メッセージの送り方

2017年から書き始めている雑記が今日で1000本目になる。とりとめのない随筆から、科学やDIYに興味を持ったこともあった。現在では書いたことをもとに相手の意見を取り入れながら、目標を新たに探していこうと思う。パソコンもメモ帳からWordに、macBookからwindowsPCに変遷している。ダイヤフラムポンプを使った水冷ユニットでパソコンを起動させる前に循環させてパソコンの表面温度を平熱に保っていた時期もあった。キャタピラクローラーをraspberryPiとarduinoなどのマイコンとスマートフォンでリモコンのように動かしていたことも行っていた。Blenderで3Dモデルを作ってキャタピラーの動きを再現したこともあった。そういったことは空いた時間に行っていたスマートフォンのキーワード検索が契機になっていた。webデザイナーからプログラマに転向する時期に時間が空いていた時に身の回りで気になったことを調べる機会があった。技術的なことは詳しく教えてくれなかったけれど、気が付いてみるとアルミニウム板で足場を作っていたり、キャタピラクローラーを中国から部品を輸入して組み立てていたりした。それらはDIYとして行っていたが、実際には身の回りの人の支援が折り重なってできていたと思われる。

今日は朝起きて、新聞小説を書き写して、すこし時間が空いていたので雑記のアーカイブを整理しようとしたら、作業半ばで時間が足りなくなって、就労支援施設への通所を優先させた。その判断には理由があったが、どこかさきほどこうしていれば良かったとあれこれ考えるようになった。こういった作業は手を付ける前にまとまった予定を立てることを行った方が良かった。新聞小説の足りない画像を見つけたことはよく気が付いたと思うが、そのまま他の作業に移行する前にひと段落置くべきだった。2018年の半ばから、WordPressのバージョンが変わり、記事のエクスポートのときに出力されるHTMLタグが変わっている。テキストはメモ帳に張り付けるとフォントがデフォルトになって、Wordでも読みやすくなる。Wordのファイルサイズでも2018年と2019年では同じ文字数でもクラウドサービスが普及した影響で、ファイルサイズが変わっている。クラウドサービスによって家で文章を作成しても、外出したところでスマートフォンを開いてもその文章の続きを見ることができる。MicrosoftのOneDriveというクラウドに一つのアカウントごとに割り当てられた無料の容量は5GBだった。以前は水冷ユニットを組み込んだ小型PCのデスクトップとマイドキュメントの容量そのものだったので、常に仮想の鞄に書類がたくさん入った状態になっている。文章はパソコンのキーボードで作成する、スマートフォンでは文章をブラウザのスクロールで読むことはできても書くことができない。メールやショートメッセージの文章はそれぞれが限られた心理状態で、相手に伝えることを優先して送ってくれたものだとも考えられる。Googleのキーワード検索を分からない漢字を調べる漢和辞典のように使えるが、なるべくは語彙を豊かに持っていられるようにメモで字を書く練習をしても効果的になる。

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デジタルデータと目視

在宅勤務にて時刻の入力作業があった。時刻はPDFファイルから数値を読み取っていく、手書きの部分は拡大して読み取る。この作業はPDFをプリントなどの紙媒体に出力しなくても、デジタルでもできるようになっていたので在宅での作業には比較的向いている。今回は変化があり、読み取り機の番号が変わっていたので、時刻だけでなく番号を直す必要があった。続いて、スケジュール表に週次と月次の作業を入力する作業がある。PDFファイルの漢字は解像度の関係で読みにくくなっており、形から推測する必要がある。このような場合には実際にプリントに出力できれば、分かりやすくなる。現場での作業では紙に出力した表に蛍光ペンでマークしていた。蛍光ペンも後で書き直すことができるタイプで、表の読みやすさを優先していた。チェックマークを付けるのは後で重複や過不足がないことを確認するためで、在宅でプリントができないために、代わりにPDFでA3くらいの大きさの紙媒体を拡大して、acrobat Readerの機能でチェックマークを付けた。色は選べなかったけれど、黒のチェックマークを表組のリストにレイヤーで上から追加していった。エクセルの表は、色を任意で選ぶことができ、一つのセルに指示所の題名の文字数の関係から複数の項目が入力されると、セル全体に色が付くが、可読性は落ちていない。

