日々の出来事と思考の整理

離職票の手続きのために翌日を開けておいたが、自分で封筒に名前と住所を入れて、切手を貼った郵送での手続きになったので、翌日はスケジュールが開くことになった。前日の4時に就労支援施設に連絡すると、受け入れてくれたことを感謝したい。手続きの関係で給与が翌月になるけれど、会社から預かったもので返し損ねたものはなかったので安心した。社員手帳は去年のものになっていたが、常にリュックに入れて持ち運んでいた。今年の分なら返却することになっていたが、去年の分だったので記念に取っておくことにする。木曜日は午後から手続きのスケジュールが経っていたが午前中は空いていた。今日の金曜日は朝起きて、体温を計って、髭を剃って通所することになる。電車で移動して、予定よりすこし早くつく、今度は15分遅く家を出て、電車も1分くらい途中の駅で車両間調整があったけれど、目的地にはすこし早くついていたので、ちょっとした瞑想を一息入れるタイミグで撮れたかもしれない。本屋に行くと、雑誌のニュートンで統合失調症についての記事があった。以前にはコロナウイルスの記事があったが、科学の分野が自然科学から精神分野にも応用があるようだった。朝に同じ通所している知人とあったけれど、こんにちはと会釈した。通所して挨拶をするときにはお早うございますになっている。午前のプログラムでは脳の疲労回復についてのプログラムだった。空いた日にちにうまくスケジュールできたことと、雑念が湧くことが自分だけではないことと、瞑想や深呼吸によってそれが収まるタイミングがあったことなどをつなぎ合わせれば、思考を今より整理できるかもしれないと考えてみた。

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不調から足掻くこと

自分が加わることで空気をより良くできない。
失言をして相手に迷惑を掛けまいと全精力を傾けていると、
課題をすっかり忘れてしまっていた。
その日の呼び出しでその日の充実感が決まる。
階段が工事中で使えない。
朝は、誰にも会わなかったので一安心した。
エレベーターでボタンを押す作業で、どうしても戸惑う。
以前に良かれと思って家賃を話すと、
「そこには住んでいませんけどね。」
ただ、雰囲気からして、自分はそこに住んでいても何もできていない。
仕事でミスをして黙っていると、
「すいません」
の一言が重い、といってもそれは違うんですとも言えない。
ただ涙をうっすら溜めているのを、堪えるしかない。
表面上はちょっと躓いた雰囲気があるだけなので余計に辛い。

海外の放送に興味を持った。
SNSで知人が、噂するのが小耳に入るが、
自分は瞑想することで、気持ちを整えることが多くなった。
だいたい1時間くらい瞑想している。
日本とイギリスの時差は9時間ある。
コミュニティによっては見張り番をしている役員もいる。
30代になると、ほとんど働くフリさえできていれば、
叩かれずに済むと思うようになってしまった。
自分でもダメだと思っている、
それでも相手に与える安心感は自分の都合より大きく重い。
いつの間にか気持ちが途切れて気絶したように居眠りしていた。

映画は1〜2時間暗い部屋でじっとしていなければいけない分、
どんな名作でも束縛の意図が内包される。
それに比べると写真は顧客を解放するという。
動く映画から止まる写真へ、
それでいて心は束縛から解放へ。
それでもスマートフォンで撮影ができ、
写真を見ているだけでも情報が得られるようになると、
写真についてあれこれ考えているうちに時間が過ぎる。
例えば、スマートフォンで子犬の写真を撮ったとしても、
どこで、誰が、いつ、何のためにという状況設定を考え直すと、
それだけで悩ましさが募ることがある。
「お前は犬にすらなれないのか。」
と自問すると人はペットよりは長く生きられるが、
「僕は何かの役に立てるのだろうか。」
写真のペットは記録が続く限り残る。
残すから、伝えるへ、動くために、
文章を前向きに書き留めてみたい。