条件分岐とDIY

ArduinoのWiFiクライアントが、繋がりにくいときがあった。まず、IPアドレスが競合しないように、固定IPを付加して、再度試して見るものの、WiFiがプログラムのコンパイル時に繋がる時とそうでないときがある。何度か同じことを繰り返すと繋がる時がある。キャタピラクローラーに載せているWiFiサーバーは、セットアップ時のWiFiアクセスポイント設定の関数をプログラムのループでWiFiがもし繋がらないときの条件分岐から再び設定の関数を呼び出すことにしている。同じ仕組みがWiFiクライアントでは、WiFiが繫がらない場合のメッセージが繰り返し出るだけだった。そこで状態を表すLEDランプを1本だけ追加して、WiFiが繫がった時に点灯、タクトスイッチからURLにアクセス始めたときに消灯、リクエストが返ってくると点灯と、WiFiが繫がっており、ボタンが押せる状態ではLEDランプをONに、ボタンが押せない状態ではOFFにした。プログラムが正常に動けばLEDランプが無くても差し支えないが、動いたかどうかの取り掛かりとして状態を表すものが必要だった。WiFiは、LEDランプが付くように、モジュールの電源の再起動で再接続する、具体的にはmicroUSBケーブルを抜き差しすることになる。海外のinstructables cuicuitsという学習サイトで、プログラム上でリセットをする方法が載っていた。リセット用のピンヘッダーに繋ぐ必要がなく、セットアップ時の動作に戻ることができる。WiFiが途切れるのは電波が不安定な状態で、通常はひとたびつながると再び聞かれることはあまりないが、はたしてEspr-Developer32をリセットしてWiFiに再接続するようにすると、繰り返しが進展して再接続された。またWiFiルーターから、Espのアクセスポイントに繋ぎなおすと、MultiWiFiが作用して、複数WiFiアクセスポイントがある場合は、どちらか有効な方に繋がる。固定回線のルーターは、途切れることはないけれど朝方から昼間にかけては比較的高速で繋がるが、夜間になると、回線が混みあっているのか速度は比較的遅くなる。また、スマートフォンもWiFiがない状態ではSIMカードの4G回線があるが、通信パケットの容量は、以前より節約されている。画像や動画よりもテキストやプログラムが軽くて比較的読み取り易い。網羅的な基地局が増えない状況では、通信の一部をDIYで補うことも必要になっているようだ。

引っ越しで収納の位置関係が変わったのか、半田で付けたものが外れやすくなっている。蓄電池にコンセントから充電するアダプターの-極のワニ口クリップが外れそうになっている。そのままにすると不安なので、半田を付けなおし、またワニ口クリップのゴムの被覆をエアコンパテで隙間を埋めて外れにくくした。また良く使っている電圧チェッカーのコイン電池がいつのまにか空になっているので、補充しようと思う。台風一過によって季節が変わっただけでなく、身の回りのものにも節目が訪れていた。ここ3年くらいで、半田の付け方や導線の選び方なども更新されてきた。なかには失敗もあったけれど、長く使える仕組みを考えたい。USBはマグネットケーブルにしているが、蓄電池の12Vではコンセント状の端子に付け替える。DC端子よりコンセント状の端子のほうが+極と-極が束ねてあり配線が節約できる。

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ヒントから実現性へ

サーバー上のURLをGPSに対応させるために、urlをhttpからhttpsに換えると、GPSと連動して位置情報を取得するようになった。SSLはレンタルサーバーでオプションプランを選んでいなかったので、証明書がなく厳密にはSSLではないけれど、地図を取得するにはアドレスを変えることで、サンプルが起動することが明らかになった。とはいえ、windowsPCにデフォルトでインストールされているInternet Explolerでは、httpの状態でもGPSと連動するが、この場合wifiルーターに繋がったパソコンやノートパソコンがある位置がGPSになる。スマートフォンでGPSを取得すると、持ち歩いた位置になるので、ライフログに活用される。

