生活の中のオアシス

学生の時に中国に旅行に行ってとても新鮮だった。海外にはあまり行ったことがないけれど、なんだか元気をもらったような気がする。中国には売店があまりなく、本屋も屋台になっていた。飲料水は煮沸されたもので、熱かった。それでも生活に必要なことを身振り手振りで補って、日本が便利で恵まれていることに有り難みができた。
両親はよく旅行にゆく、父は読書量が多い分だけ、美しいものに関心が深い。クロアチアのドブロブニクでは、ドラゴンに似たトカゲや中世さながらの美しい町並みを見ることができたようだ。Amazonビデオで、ゲームオブスローンのドラマを見たくなり、そこで男性のチェロ奏者がクロアチアで演奏している様子が、その手の教養がある人にはとても関心があったようだった。僕はゲームオブスローンはイギリスとケルトや北欧の文化が織りなす、ファンタジーのように見えた。日本でも柳田国男による遠野物語などが、ニコニコ動画にもアップされている東方シリーズの背景になることがある。文化と言ってもとらえどころがないけれど、確かにそこにはあるかもしれない。よく、忙しい経営者は、そこまで忙しくないユーザーの気持ちがわからないというけれど、それも多少のねじれがあるかもしれない。とても忙しくなる状況と、そこから返ってその逆のニーズにアプローチできる視野の広さが垣間見える。
僕はRPGゲームから中世の町並みを見て、図書館やCMの合間にある世界の紀行番組に印象深い思いを持った。実際に取材班がカメラを用意して映像と音楽を合わせるものと、実際にその国や地域に赴くことは大きく異なるかもしれない。僕自身、そこまで視力も構図にも自信がない。例えばメカニックに詳しいことや、背が平均より15cmくらい高く、少年少女の表情を立体的に描くことができると言った取り柄がない。実際にコミケに行って見てもコスプレイヤーに圧倒させられることが多く、この分野では一眼レフカメラも持っていないので、あまりいい写真が取れそうになかった。それでも、とりあえずなんの予告なしにシャッターを押すのはなんだか気が引ける。プロのカメラマンは相手の笑顔やリラックスした表情を引き出すことに長けているという。一つそれに倣って見ようと思った。
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何かにもがきながら元に戻ろうする

人に捕まる、捕まえられたり、追いかけられると何か都合が悪いことがあるのだろうか、大抵のことはうまくいかない。取り立てて、用事もない。それでも何かをこなそうと懸命にはなる。そこで足を取られたとしても、構わない。他に気になることが特にない。話し合いでは、こちらはとくに相手に臨むことがわからない。後ろから話しかけられると、とりあえず少々驚き、次に、どちら様でしょうかと尋ねる。それでも生活している以上、お腹は空くし、同じ姿勢でいると息が詰まってくる。深呼吸してまた、気持ちを新たにする。歩いていると転ぶ、それも今に始まったことではなく気にならない。
逆に人に興味を持つ機会が少なく、それで気が気でないように思ったこともない。片足立ちで真っ直ぐな姿勢にすることは訓練すると、できるようになるらしいが、どうにもバランス感覚が弱く、目が回ってしまう。直感もあまり冴えてはいない。もともと目があまりよくなく、どちらかというとどもり口調だ。ある人はその場の間合いや手癖によって心を読むことができるという、僕はそこまでは分からない。環境によっては、みんなができているのに僕だけができていないということもあるかもしれない。その時はその時隠さずに順を追って話すだけしか選べない。
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とある建物のメンテナンス作業

夜になると、建物の景色がいつもと変わってに見える。
とあるビルでは、エレベーターとフロアが直結していて、より広く見える印象があった。それでも、デスクには電話とイヤホンにパソコンが置いてある。インターネット回線はフロアだけで繋がっている。
