キツネのポリゴンを作った動機

僕にできる工夫といえば、まず相手を批判せず、競合しないもので、これまでありそうでなかったことを追求することがポイントになる。変わり者だったり、引っ込み思案だったりすることもあるが、その分相手には親切にニュートラルに接したいと思っている。高校の数学でもそうで平均点を少し抜けると、ほとんど競争がなかった。僕としてはお互い切磋琢磨するということもモチベーションにはなりそうだけれど、お互いを認め合ったうえで、それぞれが個性を伸ばしていくという方法は今まで試されたことがないのかもしえない。それは僕の周りだけの知見で、外の世界ではまだ見ぬ可能性は探せばあるのかもしれない。

mineCraftのキツネのテクスチャーは、Googleで検索したところ、既存のポリゴンがなかったので、自分でテクスチャーから比率を定規で測って、blenderに雪だるまのように作ってみた。またチェストボックスの開閉などもポリゴンの原点移動によって作られた。ワイヤレスであれば便利ではあるが、テンキーがあった。かつてはボタンの配置がstepmaniaの十字キーに似ていたので、リズムゲームのインターフェースに使ったこともあった。また、聞きごたえのあるBGMを探しているが、メモしてみると日本の曲が4曲、海外の曲が2曲しかない。カラオケのレパートリーを電話帳からさがそうとしてもなかなか見つからない。自分で作った曲ではないけれど、聞き覚えのある曲は有名なで再生回数が多い曲でも、そうでない曲でも、繰り返し聞いていると何かが変わっている。たとえばDAMという通信カラオケの音源をMIDIというオルゴールのような音階にしたものは、街角のスーパーマーケットでも流れている。それを聞くと街を散歩したときの思い出を追体験できるという趣がある。同じようにゲームのBGMでも、それを聞くとゲームをプレイしたときの記憶を再生することができる。

キツネのキャラクターはマップ上でアイテムを与えると、口にアイテムを加えて持ち運ぶことができる。ところがアイテムのポリゴンは平面ではあるが、1ピクセルの厚みがあってカードの絵柄のようになっている。これをBlenderで再現するのは2Dの平面とはいえ、単純な四角ではなかったので、テクスチャーの貼り方が難しそうだ。またキツネは寝るときに瞼を閉じて、頭と尻尾を丸めるようになっている。

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共感へのチャレンジ

MMDとキャタピラクローラーを組み合わせた動画が、YouTubeにしたもののそこまで反響が無かったけれど、MMDツールを活用した意欲的なチャレンジも行っていた。キャタピラクローラーは中国のAliexpressにてネジとキャタピラと金具を輸入して、日本のホームセンターにて金具を買い足し、またamazonにてリチウムイオン電池を追加して十字キーで動く乗り物を作った。キャタピラというと戦車のようなイメージが先行するが、モーターとキャタピラを組合わせて物を運べるようなリフトを構想していた。それができてから物珍しがられることもあったが、ラジコンでも台車の間のようなマシンができて1年が経とうとしていた。はじめはraspberryPiと家電量販店で購入したwebカメラを組み合わせていた。UIの上で十字キーとカメラフレームが組み合わさってゲーム画面のようになった。やがてESP-32と小型カメラだけにしている。もしかしたら初音ミクを中国のゲームのキャラクターに置き換えたらなにか反響が得られるかもしれないと思って日本語のテロップを中国語と英語に対応させてみることにした。そのときにMMDの振り付けのファイルを無くしていたので、ポージングをやり直す必要があった。フレームレートは30fpsで、810フレームのコマが必要になる。途中でLEDの人感センサーが動くところが390フレームで、このあたりで表情を変えてみたかった。中国のキャラクターは符华というどちらかというと、中性的なイメージで物静かで知的な印象と中国の体術を使ったアクティブなところがある。肌の露出が少ない長袖の学生服で、胸もあまり大きくなかった。とはいえボーカロイドから対話的な紹介に移行する上で、必要なチャレンジとなった。中国からのパスワードが付いた素材が、日本のMMDツールで動かしたり、表情を付けることができた。振り付けのファイルをバックアップしていなかったのは、うっかりしていたがアバターごとに振り付けを付けることを思い出すことで挽回しようとした。今度からはデータを保管して思い出にしておきたい。また動画ファイルに書き出すときにMMDから圧縮していないaviファイルに書き出す必要があり、データとしては外付けハードディスクに保管している。動画編集と合わせて、データとしてはとても重かった。とはいえ中国のユーザーに親しまれてもらえれば、少なくともこんな珍しい事例もあったと認知してもらえる。これを機会に自分も人見知りだった性格が直せればいいと考えている。これも何かの縁だと思って立ち寄ってくれた人に感謝をしようと思う。