海外ドラマのブレイキングバットというフィクションのドラマでは、ボルタ電池の自作をしてエンジンストールしたキャンピングカーを起動させるというストーリーがあった。そこで電池がイオン化する水溶液と、金属イオンを組み合わせてバッテリーの代わりにする。そこで知ったのは水酸化カリウムをしみ込ませたスポンジをセパレーターにして、その両脇に+極と-極の電極の金属をサンドイッチのように挟む。ドラマでは金属にボルタ電地の銅や鉛の他にブレーキパッドのグラファイトの他に、金属として水銀を使っていたが、銅と鉛と酢などの酸性の水溶液があれば電気自体は発生する。エネルギー密度を高めるのに金属端子とセパレーターが付いた電池は出力効率がいい。また水溶液を使わず、電極を金属で覆った電池を乾電池といって、単位電池として家電やウォークマンに使われてきた。携帯できる電源としては、乾電池やリチウムイオン電池が開発されてきたものの、太陽電池などの再生可能エネルギーにはいまだに水溶液を用いた鉛蓄電池が使われている。バス停の非常用電源にも鉛蓄電池が据え置かれている。モバイルバッテリーはエネルギーを持ち運んだり貯めることができるが、エネルギー密度は元の電源より分散する。原理的にはボルタ電池と共通するところがある。そのイオン化傾向の精度を同じ容量でいかに改良するかが、今年ノーベル賞にもなったリチウムイオン電池の開発のコンセプトにもなっている。

リチウムイオン電池では+極がコバルトという金属で、-極は炭素繊維になっている。コバルトは格子状の四角いアスレチックのような分子構造で、炭素はハチの巣のような6角形のハニカム構造になっており、その間をリチウムイオン電子が充電や放電の際に留まることになる。鉛蓄電池では12vの直流が出力されるが、リチウムイオン電池ではスマートフォンでも3.6vの電圧で、もし自動車に応用するとすれば、同じリチウムイオン電池のまとまりを直列にして12vに近付けてエネルギーを発揮する。もしリチウムイオン電池の電極が炭素でなく、鉛や水銀かなにかの金属だったなら、出力は2ⅴくらいで、より多くの量を同じ出力に必要としたと考えられる。エジソンは、電球のフィラメントを木綿糸から試行錯誤の末に京都の扇子の骨に使われた竹の繊維を使うことで、電子を光に換えた。電球のフィラメントは工具のドライバーの先端に使われるタングステンという硬くて熱に強い合金にとってかわったが、バッテリーは再び電極がグラファイトに戻り、なんだかテスラの整然とした合理性とエジソンの独特な感性が合わさったような要素を持っている。

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地図情報の備え

2019年10月12日に、台風19号が上陸することが、予想から確かになった。ラグビーワールドカップは二試合が天候のために中止になった。電車は計画運休によって本数と間隔が空く。先々週の台風では、植木鉢を室内に避難させることはできたが、ベランダに置きっぱなしにしていたタイマーモジュールが漏水のために故障してしまった。今回も災害対策のために、できることを行なっていこうと思う。スマートフォンにはあらかじめモバイルバッテリーを充電して用意しておく、LEDフィラメントを予備の部分は、5本を束ねた電池型のLEDフィラメントと、4本を束ねた読書灯型のLEDフィラメントがある。といって確かめようとしているとマグネット端子が偶然にもくっついて抜けて、そのはずみで半田が外れてしまった、運命のいたずらにしてはなんとも急であった。耐久テストを一定時間こなして、その間の明るさなどは問題なかったが、数日を置いて思わぬところでひずみが出た。接着剤が柔らかすぎ、また接着面がやや広すぎることもあったかもしれないが、マグネット端子が外れてしまっては、また付けなおすときには接着剤を付け足すだけでも元に戻った。台風の余波は、今朝方の午前9時にも気温が34℃になっており、継続的な体感ではそこまで暑くなかったが、温度や湿度の推移はやや異常な状態になっている。転んだりなにかを忘れたりというリスクを解消するべく、諦めないで取り組むことにしたい。ヒヤリハットの状態は過失やミスでなくても起こり得る、例えばゴミの分別などをこうしたほうがよかったという判断も視野が広くなった後から生じることもある。パニックにならずに、状態を必要以上に悪化させないように、なおかつ途中で諦めないようにしていきたい。なるべく急な変化にひるまずに平常心をもって対応できればと思う。