壁には無線LANのルーターの大きいものが付いていたけれど、wifi電波はないようだ。フロアの席の数は数百ある。そこには同じだけの従業員が働いているようだ。ちょっとしたアクセサリが置いてあると、なぜだかそれを眺めているだけで落ち着く。ただ無機質なオフィスというよりは、そこに生活があって、家族がいるという感じがする。そう言った感慨もありながら、仕事はなるべく遅れず、順番通りに決められたことを行なっていく淡々として行こうと思った。その間に連帯感があって、意識がどこかで繋がっているような気がした。オフィスでのメンテナンス作業を終えて、休憩していると色々な年代の人がいて気さくに対応していただいた。その道のベテランの人は、どこか風格があり、チェックシートでもしっかりとレ点や名前が書いてある。僕はなかなか名前を書くことができず、レ点を後から付けて言ったようで、追いついていくのがやっとだった。インターネットは繋がっていなくてもwindowsのコマンドプロンプトは使える。初めは、パスワードやファイルパスを何度か入力し間違えていたが、繰り返すごとにスムーズになってゆく。フロアの机の配置感覚と、こちらの作業の効率は比例するようだ。初めは、たった1台の机にあるパソコンの一台分の視野しかなく、これが10台、20台あるとなると、途方も無いような気分になる。視点を少し周りに向けると、5台で1列の中の1台という配置が見えて、隣ではそれぞれだいたい30分で1列くらいのペースで進んでいる。そうするとだんだんと時間が流れてきた。
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ネットワークと、その中での工夫

ネットワークといえば、例えば2階建ての戸建ての場合、一階に電話ケーブルがあり、2階にパソコンを置くとするとルーターから無線LANで送る。2階のパソコンには、電話ケーブルも何も繋がっていないのに、家の外や、出かける先の必要な情報を見ることができる。無線LANは壁などの遮蔽物があると、電波が弱まるので、窓がある室内では比較的繋がりやすいが、地下に潜ると繋がりにくくなる。また、千葉にいるときはWiMAXでサーバーも建てられたが、都内ではWifiとWiMAXが混線して繋がりにくくなって、インターネットの閲覧すらままならない場所がある。
ポケモンGOでは遮蔽物が少ない条件が整った公園や広場、公衆wifiスポットに比較的多くの期待値でポケモンジムが開設され、ちょっとした空き時間に各自が必要な情報にアクセスできる共通の話題が生まれた。家では、ネットワークを作ることは難しく、画面の中でできることを見つけることが多い。画面の中で、ナビゲーションバーを作ったり、表示を整える。同じ姿勢を続けていると、だんだんと肩が凝ってくる。そうしたときには外を散歩する。
よくゲームやインターネットの講習で長い間画面を見ていると、適度な気分転換と運動をした方がいいことになっている。ゲームやインターネットには、映像を見るだけでなく、その時それを見ることの意味を考えることが大切になってくる。携帯電話は充電がシンプルなテキストながら、通信が安定しバッテリーが比較的長持ちしていた。国内に光ケーブルが普及してインターネットで、映像や音声を流せるようになった。スマートフォンのバッテリーはおよそ一日もつ。あるところではバッテリーはコンセントに繋ぐので、3時間くらいもてば問題ないが、持ち運びやすく、動作が軽快なものがいいという。
多少動作が重くても、コンパクトになっていれば、コーヒーを飲んでメールの文面を考えて待っているというライフスタイルを想定して、EeePCを選んでいたユーザーがいた。それまでは、画面が大きく、CPUの馬力がよければいいという発想から、必要な項目が絞られていた。僕の場合はメモリが2GBあれば、Abobeソフトなどの処理が重いものでも動く、初めてDreamweaverを買ったのは、K’sデンキで専門学校で習ったことを形にするホームページを作りたくなったからだ。
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イメージを組み立てる試み

レゴブロックにはイメージを補うようにパーツが凹凸でできている。もし、レゴブロックにカーブの面を付けたパーツがあればそれだけで表現の幅が広がりそうだけれど、イラストのようにもともとが平面、それが三次元的に奥行きを加えられたものだとしても、小さな箱のような単位でできているとしたほうが分かりやすい。もしARゴーゴルがあったとしてもその目の前に広がった仮想空間では、三次元的な制約があったほうがフィクションを受け入れやすい。それにしても、もともとはファミコンやインベーダーゲームのドット絵だったものにプレイヤーが想像を巡らせるためのデバイスとして、ARゴーゴルがあるというイメージは今でも斬新ではあるものの、ソードアートオンラインではそれがある種の仮説として提案されていた。ARゴーグルもスマートフォンをゴーグルに貼り付けたものでも代用されたものもある。
