象があるが、築地にゆかりのある海苔だったり、そういった風土的な調和に、今まで画面しか見たことがなく、競争の生きがいもそこにしかないというような俯き加減だったオペレーターが生き生きとするようなことがあった。実際には定期更新などが休日や深夜にもあり、中小企業は定時以後も何らかの労働をすることで社会人になれると先輩に同調しているようにも見えた、物事には良い面とそうでない一面があると考えさせられた。僕自身は中途で社会人になって、伝統や自然環境が悪いとは思わないが、それを過度に理想化するのは、自他共にそぐわないと新たな境地に至った。

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それぞれの時代感覚

今年2019年の5月1日から、元号が平成から令和に変わる。近代は明治から大正、昭和、平成となり、元号ごとにトーンが異なっている。その前の年号は江戸時代という括りで、その中でアルファベットの頭文字などのルールの影響もなく、漢文の二字熟語ということだけが共通している。明治時代の新聞も近代デジタルライブラリーで読んでみるとかなり漢字が旧字体で、表現も口語に比べると硬めに感じられる。文化という江戸時代の年号もあり、その頃には町人からボトムアップで風俗や経済効果が醸され、身分制度だけでなく、生活の気風が興されたという。明治と書いて、明るく治めるというものの、実際にはとても治らないというように理想と現実が乖離しているということも近代以降に特有なことでもなかったようだ。文明はcivilizationを福沢諭吉が和訳したもので、一見漢語に見えるものの、西洋と東洋を対等に捉えているところが新しいともいえる。 windowsパソコンゲームのcivilizationというシュミレーションゲームは、スミソニアン博物館での知見とデータベースの構造化にあったという、ともかくもあと1ターン、1ページが気になってしまう。パロディの要素や、純粋な教養に根ざしたものでなかったとしても、それが知識を深めるきっかけになるようだ。シュミレーションゲームでも将棋のように勝ち負けを目的にはしているが、常に勝ちつづけることは難しく、また興味関心が持続しにくくなる。プレゼンテーションではただキーボードやマウスを動かしているだけでなく、具体的なイメージや団体、言語などを引き合いに出しながらも、常に猫の手でも借りたいような協力を求めるようでいたものの、なぜか一人で背負いこむことが多かった。サークルにいた頃は連絡用に作った掲示板の管理権限を巡って噂や荒らしが絶えなかったので、最も誹謗中傷が甚だしい人にあえて親切に応じというよりは、好きでも嫌いでもなかったもののそうせざるを得なかった。

古典では、源氏物語や竹取物語などでの漢文からの引用や出典がある、中国に旅行に行ったときに、歴史の話題で春秋戦国時代について探してみたが、その名残はあまり残っていない、万里の長城は明代のもので、漢や元といった伝説は日本の中で想像が膨らんでいったのかもしれない。中国の生活様式で日本と共通しているところがあれば、安心する。とはいえ新聞では中国の経済成長が減速した、少子化が進んだという現金な話題ばかりで、実態がつかみにくくなっている。中国の歌謡曲を聞いてみると、かつて昭和の高度経済成長では日本が、経済的にも復興が早く、国際的にも開かれていたという気概があったようで、東京に旅すると、浮かれた気分になるという。実際にはそれぞれの方言のようなもので故郷について本質的に言い表したものだと思われるが、どこかありそうでなかったようなエキゾチックな雰囲気が現れる。とはいえ、日米間の同盟関係だけでなく、中国や韓国、台湾にも近代以降の現代的な感覚と、一族の成り立ちのエピソードがあり、僕は特に拠り所がなく、転々とする中でもそういったルーツを見つけることに関心を持っていた。

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エナメル線と透明なケース

丸ピンヘッダーに半田付けをすれば、漏斗状のピンに半田が流れ込んで、プラスチックを溶かさずに済むと思いついた。そのような事例もあるようだけれど、スイッチサイエンスからEsp-wroom32のdeveloper boardが届き、まずは表面積がスリムで半田付けがしやすいピンヘッダをつける、Esp-wroom02のときは、できるだけ足を少なくしてフリスクのケースに収まるようにしたものの、ピン数が多く、DevKitCとも配置が異なっていた。プログラムはそのままコンパイルできて、ブラウザに操作パネルは表示されている。プラスチックケースの横幅ギリギリではあるものの、半田ごてでプラスチックを溶かせば、アンテナ部分が飛び出るくらいで、micro-USBも使えそうだ。GPSのシリアル通信のピンがDevKitCと同じかどうかを試してみる必要がある。

