鉱山のある風土

節約といっても吝嗇だけでは、僕の場合は現実的でない。mineCraftは基本的には地下深くに含有される鉱物をピッケルで採掘して、その資源をうまく配分して組み合わせることで運用されている。このゲームに限らず、鉱山を地盤に開発を進めるようなシュミレーションゲームはいくつかあった、ロシアのコサックスや共和制以後のローマを題材にしたセトラーズ、三国志をモチーフにしたものもあった。歴史の教科書では長崎の炭鉱や軍艦島などがある、明治の初めくらいから、近代化が進んだというけれど、スコットランドから輸入したというジャイアントカンチレバークレーンは現在でも荷物の輸送に使われているという、写真から想像するに電気系統はクレーンの横についた小屋で行われている。少なくとも鉄骨は数十年から百年の間に回収こそ入っているものの外観はほとんど変わっていない、配線や制御システムよりは風化する要素もなく、普遍的と言えるのかもしれない。関西と関東ではそれぞれ発電機を違う国から輸入したという、関西はアメリカの50Hz、関東はドイツの60Hzになっているという。今でも洗濯機やドライヤー、電子レンジなどの家電製品は関西と関東で規格が違うものがあるという、その境目は静岡県の富士川と新潟県の糸魚川で東西に分かれている。長崎では豊富な鉱物資源から、コンクリートの高層住宅が明治時代から作られていた、軍艦島にはその遺構が残っている、しかしながらエレベーターは実装されておらず、中世のお城のような螺旋階段がや渡り廊下が張り巡らされており、そこで住民が交流していたという。同時期のジュールヴェルヌの神秘の島では、水力によるエレベーターが花崗岩の洞穴に備え付けられている、高層住宅は古代ローマからあったものの、特にアジアでは、建物を積み重ねると陽のあたる住居とそうでないところができるという民間信仰があった戦後の1970年の大阪万博では、科学技術による近未来都市がが礼賛されたものの、実際には自然となじまない、または高度経済成長の行き詰まりによって、右肩上がりの成長が集落を維持するとは限らないとされてきた。パソコンが普及する前からロボットや自動化は推進されてきた、街には缶ジュースの自動販売機が普及し、図書館にはバーコードとキーワードで灰色の掲示板で貸し出し状態や蔵書がリアルタイムに検索できるようになっていた。それ以前は本を読むようなマセた学生は、図書カードを介してやり取りをしていたというけれど、その郷土資料にはかつては湿気に強い海苔箱や、お茶箱に貸本を詰めて、街を図書ワゴンが巡回していたという、その光景は資料でしかなかったが、海外に移動本屋がまだ残っているという。

そんな中で採掘も地道で、オンラインゲームには直接利益にはならないけれど、グループへのサポートや、自己研鑽を一人で行う活動を炭鉱夫というようになっていた。それはまるで軍艦島の基礎工事のようなものかもしれない、あるいは東京の下町に残っている工場跡地の風景にその面影を見たのだろうか。

オンラインゲーム仲間には下町には高校までは充実していたが、大学がなくそのまま職業訓練校に入るようなコースがほとんどだった。手に職をつけることとに目的が持てないまま仕方なく現実に回帰する。ウェブ制作会社もその延長だったとも言える、それでも金融や広告のような案件であればいかにも雇用と食い扶持という印象があるが、築地にゆかりのある海苔だったり、そういった風土的な調和に、今まで画面しか見たことがなく、競争の生きがいもそこにしかないというような俯き加減だったオペレーターが生き生きとするようなことがあった。実際には定期更新などが休日や深夜にもあり、中小企業は定時以後も何らかの労働をすることで社会人になれると先輩に同調しているようにも見えた、物事には良い面とそうでない一面があると考えさせられた。僕自身は中途で社会人になって、伝統や自然環境が悪いとは思わないが、それを過度に理想化するのは、自他共にそぐわないと新たな境地に至った。

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とある建物のメンテナンス作業

夜になると、建物の景色がいつもと変わってに見える。
とあるビルでは、エレベーターとフロアが直結していて、より広く見える印象があった。それでも、デスクには電話とイヤホンにパソコンが置いてある。インターネット回線はフロアだけで繋がっている。
壁には無線LANのルーターの大きいものが付いていたけれど、wifi電波はないようだ。フロアの席の数は数百ある。そこには同じだけの従業員が働いているようだ。ちょっとしたアクセサリが置いてあると、なぜだかそれを眺めているだけで落ち着く。ただ無機質なオフィスというよりは、そこに生活があって、家族がいるという感じがする。そう言った感慨もありながら、仕事はなるべく遅れず、順番通りに決められたことを行なっていく淡々として行こうと思った。その間に連帯感があって、意識がどこかで繋がっているような気がした。オフィスでのメンテナンス作業を終えて、休憩していると色々な年代の人がいて気さくに対応していただいた。その道のベテランの人は、どこか風格があり、チェックシートでもしっかりとレ点や名前が書いてある。僕はなかなか名前を書くことができず、レ点を後から付けて言ったようで、追いついていくのがやっとだった。インターネットは繋がっていなくてもwindowsのコマンドプロンプトは使える。初めは、パスワードやファイルパスを何度か入力し間違えていたが、繰り返すごとにスムーズになってゆく。フロアの机の配置感覚と、こちらの作業の効率は比例するようだ。初めは、たった1台の机にあるパソコンの一台分の視野しかなく、これが10台、20台あるとなると、途方も無いような気分になる。視点を少し周りに向けると、5台で1列の中の1台という配置が見えて、隣ではそれぞれだいたい30分で1列くらいのペースで進んでいる。そうするとだんだんと時間が流れてきた。
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