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自然発生した似顔絵

ここに3つの似顔絵がある。どれもアニメ調だけれど、twitterやfacebookで自分なりに分け隔てなく素顔のキャラクターを見つけてみようと思って、ついダウンロードしてしまった。ひとつはアニメの絵をSAIという描画ツールでなぞったもので、これは原作が鮮やかに歌ったり踊ったりしているのを見て、ついつい見ている人もその面影を書きたくなった、その欲求に答えたのが漫画家も使っているというお絵かきソフトだったと予想される。ペンタブレットを通じて、パソコンに鉛筆の線を描くことができる。また色は単色でまるで版画の多色刷りのようだった。色と鉛筆の線を合わせても、どこか奥行きがなく、らしくならないけれど、絵を描きたくなるようなそんな気持ちが湧いてくる。書いた人もそれが専門というわけではなさそうだった、しかしながら、同じ絵やモチーフを美しいと思う心は共通したものがあると思った。崩壊学園は、中国語がまた分からないところもあり、イラストがコミュニケーションの代わりになっていた。日本ではそこまで中二病というようなファンタジーが仮説でも立てにくくなっている。しかしながら世知辛い現実をうんぬんしても仕方がない。自然発生した蓬莱寺 九霄のシルエットは何を見つめるのだろう。

次に、これは2年前のことだったが、ゲーム制作会社のfacebookを眺めていた時に、ヒロインの特長をラフスケッチにしてデフォルメしていた。鉛筆の線で無造作に作ったようでありながらも、体格が整っており、髪の毛の色はピンクのポニーテールだというけれど、色は塗っていなかった。しかしながら、アニメ調のシルエットから雰囲気が伝わってくる。また線はフリーハンドのようでまっすぐではなかったが、白いスクリーンが背景にあったので、手書きのイラストを画用紙に貼るだけでも画面が成り立つような気がした。要するに可愛らしさが表現されていたのだと思う。また原作の閃きの軌跡というRPGをプレイしたことは無かったけれど、闊達な女の子のキャラクターという様子が感じられる。また、そこまで二次元のキャラクターに興味は無かった、商業誌に出ているイラストはパソコンの黎明期には鉛筆で書いた線画をスキャナーで白黒に写真として読み取って、その上に写真加工ソフトで色を塗っていくという方式もあった。しかしながら、昨今ではまるでイラストレーターのパスのような均一な線でイラストが仕上げられる。紙媒体からパソコンで絵を描く技術が普及していた。それは中国でも同じで、艦隊これくしょんという旧日本軍の擬装のようなバックパックを背負った様式が、アズールレーンとして同じ駆逐艦やポケット戦艦をモチーフにした擬装でも、書き方によっては違った側面を持つことが分かる。それにしても誰に教わったのでも仕向けられたのでもなく、様式美が紡がれていく、その形には表情があり、仕草がある。これはいったい何なのだろう。

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個性とキャラクター

べつに自分の感覚を過信しているわけではなかった、不可思議なことが起こったことに当惑している。わからないこともあるが、すこしずつ明らかになってきている。Blenderで初音ミクの腕立て伏せの動作は途中まで読み込むことができたが、モデルと連動させることができず、光源も明るくならず輪郭がハッキリしなかった。MikuMikuDanceの画面内でフレームごとにカメラの位置を変えることができ、姿勢が変わる時に視点を切り替えることで、視野を保つことができるようになった。

アルというウェブサービスで、漫画のコマをリコメンドできるようになったようだ、僕は読んだことがなかったが、映像研には気を付けろという漫画はアイドルが実際にキャラクターになりきった実写版もあるけれど、そのもとになったものはかなり素朴な絵柄だった。キャタピラクローラーのスケッチがあったので、日本の法律では公道では原動機付自転車を除いてセグウェイのように乗り物に乗ることができないが、UPQPhoneというandroidのスマートフォンでも電動スクーターを開発していた。それが近未来的な乗り物になるとは思ってもみなかった。