レゴでもそこまで装飾的なお城などを触ったことはなく、歴史の資料から補って考えることが多かった。その中でもセゴビアの水道や、やや華奢なイメージではあるものの、元は水が上から下に流れる習性を使って、水源から都市部にかけて緩やかに傾斜している。アーチの部分は負荷を分散するための仕組みだけれど、石組みにすると、石自体が重く動かしにくいので、実際の積載重量に比べるとやや素材が多くなる。現代では鉄筋コンクリートの橋ができて、橋桁の間には公園や駐車場ができるくらいスペースが広い、それでも橋桁はあらゆる建物の基礎のモデルになるので、多くのデザイナーによって踏襲されてきた。それは、ゲームの3次元の空間でも、アーチが使われて、ドット単位で凹凸がある軽量化されたデジタル画面でさえ、階段の半分のブロックと、石や木の四角いブロックと組み合わせてアーチや吊り橋に見せている場合もある。しかし、日曜大工では木をカーブを描いて加工することは難しく、手間と計算を要する。実際の用途では、素材と素材が協力して、あたかも一体であるかのように組み合わせること。とすると、実用的には一つずつ箱を積み重ねたり筏のブロックを繋げたりしても橋にはなる。
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住まいの隔たりを感じさせない空間

今から8年くらい前の2009年に、GoogleSketchUpで3Dの箱が作れるようになると、立体的な視点の新しさに興味が向いた。また町にコンテナハウスができて、倉庫や船で荷物を運んでいる空間を住まいに転用することが新鮮だった。また、街ではかつて倉庫として建てられていた大きな建物に、カフェやオフィスが入っているのを見ると地図にない空間が新たに生まれたような気がして、それだけで少し視野が広くなったような気がする。町で終電を乗り過ごした時に漫画喫茶に泊まり、読む漫画もさることながら、天井のスケルトンの梁を眺めて一夜の床についた。ミニマリストとして長屋のような空間に住むだけなのに、なぜか建物の仕組みに新鮮さを覚えた。すると住宅の価格が高騰し、住むだけでなくそこに付加価値があるように思ったことが幻の始まりだった。しかしながら、雨風が防げて、そこで暖が取れればそれに越したことはない。そう考えると物資を運ぶコンテナや、プレハブは機能的に作られている。しかし日本には四季があり、夏に風通しを良くする必要がある。レンガで密閉して小さい窓を使う洋風建築は風土には向いていないところもある。
大和ハウスの世界の住宅というホームページを見ると、日本だけでなく世界の住居のすみ方を紹介している。特にヤオトンという地下に埋まった住居参考:http://www.daiwahouse.com/sustainable/eco/column/world/china.htmlに斬新さを感じた。これはマインクラフトのイメージに共通したところがある。建物を建てるだけでなく、もともとある地形を活用して住まいを拵えるというところに普遍性を感じた。建築の基礎では橋桁を作ることが、高層建築にも共通しているパーツがある。その時に、正方形でも面白いが、半円形のアーチ担っていると負荷が分散されて、バランスと強度が増す。現代では住処や食べ物に困ることがなく、それだけにそのルーツだけがシンプルに存在するゲームの構造物や、図面にまだ建てられていない構想に具体性と未知の可能性を感じるのかもしれない。
一人暮らしを始めた頃に、スーパーマーケットで、白とベージュのタイルブロックが一枚300円くらいで売っていたので、20枚を買って河川敷のジョギングロードで少しずつアパートにあるロフトまで運んで、L字型の定規で柱のサイズにカットして、部屋の模様替えをしたことがあった。それまでは家族と暮らしていてそう行った試みをする機会がなく、そのことになんの意味があるのか、どうして苦もなく作業ができるのか自分でもわからなかったところがある。Do it Yourselfのモットーで、生活を組み立てる方法は、高度経済成長が停滞した時代から少しずつパーツや構想がインターネットで流れてくるようになった。シェアハウスもこの辺りから広まり始めた。それまでは個室で仕切っていたものが、リビングを中心に壁が取り払われて、住んでいる人の意思疎通が取れるような設計にすること、またはいくつかの部屋が箱として認識されていて、さながら小さな町のようになっている。あるいはNHKの朝ドラのひよっこにあったように、町外れのアパートにある憩いの広場を中心に、そこから住んでいる人がコミュニケーションを取れるようにする。