レンタルサーバーに残っていた手作りのブログシステムのGoogleMapAPIのアカウントにはサーバーアドレスとリクエスト回数を定めたアクセスキーが必要になっていたので、オープンソースの地図として汎用的に使われるleafletに置き換えることにした。マップのベクターデーターは、GoogleMapほど精細ではないけれど、現在位置や交差点、旅行した先の地図がログから対応した地図に場所が反映される。しかしながら、GPSの座標をパソコンやスマートフォンのブラウザを経由して取得することが限られていた。なかでもGoogle ChromeやFirefoxではHTTPSのSSLでしか、GPSの座標を取得しなかったので、新たに地図を追加するのは、パソコンのInternet Explorerだけで可能だった。スマートフォンのGPSもHTTPSを使っているので、地図情報のGPSの設定は枠組みが変化のただなかに合った。一方で画像やテキストはそういった制約がなく、更新することが比較的シンプルに反映される。またはデータベースを更新して、古くなった参照先を新しく検索して見つけたリンクに置き換えることもスムーズに反映された。画像はスマートフォンで撮影した写真を十分な解像度でそのままウェブサーバーにアップロードすることができる。かつてはスマートフォンでGPSの座標を取得して、旅日記にしていたが、スマートフォンとGPSを連携させるブラウザの規格が対応しなくなっているようだ。オープンストリートマップのleafletは、複数のノードに対応したクラスではなく、IDによるものだけれど、各マップごとにcopyrightの署名が必要になるので、そこに合わせてループを当てはめて、緯度と経度を追加していく。

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取りこぼしとトラブル

街角で配られていた選挙の政策の資料をうっかり電車のなかに落としてしまった。道端で歩きながらおにぎりを食べていると、ご飯粒を零したりしてあんまり調子が良くないのか、移動と準備にかかる時間を無駄にはしたくなかったけれど、もしそれが業務用の資料だったらと思うとヒヤリハットの一種である。アクシデントのなかには自分ではどうにもできないものもあるが、もし自分の不注意が過失と言えなければ、心理的な余裕ができ、次になにをすべきかが分かりやすくなる。このようなミスが続くとこんなはずではなかった。もしパンフレットを落とさず、またおにぎりをベンチで座って落ち着いて食べていれば後悔しなかった。

10月5日にはカメラの三脚の金具をホームセンターに買いに行ったころは天気が晴れていて、ベランダの気温がその時期には珍しく38℃になっている、天気予報の最高気温は33℃でも、局所的に直射日光が当たったのか、熱中症になりやすい状態になっている。センサー付近には植物もあり、木陰もあったはずが、温度が異常に上がっている。通常昼間が最も日が高いのでそのあたりが夏でも暑くなるピークになるはずが、午前9時頃に異常な暑さになった。天気図を見てみると、太平洋から低気圧の集団が、日本列島を覆っている。これによって暖かい空気が関東に留まり、また曇りがない空模様が熱中症になるようなうだる暑さになったと予想される。またグアム島沖の熱帯低気圧は、9日には台風19号に発達して、先週に千葉県を停電や豪雨の被害をもたらした台風15号のように、台風が上陸すると強い雨や風が起こり、あちこちで被害が出ると予想される。

空に空気の流れで風が吹くように、僕たちの心にもそういった変化がある。景気や増税の影響によって、豊かさの実感が湧かなくなったり、また落ち着きや余裕を感じにくくなったりする。マルウェアという海外のハッキングのウイルスによって、サーバーにアクセスできなくなり、マルウェアウイルスに感染したファイルのリストを作って削除する必要ができたのも気圧が変化するタイミングと重なっている。その場合、海の向こうで、昼夜も時差によって9時間の差があるカリフォルニア州のエンジニアやオペレーターとやり取りをすることになる。とはいえ、土曜日にウイルスに感染して、日曜日に異常に気が付いて、月曜日にはこちらのミスもあり、復旧は遅れてしまった。相手を責めることはできないが、我慢が必要な状態になった。台風15号の強風で、デジタル式のタイマーモジュールのリレースイッチとの連動が故障した。水滴が雨具の隙間から回路に入ったためと推測されるが、結果的にタイマーモジュールはデジタルの時計こそ壊れていないが、センサーと連動しなくなってしまった。それに比べると今回はセンサーは無事に動いていたが、HTMLやPHPといったソフトウェアが人為的なエラーと、その復旧によって動かなくなってしまった。センサーは通り雨やその間の晴れの間も定期的に休みなく信号を送り続けていたが、受け取る側の準備ができていなかった。

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ブログの様式

かつてブログを自宅サーバーで作っていたころの木目の画像はなくなってしまった。角丸のUIはベニヤ板が元になっていた。ブラウザの白い画面をベージュにしてテキストを読みやすくしたりと、それ自体は何ともなかったし、またデザインのセンスも必要ではなかったが、素養にはなるのかもしれない。movableTypeというPerlのCMSがPHPによるwordPressに比べて、HTMLファイルが実ファイルであるので、バックアップしやすいという仕組みも、サーバーやPHPのアップグレードによって、更新されていった。

