悪意を抑え込む方法

心で思っていることはいずれ表に出てしまう。
そもそも、自分は特に相手を遮るような目標があるわけでもない。
歩いていると、相手とぶつかりそうになると苛立ってしまい、
心でクソ野郎と思ってしまうのを堪えるのに、適当な口笛を吹く。
こういった傾向があると良くない。
目の前のものが見えずとも、陰口や悪口の類は予想と思って交差点で立ち止まると、
信号がもうじき変わろうとしている。
立ち止まっていても良くならない。
誰にも会いたくないと思って、レストランやエレベーターを避けるのものの、
非常階段が使えなくなっている。
大概は自分の至らなさからくる愚痴だ。
それでも、不具合をくぐり抜けたあとには、
今より良くなった状態があるかもしれない。
花粉や気温の変化でストレスが溜まる。
恒常的に、皮膚炎と乾燥肌があり、服装がクシャクシャになりやすい。
考えてみれば、あまりまともな状態ではない。
それでも相手に優しくしようとしても、
特に相手に利益をもたらさない青臭い理想だったのかもしれない。
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壁のない屋根の下で

建築で、壁のない様式が日本にも取り入れられた。
1985年頃に通っていた小学校も、
個々の教室が閉められていて、木のグレーの扉を閉める音で恐怖を感じて、
それに抗うようにか、黒板消しを挟んでちょっとしたいたずらもした。
今では、教室と廊下が繋がっていて、
学校全体で授業というよりセミナーを聞いている雰囲気。
Youtubeも充実して、それぞれの存在感を認識できる。
バブル期に大きな公民館を作って、
その片隅で会合を開いていることもあった。
千葉県浦安市にある富岡公民館では、
僕が中学校くらいの頃に、
「語らおう。」サッカー部のキャプテンがいうと
チームのメンバーで公民館のケーブルテレビがある喫茶コーナーに集まった。
僕は、サッカーも大して上手くなかったので、
メンバーの意見をただ聞いていた、
後になってだだっ広い公民館を受験勉強のための自習で使っても、
特にみんなで集まった時のような感動が得られなかったので、
その時、その人たちとという雰囲気が大事だと思った。
幕張メッセもニュータウンとして出来上がってから、
20年くらいたつ。
湾岸地区にある大きなコンクリートの建物で、
カフェや会議室を備える。
今では、ニコニコ超会議やメジャーなバンドのライブで行くくらいだが、
特に、コンクリートのホールの片隅にはなんともいえない人情が留まる。
特に自治会の会長や、政党のリーダーになれるわけでもないけれど、
そこに居場所ができれば、協力関係も生まれる。
友人ではない、知り合いだとしても人生の一部分を確かに共有している。
日本では住居に困らないが居場所に困るという事例が多い、
外国でもそうなのだろうか、
スターバックス、ドトールのような喫茶店ではないけれど、
場所があって、人がいて、話題があったら、
なんともいえない感情が渇きを潤す。
倉庫を改装したスーパーマーケットにはフリースペースあることがあって、
ちょっとした憩いの場になっている。
それも2010年くらいからamazonや楽天によって流通の歴史が変わったことで
生まれたオアシスということもできる。
その泉をより豊かにする要因は自分ではないかもしれないが、
せっかく見つけたのだから、何かの社会のやくに立つと自分もどこか嬉しい気がする。

常温の棚のポップ

2013年の某日、東京都内のとあるコンビニでの出来事。
整ったスーツを着た男性が飲み物を探していると、店員に質問をしていた。
「常温の飲み物は売っていませんか?」
「いえウチには良く冷えたビールとミネラルウォーター、
または暖かいお茶くらいしか売っていないんです。」
「そうですか、それは残念ですね。」
という応対を耳にした。ちょっと珍しいと感じた。
チェーン店でない地元のスーパーでは、売れ残ったジュースなどが
ワゴンにそのまま入れられて、たまたま常温になっていることがある。
それを想像すると僕はあまり食欲がわかなかった。
ただ、水は常温の方が美味しいという見方は、
運動量の多いスポーツ選手の喉の渇きを癒したり、
医学的に健康に良いと仮説が立つこともあった。
常温のドリンクは、街角の自販機で冷たいと暖かいしかない中で、
密かな話題になっていたことを、僕は思い出した。
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インターネットを介したゲーム活動