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MineCraftで、砂場遊びから見えた物作り

mineCraftは物作りのモデルになると思った。ところが、実際にゲームをプレイしてみるとハードモードでは難易度が高く、ほとんどサバイブできなかった。そこで丸善ブックストアで情報収集をすることにした。mineCraftの攻略本と、平易な解説の本の2つの分野があった。平易な解説本は子供のことからできるプログラミングや、育児に関わるジャンルにその本棚があった。読んでみるとmineCraftをプレイしながらGoogleで必要な情報を検索したり、YouTubeで実況動画を見ることも社会勉強の内とあり、そこでややも励まされた、それでも具体的にどのようにプレイすればいいかという取り掛かりは実際の攻略本も参考にしようと思ったものの、その隣にMojangがドット柄の公式ガイドブックを発行していた。本というより、ゲームに出てくるアイテムのような感覚が新鮮で、多少遠回りになっても、ゲームを設計したり改善するためのヒントがそこにはありそうで、またオフラインになってもその公式ガイドブックを持っているとゲームが追体験できそうだった。実際に製品版を購入して見て、アプリケーションを起動するとデモ版の表記が消えない、Yahoo知恵袋で検索して、アカウントを切り替えるとようやく製品版になった。初めて起動するものは何故かできるはずのことができなくなってしまう。
インターネットでヒントを探そうにも、そもそもベッドを作ったり、ドアを作ることを解説してくれそうなところまでたどり着かない。まずは松明を作り、明るくすることでモンスターが自然発生しないようにする。松明には、地面を奥深くまで掘って見つかる石炭が必要になる。その前に日が暮れてしまう。日が沈んだり、日が昇ったりするアニメーションはドラゴンクエスト3のドットアニメーションが象徴的で、それと共通しているところがありそうだ。2Dのドットでありながらレゴブロックのように三次元的に組み立てができる。しかしながら資源と地形を活用して、建物を作ったりした方が自然な感じがする。できれば、スイッチやレバーを活用して、仕掛けを作って見たかった。手探りでドアとプレイヤーが上に乗ると感圧センサーが動く仕掛けを組み合わせてドアができた。素材は石でも木でも鉄でも動きに差が無さそうだ。すると色合いや材質が自然と調和していると、使いやすくなる。
石炭や鉄鉱石が地面に埋まっているので、舞台は地下になる。地下では日が差さず、松明の照明だけが頼りになる。地下鉄の地下街や、駐車場の半地下になると地上にいる時より落ち着くように、mineCraftには普段誰も気がつきそうで、そうでない空間を活用したゲームのようだ。SF小説のジュールベルヌの神秘の島では、リンカーン島という火山の島で技師のサイラス、記者のギデオン、水夫のペンクロフ、奴隷のナブがそれぞれ自給自足を目指してゆく、花崗岩を表すGranitが、松明用の石炭を探している過程で発掘された。Youtubeではすでに歴史的建造物が多く作られている中で、自然の地形を生かしたオーソドックスなやり方で、どこにでもありそうで、またどこか新しいことがゲーム上で模索できたらいいなと思った。石炭や鉄鉱石を探して地面を深く掘ってゆくと、松明の灯りは煌々としているものの、地形が奥まってくるとだんだん昼か夜だかわからなくなってきた。公式ガイドブックによると、開発者のnotch氏は、一ブロックだけ地上との設定をもつ隙間を作るといいようだ。
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androidと歩く道