プラスチックケースは比較的横幅が大きめではあるものの、パーマセルテープ で直線上に半田でなぞってプラスチックを溶かした、縦の部分は手の動きをなるべく平らをイメージして溶かしていると、ほぼ歪みがない形になった。基盤とケースにスペースがあるので、M3のネジ穴をつけてヒートシンクを貼り付けてraspberryPiの形に揃えてみようと思う。raspberryPiでもUSBポートと LANポートがそれぞれ基盤にダイナミックに付いており、ただコンパクトにしたような設計だけではないようだ。本来は3Dプリンターでぴったりのケースを作るところだけれど、あり合わせの素材を組み合わせて、ひと味違った用途で活用することにも意味がある。

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リレースイッチとネットワーク

サーボモーターと銅線を組み合わせて、スイッチを作ったことがあった。サーボモーターの電力は小さいけれど、それが別の回路を繋げたり、離したりすれば、シンプルなプログラムと回路で、動きのある装置ができそうだと考えた。ぜんまいや歯車もなく、銅線を加工して、ホームセンターのネジを組み合わせて、スイッチを作った。ある回路に信号を送ると、銅線が別の銅線とくっ付いて、電源がONになる、またその回路に信号を送らなくなると、銅線は離れてOFFになる。サーボモーターの角度と位置により、多少揺れても同じ位置で動作する。Arduinoでは数十秒ごとのサイクルで動き、esp32ではwifiで時計を取得して、数分から1日のどこかのタイミングでONとOFFを切り替えるというアイデアがあった。

ふと回路を調べていると、リレースイッチという、電磁石に信号を送って別の回路のONとOFFを切り替えるようだ。もしその存在を知っていたら、サーボモーターで何かを作ることは無かったかもしれない。リレースイッチは何かのバッテリーのようにも見えて、新種のキャパシタだとも予想していた。LEDフィラメントを順方向で点灯させたり、モーターの動きが一定方向のダイヤフラムポンプには向いているかもしれない。PCの冷却水の循環などが、タイマーで動くということも可能かもしれない。クローラーの夜間走行用のライトにはトランジスタを使っている。トランジスタも信号だけでなく、3本の足に+極と-極を使っているので、増幅というよりはリレースイッチ的な使い方をしている。2017年10月発行トランジスタ技術という雑誌の付録にも、ESPとパーツショップで手に入るパーツを合わせて、arduinoのようなものを作るという企画もある。プロセッサにはESPRESSIF社の切手くらいのサイズのESP32を使っている。WiFiがついて通信を介したプログラムができるという。

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みたことがない景色を旅する

サーボモーターと、トグルスイッチを組み合わせるのに、自動車用のトグルスイッチが指に掛かる負担も少なく、スイッチでは足が3つか4つあり、実際に使うのはON/OFFに使う2つの場合が多く、そういったボタンがあれば便利とは思っていたが、なかなか実物がなかった、とはいえ商品棚にはビニールに包まれていてなんだか手作り感はしなかった。とはいえ、実際にサーボモーターと連動して動いてみると、既製品でも実例がなく、また無駄なパーツも少なく汎用的に作れるので、今まで見たことがない様式が見られるかもしれない。

サーボモーターに電気を流すと、小さいギアが連動して動き始めた。ところが、角度が一定以上になるとそこで止まる。5vの電気を流すと一定のところで止まって、arduinoの信号を経由すると、ループ文の中で往復が可能になる。すると、小さいギアの手が規則的に往復している。できればそこにラック&ピニオンギアを介して、回転の向きを変えて、minecraftにあるようなピストンブロックに変えるだけでも、電子工作の取り掛かりになる。トグルスイッチを何かのネジやボルトに組み合わせて使うという事例がなく、もしそういったレゴブロックとDIYが組み合わさるような体験ができれば、なら自分にだってという意欲は増してくるように思われた。現状ではサーボモーターに小さいプラスチックの手が付いていて、それで物を動かしたり、スイッチを切り替えたりするようだ。もしプログラムでスイッチを定期的に起動させて、それで予想されるサーボモーターの動きでスイッチを切り替えるなどができれば、プログラムには無いけれど確かに意思が存在するということになる。とはいえ、それを実現するために指でサーボモーターと、トグルスイッチを持っていると、もしスイッチがボタンの掛け違えのようになると、どちらかが折れることがあるのだろうとも心配になるが、サーボモーターのプラスチックには丸い部分があり、既製品のトグルスイッチにもプラスチックにバネがあり、そのあたりが柔軟になっていた。実際、それにピッタリの金具があったとするとクッションになるようなパーツもただスイッチを自動やリモートでON/OFFするだけでも有用なパーツになる。プロダクトには厳密には直角でなく、角が取れた形をしている。3Dプリンターで立方体を出力すると、その4隅はベゼル角が予め備わっている。

もしパーツショップに目的のパーツがなかったら、家電量販店に行く、家電量販店に探しているものがなかったら、ホームセンターに行く、実店舗で目ぼしいものがなかったら、日本のamazonを検索する。日本のamazonでも品揃えが見つからなければ、US版のamazon.comを検索する。US版のamazonでもなかったら、中国のalibabaで英語や中国語のキーワードを試してみる。実店舗でなくネットショップになると、送料や配送業者の人手が掛かるので、できれば実際に手にとって見つけてみたいと思っている。

