日々の出来事と思考の整理

離職票の手続きのために翌日を開けておいたが、自分で封筒に名前と住所を入れて、切手を貼った郵送での手続きになったので、翌日はスケジュールが開くことになった。前日の4時に就労支援施設に連絡すると、受け入れてくれたことを感謝したい。手続きの関係で給与が翌月になるけれど、会社から預かったもので返し損ねたものはなかったので安心した。社員手帳は去年のものになっていたが、常にリュックに入れて持ち運んでいた。今年の分なら返却することになっていたが、去年の分だったので記念に取っておくことにする。木曜日は午後から手続きのスケジュールが経っていたが午前中は空いていた。今日の金曜日は朝起きて、体温を計って、髭を剃って通所することになる。電車で移動して、予定よりすこし早くつく、今度は15分遅く家を出て、電車も1分くらい途中の駅で車両間調整があったけれど、目的地にはすこし早くついていたので、ちょっとした瞑想を一息入れるタイミグで撮れたかもしれない。本屋に行くと、雑誌のニュートンで統合失調症についての記事があった。以前にはコロナウイルスの記事があったが、科学の分野が自然科学から精神分野にも応用があるようだった。朝に同じ通所している知人とあったけれど、こんにちはと会釈した。通所して挨拶をするときにはお早うございますになっている。午前のプログラムでは脳の疲労回復についてのプログラムだった。空いた日にちにうまくスケジュールできたことと、雑念が湧くことが自分だけではないことと、瞑想や深呼吸によってそれが収まるタイミングがあったことなどをつなぎ合わせれば、思考を今より整理できるかもしれないと考えてみた。

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就労支援と心身のバランス

目まぐるしく状況が変化していく、精神科医にかよっている3週間前には、派遣会社の紹介する派遣先を継続することで手一杯だったが、今週の土曜日になって状況が変わり、いかにして自立して計画を立てるかを考える必要がでてきた。コロナウイルスに伴う退職勧告を受けて、統合失調症の薬を派遣以前の履歴に戻すことをかかりつけの医師に提案すると、あまりお勧めはしないがそれができるという状態になった。お薬手帳を取っていたことが客観的な説明の材料になればと思う。かかりつけの薬局に通うと症状が変わっていないのに処方が変わるということでまた説明が必要になった。個人的には耳鳴りがすることはあっても独り言はいっていないつもりだった。瞑想などによって意識的に集中しているときは、雑念も少なくなるが、ひと段落して落ち着いていると気が抜けて耳鳴りがすることがある。とはいえ、訓練によって意識的に集中力を持続できるようになっていきたいと考えている。統合失調症の薬の処方を派遣就労前の状態にもどすことは、エゴだと言われればそうとも考えられるが、自身の健康バランスを整えるために必要だと思ってお薬手帳に沿って行った。就業意思がないことを示すわけではないけれど、なかなか理解を得ることには実践を伴って日々の生活習慣を整える必要がある。

今日は、朝6時半に起きた。台風の影響で雨が一時的にざあーと降るが、通り雨だったようだ。日曜日に散歩に行った時には、通り雨にあってしまい、ちょうど外を歩いているタイミングで雨が降り、家の近くに戻ってくると雨が止んだ。着替えはあったので濡れた服は外に干しておくことにした。当日は折り畳み傘を持っていたが、地下鉄の駅に入るすこし目の前で通り雨が降ってきたけれど、傘を差さずに置いた。地下鉄では就労支援施設に通う初日は都営線から歩かずにJR線を乗っていったほうが分かりやすいというアドバイスを受けて、JR線に乗っていった。目的地には45分ほど早く着いたが、そのときには通り雨は止んでいた。あたりを散策して時間を待つことにした。就労支援施設で瞑想についての講義を受けて、何度か瞑想をしているうちに考えが整理されてきた部分も見つかってきた。