船橋駅のガード下に本屋があり、小林さんちのメイドラゴンという漫画のポップが店員によって書かれていた。ポップから漫画の内容すら面白そうに見えてくる。そういったものがどの週刊誌で連載していて、どういった読者が想定されているのか予想もつかなかった。京都アニメーションでは、涼宮ハルヒの憂鬱やけいおん、氷菓などでも知られている。涼宮ハルヒはアグレッシブな個性で、ともすれば癖のあるキャラクターを上手くまとめている。

ここでは光ファイバーが夜になると渋滞して速度が遅くなるようで、中国の2Dのアプリケーションにログインするときは、スマートフォンのwifiをオフにして、SIMカードの4G通信に切り替えると、ログインできたことがあった。その逆もあった、インターネットなので、国内だけでなく、海外の情報にもアクセスできるものと予想していたが、必ずしもそうではないようだった。崩壊学園には2Dと3Dがある。僕は、かつてヴァルキリープロファイル   レナスを2Dでやりこんでから、ストーリーの続きが知りたくなって3Dにもチャレンジした。CGグラフィックには不気味の谷というものがあり、ある程度ディテールを充実させるとクオリティが高まるが、ある一定段階では整いすぎてかえって個性的でなくなることがある。中国語版では、リタロスヴァイセという中立をたもつメイドのようなお姉さんのパーソナリティが、なぜか同人で作りこまれており、本編では片眼を前髪で覆ったミステリアスな雰囲気で、セリフも否定も肯定もしないのに、プレイヤーを惑わせる。アバターはお試しキャラという扱いになっており、レベルを上げなくてもコツをつかむとスキルを駆使することができる。背景に香港や上海のような摩天楼が写っている、影鉄という緑の蛍光色が付いた服装は、ゲーミングデバイスのrazerのようでメカニカルな感じがした。一方で、探偵の役割は名探偵コナンの声優が担当しており、本来は赤い色のアバターが、雷鳥のオスのように灰色のシックな印象になっている。アニメやゲームでは目が大きく、装備が出っ張っているので、体格やシルエットをシンプルにしたケースはかえって珍しかった。

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選択と連想のゲーム

すでに知っていることや慣れたことになると、これが正しいなどが客観的にも主観的にも明らかになるけれど、まだ見たこともないことでは想像の余地があるのかもしれない。例えば、日本の浮世絵にもアニメにも似たイラストがあったとして、そこに対して花札かトランプのように模様が書いてある、そして中国語で説明が付いている。ある程度は読めるけれど、詳しくどのようなことが書いてあるかが画像翻訳でわかった時に、その事情を前より知ることになるので、興味関心が湧いている。

スマートフォンゲームで、崩壊学園があり、今ではandroidの代替機で、分からないなりにまだ見ぬ景色が見えるかもしれないと思って進めている。天魔工場のイベントでは、3択の画面から武器やアイテムの選び方で、進めていくというイラストや動き、またセーブデータの仕組みは日本のゲームにもよく似ているが、中国語のストーリーは雰囲気で汲み取るしかなく、選択の3要素は、ややくじ引きの要素はあるのかもしれないが、国内のGREEに見られるようなガチャや課金だけでなく、その場の選択だけで、ステージを進めることができるところは、スマートフォンだけでゲームやシナリオが成り立つので、中国語をローカライズしてその醍醐味を伝えるところを見ると、自分だけでなく、他の人が代わりにプレイしても楽しめると励まされる。

プレイヤーのタイプは、主人公が中国人の少女で、性格は活発、ライバルに黒髪の日本人の少女がいる、刀を持っておりシャープないでたちだった。3人目が、ロシア人の無口な少女で、最初の2人とは対照的に多くを語らず無口な性格だが、それが返って想像を膨らませるのか、なぜかバリエーションが多い。

天魔工場は日本のアニメのタイムボカンのような、ミニメカがシナリオを効率的に進めてくれる。ルンバのようにランダムに部屋を掃除する動作を一定時間繰り返すと、ひとりでに部屋が掃除されているというアルゴリズムと似ている。ミニメカは、ボタンを押して銃が発射されるというよりは、周りを独自のルールで浮遊している。中国人のカエルの髪飾りを選ぶと体力の上限が増える。日本人の刀を選ぶと攻撃力が上がる。ロシア人の盾を選ぶと防御力が増える。それとランダムに出てくるカードから3枚のうちどれか1つを選ぶ。また勲章には、火力を条件付きで増幅するような仕組みがある。前回はボスがルンバのようなロボット犬のようなミニメカ使いだったので、それに合わせた装備にすれば太刀打ちできると想定したが、8段階目まで行けたのは、主人公とロシア人の少女くらいだった。それでも8段階以降では、攻撃力が足りず、数値はインフレになってはいたが、相手はさらにインフレして収拾がつかず、一回の戦闘に15分から30分くらいかかっていたこともあった。それだけやり込み要素があると思いたいけれど、またはシナリオを進めるという意味では選択にダイナミックな要素を持たせてもいいのかもしれない。

