価値観の相対化

メールマガジンを読んでも、労務関連のことしか主になっている。それを抑圧や陰口と思ってしまうと不毛になる。しかしながら放送作家と雀荘の主人が世間話をしていても、教育とはあまり関係がなさそうだ。教訓を与えるということなのだろうか。どちらにしても余計な世話を焼かず、それぞれの長所を伸ばしていけばと思う。そこに劇団員が加わるといよいよサーカス団のようになる。なぜか客がひとりもおらず、内部は関係者だけで固められており、それにしても喫煙がひどい。そのくせ新入りには何もさせず、ただ黙って我慢しろというのだからやるせないところだった。

今週は異常に忙しかった、その日にならないとスケジュールが立てられないというのは疲れる。良く順応したと思う。マウンティングに巻き込まれぬようにと、なんとかやり過ごすしかない。その人の書籍や論評が認められたり、プロジェクトが上手くいくようになら一般的には支援したいけれど、相手を無力化させたり、いかに調子に載せないかという議論は、陰口のようで不毛だと思う。放送作家が、先輩と後輩の関係を親と子に例える風習があるけれど、それで上手くいった事例を見たことがない。苦労は確かにひつようではあるが、主体性を失ってまで相手に尽くしても、報われることがないようだ。むしろ相手を尊重した状態で適度に距離を置く方が、有言実行になる。このところその日暮らしになっている。いかに無事に明日を迎えるか、1週間単位で予定を立てたりということがここ数年ごぶさたになっている。僕は相手を圧倒したいとも、権力を持ちたいとも思ったことはない。

台風が温帯低気圧になって、あたりはしんと静かになった。たしかに心配してくれるのはありがたいが、それを受ける側は、まるで通り雨にでも合ったかのようで気が気でない。実際に引っ越してからまだ定期を更新してない。そこまで羽振りはよくないにしても、頭ごなしに自宅に押しかけられるよりは、適度に喫茶店で相談がしたいと思ったこともある。べつに無理な要求をするわけでもないし、こちらからは失礼でできないけれど。単に貴方はダメだ、認められないといって、自分の言うとおりにすれば上手くいくからそうしてくれというお願いを何度も聞いてきた。僕はそういった一方的な要求をしたことはないのに。

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