キャタピラ式のモデルといえば、ジブリ美術館で買った、おもちゃの戦車のプラモデルを組み立てていたことがあった。プラスチックの爪を集めるとピアノの鍵盤のようなキャタピラになり、砲塔は中世の小屋が山に着いたような、まるでハウルの動く城の模型のようなものだった。プラモデルにはモーターは付いていないので自走することはできなかったが、動きだしそうな造形ではあった。そのプラモデルは塗装にラッカー系塗料を使い、ピアノのように白と黒に色分けしていたが、結局完成することはなく、数年後に中国から輸入したraspberryPiとモータードライバーに使ったキャタピラクローラーでその面影が蘇ることになろうとは思わなかった。森博嗣の科学読本というQ&A集に、キャタピラー式の乗り物がタイヤの自動車に比べて操作性が確保できるかという点で、2つのモーターを交互にコントロールできれば、科学的に道路を探索可能と記載があり、ブラウザ上にファミコンのように十字キーとブレーキを付けると、無線の伝わり方にもよるが、おおむね操作できそうだった。またキャタピラーはショベルカーなどの作業用車に使われることがあるが、バイクの前輪がタイヤで、後輪がキャタピラーという変わった乗り物もある。ともかくかつてはキャタピラーをひとつずつジョイントさせていたので、プラスチックのキャタピラーも、1ブロックずつ長さが調整できるようになった、とはいえ、微妙にベルトに撓みがあったほうがモーターに負担が掛からないようだ。森博嗣は、ジャイロモノレールのようにモーターの回転がバランスをとるのに有効だとしてその復刻を手掛けていたり、蒸気機関車を再現したりしているが、キャタピラー式の乗り物が意外にもエコロジーで、作業用だけでなく乗用車にも活用できることに着目できる観点があったことは想定されていたかはわからない。キャタピラー式のセグウェイがもしあったとしても、公道を走れずラジコンと同じ扱いになるけれど、自転車や自動車、電車だけが人や物を運ぶ乗り物とは限らないと考える。

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光源の輪郭

予定が分からない中で、ベストを尽くした。明日何があるか、誰に合うか、どれくらい時間がかかり、なにが必要なのかが事前に分からない。相手を気遣って常に緊張していた。実際に破損したものもある、外付けハードディスクの片方は原因もわからないまま故障した。LEDフィラメントは配送時に物理的に破損していた。

相手が常にそつがなく万能に見える。それに対して僕はドジでのろまで無能に見える。そういった中でも、悪意をもたなかったことが僕の取り柄だと思う。もしミスをしなければ、予定はスムーズにいったと感覚的には感じる。僕がドジで不注意だった。それは反省する。ししながら、罰を受けるいわれはない。そもそも一つのことがだめでも万事がだめだと思い込むことは、相対的な確認の精度はあがらないかもしれないが、心理的にはよくない。自分からもうこれで良いだろうと思っても、相手がそれを納得しないこともある。まさに泥沼にはまったような状態になる。そういったときに、相手がこれくらいでよして置こうと提案してくれるとスケジュールは上手く進んでいく。

休日にヨドバシカメラで三脚を買った、三脚にはネジが付いているだけでシステム的な機能はないけれど、その使い方をあれこれ考えて歩いて帰ると、いつの間にかスマートフォンに留守メッセージが届き、サーバーメンテナンスになっている。休日の土曜日だったのでボーっとしていた。ドジでダメになったこともあったけれど、本当に自分ではどうにもできないトラブルもある。

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アナログとデジタルのペースメーカー

パソコンを使って文字を書いたり、絵を描いたりできるけれど、パソコンが電源を入れると回路が動いて、任意のパターンで動く事が元になっている。たとえ話では川から水を引いてきて、水が重力によって上から下に落ちる原理を使って水車を作ったり、それで小麦粉を臼で弾くことに応用される事がある。最近ではそういった工場での作業がどのような役割を持っているかを言葉にする事が難しくなっている。物事には正解があり、それから外れると間違えるとされることもあるが、その段階では飽和状態になっている場合が多い。