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ありそうでなかった思策のかたち

東方シリーズはそこまで、やり込んでいなかった。ゲームでも縁日の射的やダーツに似ているシューティングゲームは、一人でもそこそこ進めることができるので、他人に迷惑をかけない範囲でそこそこやり込んでいた。小学生のことにロシアの人工衛星の球体に爪が生えたようなデザインが特徴的なのR-Typeがデザインが近未来的で、カッコよかった。明治大学に入ってみると、漫画研究会の部室にR-Typeがあり、どういうわけか一人でやり込んでしまった。そんなときにDTMをパソコンで作っている先輩が、懲りずにやり込んでいると変なふうに気に掛けてくれた。ゲーム自体の腕前はよくなかったが、ジャンルにこだわらず、一人でも色々と工夫を模索するところが、柔軟な見方を養った。その頃は格闘ゲームでジョジョの奇妙な冒険がDream Castという従来のスーパーファミコンやプレイステーションに比べると持ち運びしやすそうな箱を、わざわざ持って来たという。その先輩はゲームが上手く、僕は格闘ゲームが苦手なので、波動拳もろくに出せないけれど、手伝ってもらって、ホッとしたことがある。しかしながら、なぜだか、3Dゲームをした後には、ノートに二次元のデフォルメしたキャラクターをスケッチするという風習があった。これは漫画研究会に限ったことではなく、アーケードゲームがある明大前のお店でも同じようにデフォルメしたキャラクターが書かれているという。
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趣味が癒した物語

はじめに挨拶を行わないと実は協力できそうな関係でも、こじれてしまうことがあるかもしれない。何かを急いでいるときは、思わず相手のことを忘れたり勘違いしていることさえある。それだけ夢中になれているということもあるけれど、多くの場合は錯覚で現実に戻る時につらい。ある人が、ホームページを作りながら挿絵を書いていた。一般の雑誌に比べるとそこまで魅力を感じなかったかもしれない。またとりたてて巷にあるような萌えキャラを書いていたわけでもなかった。中にはバットマンのダークナイトの2代目の役者がお気に入りらしく、何度もバリエーションを書いていた。バットマンのダークナイトは後に、名画として進められて見ることになったけれど、少しスピードが急で見ていてあたふたしてしまった。その間でも、ダークナイトのジョッカーが出るシーンはバイオレンスながらもどこかコミカルで安心してお芝居を見ることができるという。また、それがルックスが優れているとか、主人公のバットマンより強かったり、賢かったりするというよりキャラクターの魅力を感じたという、僕はその語りには混じれなかったけれど、どの道物語には欠損を抱えたキャラクターが、それを取り戻すことなく読者と結びつくものでもあるかもしれない。妖怪ウォッチのジバニャンという猫は、交通事故で耳が欠けている。それを感じさせずにいつもあっけらかんとしている
僕らの世代でははじめは少年漫画しかなかった、それでも少年漫画の暴力シーンは正直苦手で、どうして青筋立てて殴り合うのかがいまいちピンとこなかった。高校生の時に、初めて喧嘩を見たけれど、後味はあまり良くなかった。まるで頭から赤いリンスをしたように血のりが付いていた。ところが、それからその喧嘩をさも自分が戦っているように話してしまったので、そこでまた怪我をすることになった。僕は、クラスでは生徒手帳に緑の羽根募金をつけていたことがなにやら勲章めいていて鼻に付くらしく、それで呼びつけられてしまった。それでもいざそこで巻き込まれると、なんだかどうでも良くなってしまって、とりあえずなんとも面白くないやつとして逆に同情されるような形で、一人で帰っていった。話し相手はいたものの、とりたててスポーツができるわけでも勉強ができるわけでもなかったので、単に一人でいることになれた人のいいチビという感じだった。そのチビがどうして、漫画やアニメで主役になれるだろうか、またブレーンのように周りをサポートするずるい役にもなれない。
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