電子書籍と読書灯

ろうそくの明かりで電子書籍を読むことが一つの目標ではあった。LEDはそれに近い色再現性を持っており、とくに平面なLEDダイオードより、自然光に近いLEDフィラメントはかなりろうそくの光でありながらも、燃料を消費せずに電気で賄える。またマグネットケーブルが、なにかの端子と磁力でくっつくと、モバイルバッテリーが自動的にONになり、磁石を離すとOFFになることから、LEDフィラメントもUSBの5Vで、マグネット端子と合わせれば、モバイルバッテリーでもクランク発電機でも読書灯を使うことができる。月の明かりで本を読みたくなったこともある、本屋で漫画や小説の単行本を買って、電柱の街頭に寄りかかって続きを読むことが楽しみだったこともある。

今回は、kindleに青空文庫をインストールすることにした。著作権も気にならず、図書館にあるような一般的な書籍で、今まではスマートフォンでスクロールさせながらテキストを流し読みするのがもっとも効率がよく、ポケットにも収まった。デスクトップの液晶画面で青空文庫を移すと、確かに文章量は多く映るけれど、背景の白地にLEDの最も明るい白色が敷き詰められるので目がチカチカしてくる。そういったこともあり、設計図が紙媒体になることもしばしあばある。クラウドファンディングのINDIE GOGOでは、白黒のE-inkを活用した文章や図形を共有するモニターもあるが、カラーの液晶に比べるとコストがかかり、表示スピードもそれほど早くない。実のところ、電子書籍を読むのにiPhoneのsafariやGoogle Chrome指先をつかったフリップでの閲覧が最も一覧性が高いが、それでも読書に特化したkindleのE-inkの滑らかさを活用してみたかった。LEDバックライトを夜間でも読めるくらいに明るくできるが、できれば灯りを自前で用意して、バックライトを節約することにした。

クランク発電機にLEDフィラメントをつなげると、クランクを数分回すと、30分くらい点灯している。その間にkindleで数十ページくらい捲れる。まるで紙芝居をめくるように地味でもクランクを回すことが苦にならない。

ゲームではアクションゲームではキャラクターが動いたりシビアな動きをする。とくに白熱するのは、スーパーファミコンのマリオカートで、これは3D版で動きが滑らかな最新版がでてもなお、駐車場のようなブロックのステージでカートの周りの風船を割るルールと、上下にプレイヤーの視点が分かれているレイアウトが、プレイヤーだけでなく、それを応援する人にも没入感を与える。これがバーチャルボーイのようにゴーグルで個人の視点になったら、ドライバーの運転のリアリティやシビアさは増すけれど、そこまで感情移入しにくくなる。とはいえ、白熱していてもかならずしもそれが好きとは限らないが、それだけ一生懸命になれるなら、だれとでも友達になれそうな元気のもとになる。

かつて、アメリカのマークトゥウェインはまだ普及するとわかっていたわけではないが、グーテンベルクの活版印刷の未来の形として、パズルのようにアルファベットを組み合わせっるワードプロセッサーの原型を作ったという、講演ではそれが善意からだとしても、法螺やジョークも交えていた著者にはプリントの仕組みを作るのは意外なことだった。

ヨーロッパではゲーテがガラス管の中の水が、天候によって水位が異なることから気圧計を作ったという、フラスコからちょうどガラスのチューブが伸びていて、気圧に応じて水位が変わるという。19世紀でアナログがまだ主流であった時代にも文章は確かにコミュニケーションの手段ではあったが、物理的なガジェットを拵えることにも一定のニーズがあることが今から振り返るとかえって新鮮だ。

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キャタピラの実践

キャタピラーが駆動する様子をイメージしていた。今では情報化社会になって、フィジカルコンピューティングをする重要性はあまりなくなっている。世代間で共同幻想のインフラが異なっているようだ。祖父の時代には、車だけでなく路面電車が走っており、電信柱も地中に埋まっていなかった。父の時代にはベルトコンベアの技術が配送センターだけでなく、出版物、自動販売機にも応用された。コンビニエンスストアで買うパッケージですら、輪転機で量産され、共通の形とフォントを持っている。回転寿司のネタを運ぶのはベルトコンベアで、サイクルが回ることが演出されていた。時計はデジタルになり、ゼンマイで動いていたものは表に現れなくなっていた。

パソコンが普及する前後で、生活はヴァーチャル化していった。ファミコンゲームのドットグラフィックが断片的なものであっても、そこに想像力を巡らせることができるのは、ただの繰り返しだと思えなかったからかもしれない。とはいえ、キャタピラーは工事現場でも見たことがあったが、道が無いところでも、走ることができる。何かを運んだりすることもできそうだ。その感触をきっかけになったのは、サスペンションというバネだった。身近なところでは、ボールペンの芯を出したり引っ込めたりするものと材質も太さも変わらない。一応ステンレスのバネになっているようだ。そのバネがある車、センサーはなくてもモーターさえ無事であれば、這いずり回ってでも道を開くことができる。とはいえ、センサーや基盤にももちろん愛着はあった。それだからこそ自分の感覚でそのパフォーマンスを発揮させたかったのだと思う。

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LEDフィラメントの光と熱のバランス

LEDフィラメントが届いた。12Vの充電ケーブルの電圧を測ると13.67Vある。そこでDROK社の降圧モジュールを使って、12Vボルトピッタリまで電圧を調整して、150mAのバリアダイオードを付けてみる、するとフィラメントは強烈な灯りを発したかと思うと煙を発して途切れてしまった。残り4本しかない。フィラメントの向きはLEDの塗料が針金に塗ってあるようで、違いは分からない。また煙を発してショートしてしまったパーツと何も手を付けていないパーツの区別はなかなか外見では分かりにくい。続いて、3.3Vの充電池に繋げてみると、灯りは先ほどより弱いけれど安定している。続いて5Vに降圧するとまたも光はやや強いけれど、しばらくすると煙が出て光は弱まってきた。仮説を立てるとLEDフィラメントには最大で1Wの電流が流れるようになっている。12Vの場合ではおよそ80mA位で合計1Wになる。100mA以下のバリアダイオードを探そうにもパズルのピースの組み合わせが合わない、そこで、150mAと4.5Vくらいに凡そ0.67Wくらいで、光が持続する範囲で電流を調整する。その光はロウソクの光にも似て、小さくてもやや鮮やかな光だった。

LEDと白熱電球のルーツは同じだという、どちらもある物質に電気を流すと光と熱を発する。ある物質に対して電気量が適切ならば、光と熱のバランスを保ちながら出力が維持される。LEDは均質で適度な光で、白熱電球は一点で強い光を維持するための仕組みだと予想される。僕自身の不注意でLEDフィラメントの設定が掴めなかったが、それでも白熱電球に比べれば動線やワニ口クリップが溶ける心配がないので、安全度は遥かに高い。とはいえ、通常電圧が同じであれば、負荷はその機器の消費電力によるけれど、LEDフィラメントはやや消費電力がまちまちで、最大電流を超えないようなバリアダイオードが必要になるようだ。それは、炭のカケラやシャープペンシルの芯などとにも通じている。それらは電気を通すけれども、芯の長さや太さによって電流が流れすぎたり、流れなさすぎたりすることがある。そのバランス感覚が掴みにくい。通常数ボルトであれば、よほど狙い澄ますか、または偶然が起こるまで繰り返すかしないとアーク放電は見られない。そう言った意味では根も葉もないところから、仮説を立てながら、偶然にも助けられてようやく一筋の光が見えた。

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