値のズレと想像

帳票の値を手書きでメモしていた数字は合っていたが、なにかの手違いでエクセルに入力した値が1だけ少なかった。これは原因が分からなかった。また、帳票の合計値を2で割った残数か、そうでないかは帳票を扱っていないために分からず、エクセルのリストの日付が合っているかどうかだけ確かめた。これには頭を悩ませた。エクセルに転記する箇所が重複していたものはエクセルのセルを見直すことで解消された。間違いがあってもその都度メモして、少しずつ精度を高めていければと思う。合計値の検算はまだ行っていなかったけれど自分でセルフチェックができていれば未然に防げたかもしれない。

動画ファイルをエンコードでは同じmp4の動画の拡張子でも、圧縮率と画像最適化の違いでH264とH265があった。動画ファイルをエンコードするとH264の指定にして、解像度を1280×720の画質にして3分程度のムービー出力をすると、パソコンが途中で止まってしまう。メモリの容量か、またはビデオカードのスペックが不足しているのだろうか、intelNUCにはビデオカードが省スペースになっている分、出力される画面のピクセル数を小型にすることで効率を上げている。スマートフォンのキャプチャではH264のまま、640×480に画質を落として対応していたが、H265の指定にすることで、現状のパソコンスペックでも1280×720の画質で動画を作成することができるようだ。ビットレートはH264のときに1280×720の画質にすると16Mbpsになり、エンコードが途中で停止した。H264のままで、640×480の画質にすると6Mbpsになる。H265では、1280×720の画質のままでも7Mbpsとデータ容量を節約しながら、画質を上げることができる。

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動く絵の文脈

ニコニコ動画の画質が良くないという、その時僕は的外れにも、ピカソのジェマイユと手書き風のクオリティでも満足ということを誰とも競争しないようなアイデアとして、ギャンブラーか胡散臭い経営者がよく口実にする逆張りか青田買いだと思っていた。識者に聞くとさらにキレのある論評になり、一般的に画質が悪ければスピードは早いがそれは大規模なバックアップによるもので、ニコニコ動画はそこまで規模が大きくないので、画質が良くないし遅くてどうにもならないという。それを聞いてまるで巷のガキ大将か、同じ教室にいないけれど学校が同じ先輩のいうことには逆らえないという因習めいたものを感じた。
ニコニコ動画で、もともと手書きのトレースはあったけれど、画質が悪くても見られるコンテンツもある、その時、有名なコンテンツのディテールが似ていても本質的には、その存在感を描こうとしているように思われた。コミックマーケットに参加した時、待機列でシンフォギアが繰り返し上映されていたが、正直それはその時点では有名な作品ではないし、そこから構成やメッセージ性などのコンテクストを読み解けなかったので、どうせなら買ってよかったと思えるカタログの見方を教えてほしいものだとも思った。しかしながらカタログは電話帳のように重くて分厚い、企業ブースは並ぶだけ並んでも、リーズナブルとは程遠い、聞くところによると重課金ユーザーは年収の多寡や客層に関わらず一定数存在するという。
アニメは嫌いではないが、どうして流行に応じてトーンを変える必要があるかということになかなか順応できなかった。有名なジブリでもシャア猫さんのことという同人誌や、その時々で変化の兆しになるようなものを抑えているという。それでもどのような伝統もそれが始まった時は新しく、もの珍しかったという歴史があった。そういったところでは、サービスを突き詰めてというより、ニーズに応じてコンテンツを作って行くということの方が建設的なように思われた。また、アニメでは多くの作品はそれを応援するファンの自画像にも似ているところがあるとしても、僕自身がうまい自画像をかけるわけでもなく、その影響力を競っても不毛なだけだと思っている。アニメやアイドルのファンはそれを応援している自分のことを大事にして欲しいと誰もが考える。僕もその一人かもしれない。握手会で自分のことを覚えてるというシグナルを無意識に出してしまうという。それでも僕はそれを出したとしても、諦めて自分なりに見つけて有意義なことを探そうとする。それは詰まる所エゴサーチというものなのだろうか。労働でも遊びでもない、何もならないものはという意見もある。立川談志の落語では勉強はつまることろ物好きの暇潰しだという。
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