モンスターハンターとワニワニパニックの共通点

キャラクターを立てる理由は、なんだろう。
モンスターハンターで知り合ったエクセリオンが、
Twitterのアバターのような女の子ではないことは理解していた。
正直、ママゴトにもそこまで興味がない。
受験勉強の気の迷いだった部分もあるかもしれない。
あるいは、労働意欲のない自分の逃げ場所だったのかと悩み続けた。
自分も手作りのアバターを用意していた。
森の精霊の女の子を書いた。
かつては大学で幽遊白書の蔵馬に似ていると言われて、照れ臭かったが、あまり目立たなかったので、
せめてちょっと可愛くして人当たりだけはよくしようとした、キャラ立ちはできなかったが、
相手との受け答えをしているうちにストーリーが充実してくるだろうと淡い期待を抱いていた。
自分を過信していたのかもしれない。
PSPを始めてから、草原を駆け抜けながらいきなり前方不注意で転んで周りがあまり見えなくなった。
アドベンチャーデームでは穴に落ちるとやり直しになるが、
モンスターハンターでは、くぼみにハマったり微妙にタイムロスになって評価が落ちる。
そうしてウジウジと落ち込んでいるとザシュッと熊にやっつけられた。
それから自由に動けるどころか、何回やっても張り倒される。
このアオアシラという熊さえ倒せれば、何度KOされようともミスなど関係あるか。
という冷静さを失った状態だった。それから3Dのアバターは操作に慣れることにも取り掛かりに気づくことが少なく、
転んだ箇所と自分の似たような部分が傷つくか、アザになるような気が無意識にした。
例えば右肩を挫いて、右足を引きずった男の映像を30分でもずっと見つめていると、
自分もまた、肩や足が痺れてくる。これが最新鋭の拡張現実か問われれば、なんという皮肉。
それとアトピー性皮膚炎も手伝って、
他人の痛みが皮膚感覚でわかるように努力したと自己弁護しても、
実は痒くてやりきれない頼りなさもあった。
Youtubeで上級者ハンターがアオアシラを切れ味の悪い鉄の刀で倒すムービーがある。
なんとも血がたくさん出そうなおどろおどろしい出来事だか、
10分間で起承転結があってよくまとまっているので隙間時間にも、
ゲームの仕組みを垣間見ることができる。
何回も見ていると、狩というよりは、舞台袖に熊の着ぐるみが現れて、
演者であるハンターが受けて返すというパターンのような気がした。
それでも大量にある選択肢から、それだけを抽出することは相当難しい。
実際には慣れが必要になると思われた。
後のアニメで見るとインドネシアの影絵の劇を参考にしたこともうかがえる。
同じ影絵で連想すると、映画ゴットファーザーの象徴のように熊からぶら下がった糸を見極めること、
がゲームを上手くクリアするために肝要になると想定した。
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インターネットを介したゲーム活動

インターネットでできることは限られていた。
スルメのような肴を持って、友人を2、3人作る。
それだけだった。
東京に通勤してからアトピーがひどくなり、
大学でも銭湯を欠かせなかった。
医者を選ぶ努力は後に述べるが、
僕といえば銭湯を楽しんでいる雰囲気があったそうだ。
実際のところ自分で掻きむしった傷を誤魔化していただけだったが、
その時軟膏を塗りながら手持ち無沙汰になるので、ゲームにのめり込んだ。
ゲームよりその構造に興味を持った。
ヴァルキリープロファイルと大学のギルティギアから
新古典主義 デーヴィッド アーウィン (著)
という本を買ってかじるように読んだ。
中でも、このテントの原型のような
マルクアントワーヌロージェ神父の「原始の小屋」は自分にとっての拠り所となった。
 
 
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ゲームのヒロインから教わったこと

僕が初めて、ゲームをしたのは高校2年生の時だった。
中学校3年の後半に、3Dを駆使したFF7が流行っていたが、
合唱祭にのめりこんでいて、想像で乗り越えた。
ゲームの音楽やヒットした歌謡曲は外を散歩していると勝手に頭でサビが再生されるので、
そこまで不自由しなかった。自分の声で覚えられるかどうかが気になった。
高校になって、浦安から外に出て東京へと通学するようになった。
通学路沿いにあったコンビニエンスストアで、
かつてFF7が得意な人がそこでゲームソフトを買ったという話を聞いた。
中学時に回覧板を届けにマンションに伺ったところ徹夜でFFをやり込んでいて相当機嫌が悪く、
なんだか悪魔を見たようで、僕は予備校に比べたらレベルの低い学校のノートを渡して、
裏の階段で泣いてしまった。
その時に、コンビニのナビでヴァルキリープロファイルを見て白鳥のようなCGに感動した。
気持ちが上の空になって、財布に残ったギリギリのお金で、ソフトだけ買った。
それから、中学で中のいい友人の家にハードウェアを借りて、
ゲームを進めた。その時のアダ名は、ヤドカリくんと言われていた。
落とし穴に落ちても諦めない僕を見て感動した。などあった。
ただ、ヤドカリくんでもホームレスにはなりたくないというちっぽけなプライドがあり、
意地でも泊まり込みはしなかった。
時間を決めてミスも多い中で最大限効率化しようと考えた。
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労働集約的な積み重ね

日本では、自主的に活動したというより
ある社会のグループのために手持ちでも価値がないものを犠牲にして、
諦めによって寄り集まったという性質がある。
私も例外ではない。
ただ、
これでは生きている実感がなさすぎるので、
苦しみながら書いてみたい。
日本生命保険のいいとこ取りの功罪
これは親の世代と大きく環境や価値観が異なる。
成人してある年齢になると、
「毎月の収入とは別に、何千円か、関係ないことに使うと
もしあなたが入院しても報われますよ、
もっともいたって健康であれば必要もないかもしれませんが。。。」
という趣旨のことだ。
最初は、堅実に保険があった方がいい程度に考えていたが、
掛け捨ての保険ばかりでは将来的に何も貯まらないという。
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身近な世界を見つめる