象の背中という本に、いいペースで蕎麦を食べるという習慣があると、作業効率が良くなるという。今日何食べたというメッセージから誰かを気にするかしないかがわかるということもあるけれど、そういったことはあまり考えたくなかった。もし手作業である程度何かを動かしたり直したりしたい役割をしたい場合は、自分がその担当でなかったとしても、一段階上の立場をシュミレートするとうまく行く事があるという。逆に遠慮しすぎると、理不尽な目にあったり、思った事が上手くいかないという巡り合わせがよくなくなる事もある。日本ではあまり取り立ててこの人がダメだというケースはあまりなかった。それでも、店に行っても欲しいものがなく、将来の目標を考えようにもどうにも計画が立たない。何かを作ろうにもすでに世の中に色々便利なものがあって、その上に何を付け加えればいいかと悩む。最近はあまり食事をとりたくない人もしばしばいる。僕もその時の気分では、全く食べたくない時もあるけれど、一定の周期で食事をした方がおそらく生産性がある。食べる事自体は消化する事だけれど、単語帳の文字を食べると覚えた気になると聞いた事がある。

高校の時はエクセルに書くことがなくて、とりあえず目に負担の少ない緑のラベルにして、教科書の単語を移していた事があった。できる人のノートはあまり具体的に書いていないのに、どうしてエクセルで家計簿のような型に整える必要があるのかは10数年たった今でも疑問ではある。当時は名前や住所を描く事が苦手で、できればワープロで読みやすいものにしたいと思った事もあった。携帯電話が普及すると、番号とテンキーからメールアドレスとポケベルのような文章を作る事ができるようになったが、会話文になるとパソコンを使わざるを得なかった。何か離れたところに対してメッセージを送ったりするには、携帯電話を持って何も伝えられずに悶々としながら、家かパソコンのある場所まで最短距離で帰るということをしていた。

パソコンを買ってインターネットに繋がっていないと、そのパソコンで何をしていいかのモチベーションがかなり下がる。ところがダイヤルアップでも何かと繋がると途端になんでもできるような変なテンションになる。パソコンの仕組みはまだわからない事も多いけれど、簡単なモデルを作ってそこに足がかりを作って、少しずつ登って行く、まちの道路はあらかた整備されているものの、パソコンのネットワークはジャングルのように未開の状態になっている。それがゆえに、フロンティアとしても可能性があるのか、または既にあった事がある人でも状況や変わったり、思わぬ転機が訪れたりするかもしれない。

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価値観の相対化

メールマガジンを読んでも、労務関連のことしか主になっている。それを抑圧や陰口と思ってしまうと不毛になる。しかしながら放送作家と雀荘の主人が世間話をしていても、教育とはあまり関係がなさそうだ。教訓を与えるということなのだろうか。どちらにしても余計な世話を焼かず、それぞれの長所を伸ばしていけばと思う。そこに劇団員が加わるといよいよサーカス団のようになる。なぜか客がひとりもおらず、内部は関係者だけで固められており、それにしても喫煙がひどい。そのくせ新入りには何もさせず、ただ黙って我慢しろというのだからやるせないところだった。

今週は異常に忙しかった、その日にならないとスケジュールが立てられないというのは疲れる。良く順応したと思う。マウンティングに巻き込まれぬようにと、なんとかやり過ごすしかない。その人の書籍や論評が認められたり、プロジェクトが上手くいくようになら一般的には支援したいけれど、相手を無力化させたり、いかに調子に載せないかという議論は、陰口のようで不毛だと思う。放送作家が、先輩と後輩の関係を親と子に例える風習があるけれど、それで上手くいった事例を見たことがない。苦労は確かにひつようではあるが、主体性を失ってまで相手に尽くしても、報われることがないようだ。むしろ相手を尊重した状態で適度に距離を置く方が、有言実行になる。このところその日暮らしになっている。いかに無事に明日を迎えるか、1週間単位で予定を立てたりということがここ数年ごぶさたになっている。僕は相手を圧倒したいとも、権力を持ちたいとも思ったことはない。

台風が温帯低気圧になって、あたりはしんと静かになった。たしかに心配してくれるのはありがたいが、それを受ける側は、まるで通り雨にでも合ったかのようで気が気でない。実際に引っ越してからまだ定期を更新してない。そこまで羽振りはよくないにしても、頭ごなしに自宅に押しかけられるよりは、適度に喫茶店で相談がしたいと思ったこともある。べつに無理な要求をするわけでもないし、こちらからは失礼でできないけれど。単に貴方はダメだ、認められないといって、自分の言うとおりにすれば上手くいくからそうしてくれというお願いを何度も聞いてきた。僕はそういった一方的な要求をしたことはないのに。