インターネットでできることは限られていた。
スルメのような肴を持って、友人を2、3人作る。
それだけだった。
東京に通勤してからアトピーがひどくなり、
大学でも銭湯を欠かせなかった。
医者を選ぶ努力は後に述べるが、
僕といえば銭湯を楽しんでいる雰囲気があったそうだ。
実際のところ自分で掻きむしった傷を誤魔化していただけだったが、
その時軟膏を塗りながら手持ち無沙汰になるので、ゲームにのめり込んだ。
ゲームよりその構造に興味を持った。
ヴァルキリープロファイルと大学のギルティギアから
新古典主義 デーヴィッド アーウィン (著)
という本を買ってかじるように読んだ。
中でも、このテントの原型のような
マルクアントワーヌロージェ神父の「原始の小屋」は自分にとっての拠り所となった。
 
 
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労働集約的な積み重ね

日本では、自主的に活動したというより
ある社会のグループのために手持ちでも価値がないものを犠牲にして、
諦めによって寄り集まったという性質がある。
私も例外ではない。
ただ、
これでは生きている実感がなさすぎるので、
苦しみながら書いてみたい。
日本生命保険のいいとこ取りの功罪
これは親の世代と大きく環境や価値観が異なる。
成人してある年齢になると、
「毎月の収入とは別に、何千円か、関係ないことに使うと
もしあなたが入院しても報われますよ、
もっともいたって健康であれば必要もないかもしれませんが。。。」
という趣旨のことだ。
最初は、堅実に保険があった方がいい程度に考えていたが、
掛け捨ての保険ばかりでは将来的に何も貯まらないという。
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身近な世界を見つめる

世の中を俯瞰する広い視野を持った方には、
編集が仕事の一部になりそうかもしれないと、苦労が伺われる。
もし10人聞き手が入るスタジオなら、10人全員を満足させる。
もしそれが、100部の同人誌や小説なら、
書き手や作り手の立場から眺めて残って欲しくない在庫があるならば、
たとえ10部ずつでもコツコツ配ったりすることの方が面白い。
自然には、水車やモーターがあった。
緩やかで壊れにくいものが、統計的に多くのエネルギーを取り出せる。
例えば、シフトを組んで見るのも変化を収益に変えられる。
挿し木の出来栄えや観葉植物の手軽さと素材の鮮やかさに惹かれて、
自分でも憧れ、灰色の土を買ってはいたずらに腐らせていた。
個人的に悔しかったのは、
小鉢で人参の蔕を再生させようして、
2週間してやっとこさ5cmくらいの可憐な緑の芽が出来た頃、
よく見ると人参の根がブヨブヨに腐っていて、
それからたった1日で枯れてしまったことだ。
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ゲームの楽しみ方

ボタンを押して、その中で世界が移り変わっていく。
ゲームは電卓のように正解と間違いがあって、というよりは、
パラパラ漫画のコマ送りのある部分をルールに沿って繰り返す遊びだった。
初めてのゲームはポパイ。
ポパイのセーラー服がシールになっていて、錨の刺青の腕がパーツで動く、
ほうれん草の缶詰はポパイの口に近づくと、開封されて中身が飛び出す。
ヒゲもじゃもじゃの乱暴なおじさんが、どんどん缶詰を投げてくる。
上手くとると、たまにオリーブさんが出でクリアーになる。
ただボタンを押すだけだが、
どうにも自分の好調不調がモロに出てしまう。
自分がだらしなくしていると、ヒゲのおじさんばかり見てポパイの腕がぎこちない。
根気が続かないと、オリーブさんが出てきても全く上の空で、右上の時計ばかり気にしている。
何年か同じゲームばかりやっていた。
ポパイに力こぶのアニメーションが追加されたのは、
16ビットで動きがカラフルになったスーパーファミコンになってからだった。
ドラゴンクエストVでもメラで赤の火、ヒャドで青の氷が出るようになっていた。
それまでは兎に角たくさんほうれん草を食べれば丈夫になるだろうという想像に任せていた。
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