世の中を俯瞰する広い視野を持った方には、
編集が仕事の一部になりそうかもしれないと、苦労が伺われる。
もし10人聞き手が入るスタジオなら、10人全員を満足させる。
もしそれが、100部の同人誌や小説なら、
書き手や作り手の立場から眺めて残って欲しくない在庫があるならば、
たとえ10部ずつでもコツコツ配ったりすることの方が面白い。
自然には、水車やモーターがあった。
緩やかで壊れにくいものが、統計的に多くのエネルギーを取り出せる。
例えば、シフトを組んで見るのも変化を収益に変えられる。
挿し木の出来栄えや観葉植物の手軽さと素材の鮮やかさに惹かれて、
自分でも憧れ、灰色の土を買ってはいたずらに腐らせていた。
個人的に悔しかったのは、
小鉢で人参の蔕を再生させようして、
2週間してやっとこさ5cmくらいの可憐な緑の芽が出来た頃、
よく見ると人参の根がブヨブヨに腐っていて、
それからたった1日で枯れてしまったことだ。
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ゲームの楽しみ方

ボタンを押して、その中で世界が移り変わっていく。
ゲームは電卓のように正解と間違いがあって、というよりは、
パラパラ漫画のコマ送りのある部分をルールに沿って繰り返す遊びだった。
初めてのゲームはポパイ。
ポパイのセーラー服がシールになっていて、錨の刺青の腕がパーツで動く、
ほうれん草の缶詰はポパイの口に近づくと、開封されて中身が飛び出す。
ヒゲもじゃもじゃの乱暴なおじさんが、どんどん缶詰を投げてくる。
上手くとると、たまにオリーブさんが出でクリアーになる。
ただボタンを押すだけだが、
どうにも自分の好調不調がモロに出てしまう。
自分がだらしなくしていると、ヒゲのおじさんばかり見てポパイの腕がぎこちない。
根気が続かないと、オリーブさんが出てきても全く上の空で、右上の時計ばかり気にしている。
何年か同じゲームばかりやっていた。
ポパイに力こぶのアニメーションが追加されたのは、
16ビットで動きがカラフルになったスーパーファミコンになってからだった。
ドラゴンクエストVでもメラで赤の火、ヒャドで青の氷が出るようになっていた。
それまでは兎に角たくさんほうれん草を食べれば丈夫になるだろうという想像に任せていた。
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歌の分類

海外のSNSを見るとむしろ、演歌のコブシをうまく使いこなした方が、伝わる。
例えば、水樹奈々の魔法少女リリカルなのはA’sのテーマソングEtarnal Blazeは、
同じアニメ好きの仲間の間でも、海外のファンにも熱いJPOPとして知られているが、
個人的にはスピッツのロビンソンに似たベースに女性らしく和風の味付けをしたようにも聞こえる。
声優は、ライオネルリッチーのSay me Say YouというR&Bと、
西友スーパーの鶯嬢が専門職のプロになったと伝えられている。
素朴な疑問に耳を傾けると、
いい意味でライバルがいる状態は息苦しいか、
マライア・キャリーやAIなど5オクターブの曲はカバーできないか、
マイクを握りしめないでも伝わるかなどがある。
僕は声が低い、猫背だからだろうか
声が通りにくい、何オクターブも出ない。若干鼻声。
残念ながら声優には向いていない。
唯一マシだと言われることは音程がなだらかに少しずつ変わること。
その限られた中で、中学から付き合いでカラオケを始めた時に
プロが作った曲は誰にでも歌いやすくできているという安心感があった。
口下手でも説得力あるメッセージを作れる唯一の活路があった。
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歌を言葉にすること

国語の文章を覚えたての頃から社会人になっても、
出来合いの本や漫画以上のものを楽しんでこれなかった。
書店員に勧められた以上の発掘は、経験的に難しい。
自分で贔屓目に面白いと思っても、2人以上につまらないと言われれば、多数決で決まる。
僕は主体的に好みを持つことができなかった。
それでも、東京に出てコミケやニコニコ動画の文化に触れると
彼らはまず誰の声を聞き、どのように自分の言葉を見つけ、磨いたのかがどうしても気になる。
私は抑揚のない無難な標準語で、感謝を示した。
作業用と銘打たれた名も無いプロデューサーのCDリスト、
曲と曲との継ぎ目が工夫されていて、次へと自然に繋がりながらふと山場を迎える。
無意識が波を描き、精神世界の山や川になる。
ボタンを押すか押さないかの曖昧の猶予時間。
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ミントが室内で育ってくれた

ミントは育てやすいけれど、チョコミントくらいしか合わない。
と言われたいた3年前に比べると、だいぶレシピが充実してきた。
ラム肉などの臭み消しに、パセリの代用に、
レモンと爽やかさを重ねたり、、、
それでも市販のチューイングガムのような風味はやや残る。
癖のある食材をうまく中和したり爽やかにできれば、
緑は鮮やかに感じられ、口に含んだ空気も美味しくなる。
例えばミントをほうれん草などの野菜として扱い、動物の内臓を合わせれば、
ミントがお菓子っぽくなくなるかもしれない、
枯れた葉っぱも活用すれば味も控え目で、色合いもさり気なくなる。
子供の頃はチョコミントのアイスが好物で、
ミントの園芸すら失敗しそうになると、
Miitomoやgoogle+でチョコミントが好きというコメントを頂いて励まされ、
また素直に育ててみようと立ち直ったこともあった。
優しくされることが、弱さ脆さと言われる中で心強かった。
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