渋谷に足を運ぶことが何度かあった中で、街のショーウィンドウを見ているとただ綺麗なだけでなく、そこに何かしらの工夫があって、ルックスに自信のない僕はその工夫は参考にしたいと思っていた。その時に旅行トランクとモバイル充電機器、それとソファーがあった。そのどれにも共通して青みがかった緑の配色がしてあり、インテリアの中で汎用的なスマートフォンが溶け込んでいるというコンセプトになっていた。そのどこにでもありそうで、どこか手に馴染むというアイテムとしてandroidがあった。ついつい手を伸ばしたくなってしまうものの、SIMカードの契約がややも不透明で胃が痛いところでもある。すでにガラケーからスマートフォンに移行して、その上に代替機を買うことが難しかった。W-maxの場合では、パソコンの機種代は無料になっているものの、後の通信料によってローンが組まれる。それと同じように考えるとたとえ廉価版のスマートフォンでも公共の電波を使って通信する仕組みは変わらないので、やや考え込んでしまった。
そうしていると、秋葉原のソフマップでもandroidのスマートフォン売り場にも足を運んでいた。ここでは逆に渋谷で同じ箱が並んでいるよりは手にとって使い心地が想像しやすかった。それでもandroidに詳しいならzenPhoneを買うべきという事前情報もあったけれど、マスコットのドロイド君も色がグリーンで共通しているのか、印象的なUPQPhoneを買った。それが今持っている唯一のandroidの実機になっている。通話機能はないけれど、wifiはFREETELのプランを使っている。iPhoneに匹敵するようなスペックにすると機種代が嵩む、またandoridの仕組みを学習しておらず、中でどのように動いているかの仕組みを学ぶ必要もあった。UPQPhoneは使用してみるとタッチパネルの精度がiPhoneに比べてあまり良くないものの、色合いと角丸のアスペクト比率は無駄がなくどことなく絵になった。メモリ容量が少なく、大容量のSDカードを追加してもそこに移動できるかどうかは、アプリケーションによって異なる。Andoridのバージョンを確認したり、その機能が実際に使えるかどうかを検討する時によくみるアプリケーションはズバリ設定になる。そこでの文字が読みやすいだけでなく、シンプルに色だけがついている様子は情報が整理されてとても分かりやすい。これが何かの設計図のようだと説明のための説明になってしまうので、戸惑ってしまう。UPQPhoneには緻密な工夫と、分かりやすいインターフェイスが合わさっている。Andoridでは、iphoneと異なり、国内向けだけでなくGooglePlayによって海外の風土で考えられたアプリケーションをインストールすることができる。容量は限られているものの、新しいことができる可能性があるというだけで負担が軽くなったように感じるので不思議だった。携帯電話は無線端末をカスタマイズして商品化したプロダクトだけれど、それだけでは印象としてはやや堅く、アイデアが入り込む余地がない。一方では、主張しない黒を基調にしてワンタッチでカメラが起動する汎用的なスマートフォンを追求するコンセプトもある。OSはandroidで、スマートフォンに限らなくてもオンチップボードにもインストールできる、タッチパネルやキーボードの有無、その精度、アスペクト比が性能を左右する。すると、明確なコンセプトはそれだけでもブランド価値を持っていき、そこに携わる関連組織も大きくなる。するとそこに参入障壁が生まれるかもしれない、その中でコンセプト自体の価値は未知数だ。
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趣味が癒した物語

はじめに挨拶を行わないと実は協力できそうな関係でも、こじれてしまうことがあるかもしれない。何かを急いでいるときは、思わず相手のことを忘れたり勘違いしていることさえある。それだけ夢中になれているということもあるけれど、多くの場合は錯覚で現実に戻る時につらい。ある人が、ホームページを作りながら挿絵を書いていた。一般の雑誌に比べるとそこまで魅力を感じなかったかもしれない。またとりたてて巷にあるような萌えキャラを書いていたわけでもなかった。中にはバットマンのダークナイトの2代目の役者がお気に入りらしく、何度もバリエーションを書いていた。バットマンのダークナイトは後に、名画として進められて見ることになったけれど、少しスピードが急で見ていてあたふたしてしまった。その間でも、ダークナイトのジョッカーが出るシーンはバイオレンスながらもどこかコミカルで安心してお芝居を見ることができるという。また、それがルックスが優れているとか、主人公のバットマンより強かったり、賢かったりするというよりキャラクターの魅力を感じたという、僕はその語りには混じれなかったけれど、どの道物語には欠損を抱えたキャラクターが、それを取り戻すことなく読者と結びつくものでもあるかもしれない。妖怪ウォッチのジバニャンという猫は、交通事故で耳が欠けている。それを感じさせずにいつもあっけらかんとしている