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可能性のかたち

良かれと思ったことが結果として無駄になると途方に暮れる。駅のホームでビールの空き缶を拾って近くのごみ箱に捨てようと思っても、手ごろなゴミ箱がない。飲めないビールの空き缶を持って電車に乗っていく。老練なギャンブラーによると愚痴をこぼさないことが大事だという。そこまで早く歩いていないのに、わっと立ち止まることがある。歩きながら考えているためだろうか、おかげでイヤホンを付けることもなく、退屈しない。しかしながら、ひとりの時間が欲しいこの頃だった。ここでぐっとこらえると落ち着いたひと時がやってくる。それは緊張と弛緩というお笑い芸人の心理からすると、報われるか、そうでないかの分水嶺だという。ここのところテレビを見ていない、僕はテレビを見たくないわけでもない。また相手のことは尊重して、むやみに逆らわないように気を付けた。また相手が話しているときに分かったような相槌をうつと、煙たがられることもある。気に入るかどうかの境目は目に見えない。もし熟練者や識者どうしの世間なら、諍いは起こらないかもしれないと期待することが、通りがかりに思うこともあるが、どこまで現実的かはわからない。

カメラの三脚があると、視点が定まる。どんな三脚がいいかをイメージしたとき、マネキンを自立させるのは難しいという。足に錘を付けるか、針金で支える必要がある。二本足で立っているときにもスタビライザーが作用している。ねんどろいどを自立させるのに専用の透明なジェルがあるという、手品の種というわけでもないが、これは透明なだけで実体がある。

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半田とタクトスイッチ

基盤には整然と穴が開いている、半田付けの付けなおしもあり得ると想定して基盤と金属が多少しっかりしているものにした。まず方眼紙を買ってきて、基盤をトレースした、ブレッドボードくらいの大きさだったけれど、設計を描いてみるのも新鮮だった。タクトスイッチはボタンの押しやすさからすると大きめのスイッチのほうが良かった。当初arduino UnoR3で長押しを判別してモールス信号を付けたときに、タクトスイッチは回路は、シンプルだけれど、条件分岐と組み合わせることで、バリエーションが増える。タクトスイッチは指くらいの大きさで、5つ並べるとブレッドボードが一杯になっていた。方眼紙にタクトスイッチを描いてみたのは、ブレッドボードではその性質上、上と下のスイッチを横並びにする必要がある。もし、左右はブレッドボードと同じでも上下のスイッチが縦に並んだら、位置関係が相似して、コントローラーに見えると考えた。

方眼紙に端子の6つのピンヘッダーと、GNDは共通しているが、タクトスイッチそれぞれは5本の信号ワイヤーがある。GNDやそれぞれのワイヤーを最短距離で、なおかつ重ならないようにとして定規で線を引くと、意外に基盤らしく見えてきた。今回は抵抗器をESPやarduinoが代替するINPUT‗PULLUP型だったけれど、6本のピンヘッダーには、手で半田付けをする必要があり、半田ごてより半田の線が細くて困難な個所もあった。それだけに半田がくっつけば便利だけれど、だれも試したことがない分野で、関心が自然と持てたという部分もある。できればだれかと協力したり、または競ったりということも技術向上や気づかいという観点からはなくもないが、ぼくはどちらかというと普通のことが普通にできないという減点主義より、個々のコミュニケーション能力を尊重して、できるところを教わりながらもだれにでも長所があるという、フェアな姿勢でいたい。

タクトスイッチの基盤は、GNDは黒いシリコンワイヤーを想定していたが、上手く最短距離で半田付けしにくかったので、UEWの半田で導通するエナメル線に換えた、エナメル線も被覆があるところは電気が流れないので、混線を予防する意図があった。接点になる半田は針金と材質が異なるところもあり、やや多めに付けた。できれば多少がよかったが、ここのところ半田がひとりでに剥がれたり、セメント抵抗が引きちぎられたりと想定外のトラブルもあり、入念にしたかったという事情もある。変化する状況から目的通りにならず、やり直すことになっても、それだけ必要なことが見つかるいい機会にもなると前向きにとらえることにしている。

ともかくもタクトスイッチの基盤とEsp-Developer32が繋がり、いままでブラウザにボタンの画像に貼り付けていた部分が実際のボタンになった。とはいえ、基盤がむき出しの状態で、それにあったケースは別に用意する必要がある。また、JoyStickモジュールでは、入力に対応した34、35をアナログにすることでX軸、Y軸の操作は可能になったが、操作性がブラウザほど器用にならなかったけれど、回路としては間違っていなかった。珍しい事例といえる。

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