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修正と予定

勤務表にその週の予定を予め書くことになっているため、残業が発生しない限りはその予定になることが前提になっている。来週はとくに放課後の予定もなく定時の時間をまず書いておいた。業務の進行具合にもよるけれど、まずは方針を立てることが話し合いや協力をする上でも必要になる。その日に担当する作業が分からないことで不安になって、落ち着かずそわそわしていた。担当の割り振りが急に増えたことで慣れないけれど、ミスを恐れながら、せかせかと急ぐことで精いっぱいだった。普段はボーっとしていることがあることもあって、右を向いているときに、同じ人に逆から話しかけられるとまずはびっくりする。そして何を話していたか頭に入ってこない。ボーっとはしていないが、なにかに取り組むときは落ち着いたひと時があればより効率的だと思った。とはいえ、業務の全体像が見えてこない。今できることはチェックしたはずのことで抜けがあった時に、素早く対応できればと思って行動している。そういった中、自分で気になったところをソツなくこなせればそれに越したことはないけれど、相手に自分のほうが上手くできて、ミスも少なくてじれったくはなるけれど、あるていど人に任せることをしてくれるひとでタイプが分かれる。僕はとくに仕事はまだこなせないが、人と協力することに抵抗がなかった。実際にノートにメモしたことでもある程度回数をこなさないと、実際にコマンドとして入力しにくいこともある。順番にコマンドを入力しながら、並行して実行することでスケジュールに合わせて効率よくこなそうとした。そういったなかでも基礎的なコマンドは自動入力せずに手入力した、いつくかはミスをしてしまったり、他の実行結果にまぎれてしまってわからなくなってしまったが、忘れ物がひとつあったとすれば、それに根気よく注力することで、ひたむきに対応した。コマンドを入力して、所属するプログラムの配下にあるコマンドで手動入力になっていると、しばらくまっていても自動で起動しない。また、ありがちなミスとして違う号機のコマンドと見間違えることがある、本人はリストの羅列を読んでも、うっかり読み違えてその号機だと思い込んでいるので、異なったアドレスに空のコマンドを入力し続けているということもある。まるで空振りをしたかのようだ。そういったことも緊張しているからこそ、勘違いやミスがでる。そういったことは意図したものより、悪気はなくてもうっかりしていたことのほうが追及されやすい。そういったミスの負のスパイラルから立て直す必要がある。ノートに書いたことでは細かい記述を読まないと確認できない項目もあったが、確認してくれた人に〇か×かをつけるだけと教わったことで、状況は整理されてきた。また一度訂正したときに〇をつける場合は、新たに赤いボールペンで書き直して〇を付けると見やすくなるとのことだった。また、リストの題名を索引としてまとめる時に、どの目次にあるかすぐにわかるように取り組めたらと思う。

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価値観の相対化

メールマガジンを読んでも、労務関連のことしか主になっている。それを抑圧や陰口と思ってしまうと不毛になる。しかしながら放送作家と雀荘の主人が世間話をしていても、教育とはあまり関係がなさそうだ。教訓を与えるということなのだろうか。どちらにしても余計な世話を焼かず、それぞれの長所を伸ばしていけばと思う。そこに劇団員が加わるといよいよサーカス団のようになる。なぜか客がひとりもおらず、内部は関係者だけで固められており、それにしても喫煙がひどい。そのくせ新入りには何もさせず、ただ黙って我慢しろというのだからやるせないところだった。

今週は異常に忙しかった、その日にならないとスケジュールが立てられないというのは疲れる。良く順応したと思う。マウンティングに巻き込まれぬようにと、なんとかやり過ごすしかない。その人の書籍や論評が認められたり、プロジェクトが上手くいくようになら一般的には支援したいけれど、相手を無力化させたり、いかに調子に載せないかという議論は、陰口のようで不毛だと思う。放送作家が、先輩と後輩の関係を親と子に例える風習があるけれど、それで上手くいった事例を見たことがない。苦労は確かにひつようではあるが、主体性を失ってまで相手に尽くしても、報われることがないようだ。むしろ相手を尊重した状態で適度に距離を置く方が、有言実行になる。このところその日暮らしになっている。いかに無事に明日を迎えるか、1週間単位で予定を立てたりということがここ数年ごぶさたになっている。僕は相手を圧倒したいとも、権力を持ちたいとも思ったことはない。

台風が温帯低気圧になって、あたりはしんと静かになった。たしかに心配してくれるのはありがたいが、それを受ける側は、まるで通り雨にでも合ったかのようで気が気でない。実際に引っ越してからまだ定期を更新してない。そこまで羽振りはよくないにしても、頭ごなしに自宅に押しかけられるよりは、適度に喫茶店で相談がしたいと思ったこともある。べつに無理な要求をするわけでもないし、こちらからは失礼でできないけれど。単に貴方はダメだ、認められないといって、自分の言うとおりにすれば上手くいくからそうしてくれというお願いを何度も聞いてきた。僕はそういった一方的な要求をしたことはないのに。

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