僕らの世代でははじめは少年漫画しかなかった、それでも少年漫画の暴力シーンは正直苦手で、どうして青筋立てて殴り合うのかがいまいちピンとこなかった。高校生の時に、初めて喧嘩を見たけれど、後味はあまり良くなかった。まるで頭から赤いリンスをしたように血のりが付いていた。ところが、それからその喧嘩をさも自分が戦っているように話してしまったので、そこでまた怪我をすることになった。僕は、クラスでは生徒手帳に緑の羽根募金をつけていたことがなにやら勲章めいていて鼻に付くらしく、それで呼びつけられてしまった。それでもいざそこで巻き込まれると、なんだかどうでも良くなってしまって、とりあえずなんとも面白くないやつとして逆に同情されるような形で、一人で帰っていった。話し相手はいたものの、とりたててスポーツができるわけでも勉強ができるわけでもなかったので、単に一人でいることになれた人のいいチビという感じだった。そのチビがどうして、漫画やアニメで主役になれるだろうか、またブレーンのように周りをサポートするずるい役にもなれない。
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RPGゲームの郷愁

カラオケでは声が低めで、声があまり通らないかもしれない。アニメソングが好きだといった手前それを否定はできないが、そこまで得意に歌うことには慣れていなかった。それでも、アニメが好きな人は声をふり絞って歌う。僕はそこでもたどたどしく、歌詞を初めてそれを気にいる人の立場を思い浮かべて歌うもある。これでは声優には向いていない。知人がいっていたけれど、声が通らなくてもどこか引き込まれるところがあるという。僕は、別に誰に話したいでも、逆に誰を避けようとしているわけでなく、普通に話しているつもりだったので、そこは意外だった。緊張がとけたり、その場でのノウハウが余っていると甲高い声になってしまうものの、そこまで専門知識はない。
空の軌跡というRPGゲームのファンミーティングに行ったとき、ゲームは一周しているくらいだったので、知らないことも少々あったけれど、カラオケになると、アニソンやゲームの音楽も喜んで乗ってもらえた。ゲームでは2Dで、企画者のタイ旅行からインスピレーションを受けて、ドラゴンクエスト風のマップを作ったという。ドラゴンクエストや英雄伝説では世界地図がそのまま描かれてしまっていたが、海外のSKYLIMというFPSや、空の軌跡では一つの街から世界に繋がっていくイメージだった。電車を乗り継いで旅をしてそこでの出会いやイベントから、物語を作ってゆく。漫画やゲームでは、近未来や正義と悪の戦いがインフレーション気味になっており、そこにリアリティを感じにくかった。社会人になってからも景気のいい話があまりなく、世知辛いこともしばしばだった。そういった中で、空元気を出した方がいいことに越したことはないけれど、できることから可能性を伸ばしていけたらと思った。スタンフォードの熱血授業という自己啓発本は、空の軌跡の遊撃士のシナリオと少し似ている。ドローンやルンバのようなメカが出てくるところは攻殻機動隊に近いかもしれない。しかしながら、空の軌跡も、飛空船が飛行場に降りてくるかと思えば、ドアが開いてタラップが階段状に降りてくるアニメーションが序盤で、そこでいろいろな人に話しかけないと話が進まないということもあった。そういったところではアニメ映画のラピュタにも似ているけれど、進行はそこまでのめり込めるようになってはいなかった。BGMが80年代のロック音楽を彷彿とさせるのと、なんとかできないなりにテンポよく進めようと悪戦苦闘していたとことが、どうにも共鳴してBGMのCDはいくつか持っている。最近ではハイレゾというゲームのピコピコ音のような圧縮がない生の音もiTunesなどで配っているようだ。
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