例えば乾燥肌を予防する包帯にもなるダクトテープは、ホームセンターと量販店に売っているけれど、ないところもある。自分の足でいったことがある場所にまた赴くことが、地図にメモしたい手がかりになる。とはいえ、自分がシャイなだけで、電話であらかじめ問い合わせるなりすれば、たとえその時なかったとしても無駄足にならずに、効率も良くなる。とはいえ、たとえ効率が悪くともいい運動になるとして、いい方向に考えることが疲れない秘訣になる。

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意外な鉱脈の変遷

テーブルにつないだホッカイロは電源スイッチを入れるとすぐに暖かくなるけれど、うっかり外出時に電源をOFFにし忘れてしまうことがあり、チェックしたりタイマーをつけるなど対策を立てていこうと思う。ガスコンロでなく電気ばかりでは、なかなか暖まらないことが続いたけれど、千石電商の合成皮のニクロム線が適度な暖かさになる。ホームセンターにあるニクロム線では、IHヒーターの弱でも150wになり、すぐにバッテリーが上がってしまう。それでも手軽に暖かさがでる分だけ気が緩んでしまうこともあったかもしれない。

文化放送のご注文はうさぎですかで、ココアのバリスタの話があって、そこで思いついて小麦粉にインスタントコーヒーをひと匙入れると、なんと不思議なことに市販のカレールーによく似たコクが出る。厳密には薄力粉でなく中力粉を使った方がということもあるが、マンションのワンルームでは米や小麦粉は室外でなく小型の冷蔵庫に保存せざるを得ない。そこで小麦粉でお好み焼きや、水かさを増やしてもんじゃ焼きにしたりと、余った食材と米の栄養剤に使う五穀米を具にして、チャーハンやカレーを交互に作ってみる。そこで粟や黒米などが米より硬いので、それを柔らかくなるまで水煮することが共通した下準備になっている。

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地理と情報の相関

2018年9月6日、北海道で震度7の地震が起こった。ニュースによると北海道全域で停電が起こっているという、北海道でも電力の需給バランスを火力発電所に依存しており、これが地震によって停止したことで、周辺の電力供給も影響したと見られている。そらまめ君で地震が起こった前後の大気の様子を見てみると、昨日と今日では、光化学オキシダントと非メタン炭化水素の濃度が昨日は札幌や函館などの大都市で活動が行われている様子が、まっさらになっていた。スモッグや煤は、関東圏でも見られるので、例えば家庭用電力や、乗用車の排気ガスから少しずつ出ていると予想を立てていたものの、火力発電所が大気に影響を及ぼしている要因になりうるという疑問ができた。

火力発電所は、2011年3月11日の東日本大震災で、原子力事故があった影響で、代替的に運用が活発化されている。その様子は石炭コンビナートの誘致への住民の反対運動なども見られている。かつて石原都知事はパフォーマンスも兼ねて、煤の粉をペットボトルに入れて都庁に持ち歩いていたという。その時は人気取りだと思っていたものの、近年のスモッグは青空を曇らせるほどでもある、しかしながら石炭などの、安価で環境に配慮しない燃料を使ってエネルギーを得ることを非難するだけでなく、自分でも周りに負担を掛けない工夫を実践することも現実的には必要であるように思われた。

高度経済成長が始まる1970年代-80年代にはスモッグや排気ガスが現在とは比較にならないほどだったという、埋立地の計画と地元民が漁業権を巡って反目したという事件は、地元の語り草になっているくらいだ。僕が生まれたのは1982年で、その頃にはパソコンはなかったけれども、生活のいろいろなものがすでに自動化・機械化の兆しを見せていた。用水路には産業廃棄物が見られ、中には日用品や工場に使われる部品のようなものから油が川に流れていた。20世紀から21世紀になると、水道インフラが進歩してかつてとは一変し、東京に入ると都市の中に透明な水が流れているという不思議な光景も見られるようになった。とはいえ、数年前まではアオコが発生したり、水質は必ずしも安定しなかった。中国でも、PM2.5が黄砂とともに、朝鮮や日本にも流れてくるようになっていた。それは日本でかつて起こった工業化が中国大陸でも遅れて推進されているからという説が一般的だった。しかしながらPM2.5は国内の火力発電所からでも発生する。また中国にはお茶の焙煎を薪から電気釜に戦後間も無く変化させたという事例もある。日本では空き地がなくなってくるにつれて焚き火の風習は無くなっていった。都市部で唯一使える火元は100円ライターやアロマキャンドルの火くらいだ。それでも暖を取るには及ばない。