在宅勤務を支えるインフラに、シンクライアントという仕組みがある。ノートパソコンからOTPトークンと、IDを使ってVPSという仮想環境に接続する。自宅ではWiFi無線だけを通じて、離れた場所にあるサーバーに割り当てられた仮想のデスクトップ環境にログインする形となる。自宅でなくて、指定のオフィス環境ではプリンターもネットワークが繋がっているが、自宅ではプリンターが物理的に繋がっていないので、すべてデジタルで閲覧する必要がある。ネットワークが混みあっているためか、共有フォルダの表示が滞ることもある。そういったときのために共有サーバーにあるファイルをシンクライアントに一時的に保存して、そこで作業する。シンクライアントも回線が混みあってくることもあるが、その場合はノートに目で見て帳票コードを記入することにする。PDFの枚数が多くなると、マウスのスクロールだけですべて見ることができているか不安ではあるが、ノートにメモしたものと、また突合する資料にあるコードとあっているかを1件ずつ確かめていく、帳票コードがある伝票は自宅で無ければ、プリントすることができており、そこにPDFの資料にある件数をその上からボールペンで記入することになっているが、デジタルの場合はacrobat Readerで代わりに蛍光ペンを追加して、件数が合っているかを確認する。これもPDFのページをマウスで送りながら確かめるため、全部のページの参照ができているかは、動作が比較的軽くなってPDFを開きやすくなった時に繰り返すことで精度を間に合わせていく。

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工夫の素描から

デジタルの線はもともとアナログのデッサンを抽象化したものだった。AIも自動化というよりはデータの蓄積と参照という意味合いがある。講演を聞いていると日用品の活用方法と伝統の共存がある。例えば蕎麦はカップラーメンでも、または蕎麦屋にもいったことがあった。どちらにも良いところがある。カップラーメンの蕎麦にインスタントの薬味を足して、栄養バランスを取ろうとしたこともあった。納豆のたれには、醤油の他にみりんと砂糖が入っておりバランスが取れている。漫画や同人誌のコミックマーケットにもキャラクターがあるなかで醤油へのこだわりを冊子にした珍しい例もあったが、僕はどちらかというとそこまでこだわりはなかった。図書館の本も公民館という箱ができるまでは、海苔箱に貸本をいれるワゴンが街を巡回していたという。それがバーコードになり、Googleが普及する前に図書カードがデジタル化したことが印象的だった。図書カードに借りた本が重なることもあるが、デジタル化すると貸出中のタグが付くリストが比較的良く読まれている様子が伺える。

スーパーマーケットがイオンモールが多くなってくると町の景色が地方でも都会でも似ているようになる。主観的な地図を描くと、駅と日用品の商店街と住宅があるという縮尺より感覚的なものになる。鰹節の厚削りを袋で買って、だしを取ると意外にも淡泊な味がした。とはいえ鍋には水をためてぐつぐつ煮込んで、布巾とざるで濾して、そのスープを調理の引き立てに用いる。インスタント食品にも伝統的な昆布だしや鰹だしの風味をベースに作られており、自然食品だけでなくインスタントにも合う。醤油を生醤油で使うと塩辛くて角が立っている、蕎麦つゆやおでんやすき焼きなどでは醤油をベースに砂糖とみりんを加えて味を円やかにする。データから逆算すると減塩、健康志向というキーワードから読み解くということもできる。すでに定着した伝統が無条件に正しいということもなく、またデータはそれが合っているかどうかという観点から見比べやすい。醤油は和風の特徴的な調味料になっているが、それは初めから定着したものではないようだ。明治時代に味噌の上澄みだった調味料が一般的になったもので、それ以前には梅干しと鰹節などに料理酒を煮詰めた煎り酒が用いられていた。

鰹節も花かつおのように薄いものでは、そのまま煮詰めるとえぐみがでるので、さっと煮だすことであっさりした味付けを取るけれど、普段だしを取らないので一般家庭では習慣づけが難しい。例えば、おでんを食べたときに昆布の束と大根を煮込むことで味を出しているものがあった。鰹節も厚削りであれば、一度だしを取ってから、その残りからでももう一度だしが取れる。とはいえ、水で煮込んだ厚削りはほぼ味がスープに溶けて、だし柄からは味があまりしなかった。そこで料理酒で厚削りのだしを取ると、すこし味は濃くなって、だし柄にも味が残っている。市販のめんつゆはやや味が濃厚で、味付けでなく具材を充実させればその限りでもないが、献立を立てることがおっくうになる。手早く作れて、アレンジがしやすいようなレシピを想定している。

