帳票のポイント

帳票の入力は、できる限りチェックをして見たものの、あとで教えてもらうと確かにそうしたほうが確実だと思った。日付を確認していれば僕でも気が付けていたと思った。また、帳票コードが繰り返しリストに並んでいる分には、メモしたものと突き合わせて確かめた。なるべく数字を読み間違えないように気をつけてみたが、今回は数が多いために、チェックするときにも段取りを覚える必要があった。片面印刷と備考欄に書いてある時は、枚数を1枚追加する。これもメールの履歴から思い出した。本来なら事前に覚えておくべくだったと思う。また業務用のプリンターから出力されたLAST-KEYがあるのに件数が0件のときは、不自然だと思うべきだった。漠然とチェックしようとしても、チェックの精度が思うように上がらない。分からないところはその都度メモしておき、意味合いを考えるようにしていきたい。枚数と書損の数を数えることに手間と労力がかかるけれど、そもそも帳票コードにアルファベットの頭文字と数値が割り当てられていることに想像力を使ってみたい。印影がついていない帳票は、帳票コードと日付をメモすれば足りることになっているが、僕の場合は帳票コードを漏れなくリスト化することを忘れずに置こうと思う。資料をPDFで開いて帳票コードを突合すると、リモートでも作業をした手ごたえがあるが、そもそも帳票コードはオペレーターによって大型の業務用プリンターで出力されたもので、より労力がかかっている。そのことを想定していきたい。

集計用のエクセルでは、マクロによってアルファベット一文字と数字が3桁で、その帳票に印影のあるなしが判別されている。もし印影があった場合は、すぐには集計表に入力できず、別途エクセルで件数を合計する必要がある。印影が無いものであれば、帳票コードと日付があっていれば入力して、手書きのメモにチェックすれば、後で読み返しても分かりやすくなる。帳票コードから全部で200種類くらいある。そのなかでも最初の三桁の数字が特長的なものは、証明書として重要なもので丁寧に扱う必要がある。またアルファベッドの分類と、できれば帳票コードの名前と、週間スケジュールの単語を比べて見ることも有意義だと思う。

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季節の変わり目と気温

ここ数日の温度と湿度をベランダに置いた温湿度センサーから、wifii通信でログを取ってみると、エアコンをつけなくても過ごせるような気温になっていた。蒸し暑く汗ばむ夏から過ごしやすい秋に変わった季節の節目があったと予想している。雨は16日(月曜日)と18日(水曜日)に降っていた。雲が比較的分厚かったこともあり、16日は雨具を羽織って徒歩と電車で移動した。17日(火曜日)は、雨が止んで、雲も少なく珍しく晴れていた。18日には雲がかかったと思うと雨が降って、自転車のカゴに入れていた雨具を道すがら使うこともしばしばあった。一般的に雨の日は夏でも気温が涼しく感じることもあるが、気圧の変化などをその日に該当する天気図に置き換えてみると、16日から17日にかけて台風16号が熱帯低気圧に変わっていた。秋雨前線は低気圧と高気圧の関係性からでき、雨雲が留まりやすくなる。湿度は湿度センサーの変化から観測されるところでは17日には日が昇って晴れ間がでてきたあたりから90から60前後になり、また日が沈んで夕方になると湿度は元に戻っていた。おおよそ気温の変化と、相似しているけれど、晴れと雨で湿度が変わるということも仮説ではある。天気は変わりやすく、雨を気にしていると外にでることが心配しすぎになって手間が掛かるし、また天気を気にしなさすぎると通り雨にあって身動きが取れなくなる。気象庁のXMLから台風や天候の情報も定期的に受信しているが、電話で台風のことを聞き、それを元に植木鉢をベランダから室内に移した。暴風によって木の葉が道端に散らばっている状態から復旧したが、それ以降も天気には通り雨があり、今年の9月はなにかと天気が変わりやすいようだ。自転車のカゴの雨具が欠かせなくなってきた。しかしながら雨具を着ていても視界や移動手段は晴れのときに比べると限定されてくる。

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過去から未来への流れ

漫画とSFがセットになっているようなコンテンツは、どちらかが手詰まりになった時に相互に補完し合うようになっている。最近のテレビは漫画が原作になっているものが多いけれど、それは作り手の人格がそのまま、作品に影響すると信じられているからかもしれない。その人自身がとても覚えられないような難解さを持っていることもしばしばある。難易度や技術的に洗練される事に越したことはないけれど、なかなか現実が物語になっていると、そこから仮説を立てることが難しくなる。高度経済成長がすぎて、個人主義から、また集団を作ってそこで暮らすようになった。ひとりより場を優先するという思想が再生されていった。欧米のような資本主義でも、ロシアや中国のような社会主義でもなく、共同主義という、あまり主義を持たないような、捉えどころのないグループが形成されていく、そのルーツは戦後の復興から、ものづくりやビジネスが再生された頃でも、なかなか現代では少子化が進んでいるものの、そのシステムがどのようなものだったかを捉えにくくなっている。学研の漫画などは、小学生が歴史や自然科学を学ぶ上でアニメのキャラクターがあると、より具体的に流れをつかみ易くなる。歴史の教科書や、建築のカタログでは、誰が何をという関係性がわかりにくいけれど、身近なものに置き換えて考えると、小難しいものだったものがだんだんとシンプルになる。
漫才やバラエティ番組でも、頭を柔らかくして、会話や表情のバリエーションを増やすという特長があるようで、自分はあまりそういった面白さはないかもしれない。しかしながら、歴史が短い時間でまとめようとするとやや短絡的になる傾向がある。それでも人気がある人の名前や性格はすぐに覚えられるのに、特にこれといった特長がない場合はなかなか取っつきづらいところがある。かつて塾でくだを巻くように駄弁っている人に便乗するべきではないというアドバイスを聞いたことがあった。相談にはなるべくは乗るべきでも、愚痴には耳を傾けるとそこにはまってしまうという、SNSのいいね!ボタンにも、押すことで沼にはまってしまったり、キャッチコピーのタイトルを見ただけでそれが気になって仕方がないということもあり得る。気づきは感度が良くても、そうでなくても一長一短があるように思われた。かつてダイヤル回線を使ったチャットが隙間時間にいつでもできるようで、そこに何らかの用事を見出してしまうというコンテンツとして成り立っていたことがある。社会には、言いたくても言えないようなことを誰しもが持っているようにも思われた。
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