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今と昔の互助の仕組み

コンクリートは重さを支える一方で、引き延ばす力に弱く、現代では鉄筋が背骨のように入った資材が一般的になっている。東京駅は辰野金吾が、コンクリートはドロドロしているので、焼き固めたレンガを用いたという。レンガができるまでは、版築が主流だったとされている。東京御茶ノ水にある湯島天神にある土壁は版築でできていて、風景とよく調和していたことが印象深い。

中国史における万里の長城は、秦代で構造としてまとまったとされているものの、それ以前の春秋戦国時代から土を固めて作った、匈奴と漢民族の文化圏の境目があるという。大学に通っていた2005年の時に実際にガイドさんの言うようには、かつてはそこに城だけでなく、城下町もあり、そこに数10万人が住んでいたという。実際の万里の長城は人が2人くらいの肩幅くらいで、ちょうど列車の線路と基礎が中国とモンゴルの間に横たわっているというような感じだった。向こう側には遊牧民族がいるのだろうか、やや灌木がまばらに地平に広がっていた。現代では民泊を斡旋するairbnbがホテルとして史跡を見学ができるという案も、2018年の8月に現地人や関係者との兼ね合いで中止になったようだった。

日本でも相撲ではモンゴル人が多く活躍している。源義経が実は生きていモンゴルに渡ったという、創作の物語すらある。日本では唐や明の文化が、中国の王朝が代わっても尚、和学に取り入れられていることもあるせいか、レンガで覆った万里の長城をあたかも始皇帝が独力で作り上げたという印象もある。その秦もまた西の遊牧民族に源流があり、秦と楚の関わりは春秋戦国時代から続くという。滝廉太郎という音楽家にも箱根の山を長安がある函谷関にたとえているところもある。また秦が栄える前に廉頗が趙で匈奴の略奪を防いで、アジアに漢民族の文化圏を広げたという逸話がある。かつては徴兵制がアジアでは義務付けられていて、文民としての立場から生活を意識した現実的で自由なものの見方が制限されているところはいまだにある。落語家の立川談志でも徴兵制を題材にしたものもある。しかしながら、戦いを繰り返してもその国は富強になるけれど、そこに駆り出される人は疲弊していくこともある。孫子の兵法にも戦わずして勝つという外交的な考えがあるが、史記ではまるで東洋の鬼のようなステレオタイプとして引用されることもある。

万里の長城ほどではないけれど、日本でも朝鮮半島でダムなどのインフラを作ったり、国の道路をアスファルトで舗装して、車でたどり着けない国土はなく、夜は街灯がもれなく照らしている。もともとアスファルトはイギリスで炭鉱からでる副産物を道路の舗装材に活用したこともある、中国でも欧米の文化を取り入れて進化の途上にあるということが耳に残っている。それから10数年する間にTシャツのタグには中国製と記されたものも多くなり、Qi規格とというスマートフォンを離れた場所から充電する方式のパーツは、中国の深圳を生産の拠点にしているという、その地域がどんな地域かはまだわからないけれど、日本と同じかそれ以上に進んだ文明ができていて、そこの人々が協力しあって暮らしている。その地域に固有のラーメンなどの屋台があればどんなものか知りたくなる。

日本では1980年代に安保闘争という、貿易摩擦を含んだアメリカとの関係修復があり、それが都内でもデモ行動などの対象になった。それからは政権が年を経るごとに交代していたものが、安倍政権からは4から8年に及ぶ長期政権になった。与党が強くなりすぎ、野党に政権担当実績が少ないこともあってか、税負担が国民に強いられやすい構造になっている。父の代では、細川首相の経済政策が妥当で、負担も軽く、明治大学の教授には村山首相が自らの主張だけでなく周囲の意見も取り入れて良くまとまっていたと言われている。僕はだれかリーダーになっても良し悪しがあると割り切ってなかなか選挙では優先順位がつけられないでいる。

2014年中国と香港の間で雨傘運動が起こり、それがBBCに中国で活動を制限された黄之鋒がインタビューを受けていた。社会主義と資本主義の2つの制度がが香港で両立することの矛盾を表したものだった。日本でも実は政治活動は経年行われてはいるものの、おそらく2014年が最も新しい教科書の項目になるとされている。とはいえ、政治的なことは僕はよく分からない、裁判官の信任投票ではリストの初めの人が印象に残るので、レ点を付けられやすいというくらいしか分からない。村上春樹が、もし殺人があったとして興奮した被害者が、犯人を罰しなければ安心できないという論調があった後では、天秤は報復に傾き、逆に落ち込んだ被害者が、もう他の人が傷つくのは見たくないと独白知れば、天秤はその逆に傾くだろうとしていた。感情はその状況と印象に左右される。礼儀では人は見かけに本性が現れると割り切るべきという見方もあるが、どうにも僕はそうなりきれない。