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電子書籍と文房具

Kindleをamazonから購入するにあたって、E-inkの性能だけでなく、UIを伴った端末として考えた。Kindle paparwhiteの電源をつけると今までにamazonで購入した電子書籍が読めるようになった。そこで紙媒体では電力を必要としないけれど、読みやすく、書き込みがしやすい一方で持ち運びにくいというリスクもある。そこで身近な紙媒体であるコンビニエンスストアの今週の雑誌のうちどれか一冊、kindleで取り扱っているものを購入して、kindleで読んでみる、これはiPhoneアプリでもできるけれど、液晶画面はカラフルな一方で、長時間の閲覧は紙媒体より目がチカチカする。そこでpaperrwhiteのバックライトとe-inkの組み合わせで、今までコンビニエンスストアで空いている棚を探しては物色していた労力を落ち着いて今週の雑誌を読むことができるようになった。また漫画雑誌のコラムのような文章もE-inkに写してみるとまた読みごたえがある。中国でYotaPhoneというiPhoneとE-inkを融合させて、カメラの解像度を高めた機種があった、それに比べるとkindleはインターネットには繋がらず、wifiは文章を運ぶためのリフトのように使う、もしkindleでGoogleMapといかなくても、簡単な地図やメールができれば通信機器になって便利だと思われたが、通信機器にはCPUのパフォーマンスを一定以上散逸させる。システムが複雑になってくる。iPhoneの外装は日本のフォークやスプーン等のステンレスを磨いて鏡のように仕上げる、新潟県の燕三条市の町工場の技術が元になっているが、中国では硯や文鎮の形をもとから作り出すような発想があった。輝きはなかったが丸みのある硬質な質感があった。しかしながら、YotaPhoneは関税や輸送費も含めると高くなったけれど、E-inkとiPhoneを合わせたとすると、コストはギリギリでサポートにも対話が成立しにくかった。Amazonのkindleも中国語版と日本語版が両方あった。Googleのインストールは応用商店を経由したけれど、androidアプリをインストールするとできるときとそうでないときがあった。

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アナログとデジタルの回想

僕が子供の頃には、パソコンは家計簿の作成に登場するくらいで、そこでゲームとまではいかないけれど、簡単なマインスイーパーやテトリスができるだけで、日常に無い考えを反復して形にするようなチャンスができた。パソコンはカタカタと青色でない緑や赤のLEDを点灯させながら、まさにマシーンという感じだった。テトリスのBGMはMIDI音源の民謡のトロイカだった。カメラは当時は、フィルムを写真やに現像してもらうようなスタイルで、デジタルカメラになって自分で現像できるようになるということが珍しかった。ホームページにデジカメの写真で旅行記を作ったとしたら、もし他の人が見たら、雑誌や書籍とは異なった生の体験ができたり、実際にそこにあることが写真から想定されテキストやコメントでも体験の雰囲気が伝わってくる。現地の人に聞こうとすると、ある程度読み聞きしたところで情報の断片になっていて、それが正しいとすると、それは現実になる。何か先入観や勘違いがあると、それは現実にはならないという体験から、正誤に厳密になりがちなところがある。今でもサムネイルの画像と、プロダクトを見比べる事が密かな関心にはなる。本当にそのような印象を持ったものがあるのか、ないのかと気になる。とはいえ、実際の店舗では、印象は生の場から醸成されるところもあり、ライブなどは、譜面通りになるとは限らない。それを人工的に再現したカラオケでは、アニメソングはお経のような複雑な言い回しになっているが、歌謡曲では、誰でも歌えるようにリズムを心拍数より気持ちゆっくりにしたり、音域を低めにしたりと、ストレートな癒しがそこに流れているように思われた。

カセットテープを携帯して持ち歩くウォークマンでは、リモコンに液晶で曲名とバッテリーの残量がデジタル表示で出るのがとても新鮮で、▶︎playと■pauseは再生と停止、一時停止もあるという、曲でサビがくればそこで停止して、少し間を開けてまた続きを再生すると余韻が少し耳に残る。displayという項目があり、それは再生playを止めるのかと思ったら、英単語メモを丸暗記しようとしていたのか、液晶画面が青く光って、音は何も変わらなかった。

図書館では、学生時代の浦安図書館ではバーコードで貸し借りを管理するシステムを見る。その裏では、書籍を登録したり、借り貸しを記録するパソコンらしいものがあるのかもしれない、アニメのルパン3世ではカセットテープが長く太くなったような記録メディアだったけれど、詳しくは分からない。学校では、バーコードでなく、図書カードを手書きで記入していて、そこで同じ本を読んだ人が感想とまではいかないにしても、ちょっとした話題交換の場になっていた。そういったところでは、僕は塾に通っていなかった頃に、優等生の人が歴史とキリスト教の本を読んでいて、僕はそれを見たところで家は仏教かお寺か分からないし、その人なりの深い考えがあるのだろうくらいに思っていた。

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