身近な世界を見つめる

世の中を俯瞰する広い視野を持った方には、
編集が仕事の一部になりそうかもしれないと、苦労が伺われる。
もし10人聞き手が入るスタジオなら、10人全員を満足させる。
もしそれが、100部の同人誌や小説なら、
書き手や作り手の立場から眺めて残って欲しくない在庫があるならば、
たとえ10部ずつでもコツコツ配ったりすることの方が面白い。
自然には、水車やモーターがあった。
緩やかで壊れにくいものが、統計的に多くのエネルギーを取り出せる。
例えば、シフトを組んで見るのも変化を収益に変えられる。
挿し木の出来栄えや観葉植物の手軽さと素材の鮮やかさに惹かれて、
自分でも憧れ、灰色の土を買ってはいたずらに腐らせていた。
個人的に悔しかったのは、
小鉢で人参の蔕を再生させようして、
2週間してやっとこさ5cmくらいの可憐な緑の芽が出来た頃、
よく見ると人参の根がブヨブヨに腐っていて、
それからたった1日で枯れてしまったことだ。

ただ、とある世帯では、蜆の貝殻からカルシウムを摂り、
ピーマンの種やナスからでも屋上で栽培できる家庭もあるという。
それでも本人はまだまだと言われていたが、自然のサイクルが作れるのがすごい。
本物と偽物という区別は僕にはわからない。
例えば偽札があると、自立の足かせになるので困る、
泥棒にお金を取られるのが個人的に情けないくらいだ。
水車の助けがあって、
ある程度枝ぶりが良くなると、追肥がなくても大丈夫そうだった。
枝ぶりが良い所だけを切り取って、株分けをしようとするとダメになりそうだ。
現状を整理して、
視覚・嗅覚・味覚・聴覚・触覚から考えて見る。
自宅で植物は、
緑の葉や色のある花が視覚を、
ハーブの香りが嗅覚を、根が腐っていれば鼻を着く臭いが教えてくれる。
味覚は、ハーブの独特の爽やかな味、塩分や毒が入っていると苦くしょっぱくなる。
触覚は、金属やコンクートにはない柔らかさ、押すとしばらくしてまた元に戻る自然ならではの安心感。
聴覚だけが、植物を育てる上で余地があった。
例えば、せせらぎの音や、鳥のさえずりを聞かせれば
植物の生育にも良い影響を加えられるかもしれない。
空調服というパソコンの小型ファンが着いたジャンパーがある。
40度の過酷な炎天下でも、平温でいられる。
サームグラフィーで見ると、小型のファンから薄い涼しい青色が出ているだけで、
すぐ大気と同じくらいの赤色になるが、
空気の流れを覆いで一箇所に集めると、小型のファンだけでも、
涼しい水色だけを袋に集めて暑さを和らげる袋が生まれる仕組みになっている。
想像の範囲では、
硬い花崗岩で高くなった富士山のような山に雲が被さって雨が降り、
寄り集まって川ができ、海に向かうにつれて広く、粒揃いの土砂を含む。
三角州では水が潤沢で、特に水田が土砂を土に保存しやすい土地柄に適している。
それでもたった1週間で、根がこちらの誘いに乗って巻きついて、
10cmも伸びたのは奇跡的だった。
自然にも人工物にもルーティンが必要だと実感した。
個人的には、道場が苦手だった、姿勢も良くないし力も出ない。
ところが、引っ越して自分でやり直して見ると、
前の苦手さを反面教師にフォームを整え、調整しながら貢献したい気持ちが湧いてくる。
腐っているのものは苦手だ、
しかも自分では相手に嫌われる部分をふるいにかけたり、掃除しているのに
変なこだわりがあったり病気にかかった部分に限って認められない。
とても言いにくいが認識の問題が大きいと思った。
最初は濾過するものを自然っぽい竹炭でやっていたが、
小石やコンクリートのカケラでも水をシャワーのように通すものならば、
水を綺麗にできるようだ。音も砂粒の大きさによって再現される。
器も最初は麻っぽい茶器のようにそこそこ高潔なものを目指していたが、
水を運搬できる容器ならなんでも良い。実家ではプラスチックのポリタンクを使っている。
プラスチックという容器、元々は石油からできた。
石油には、生き物の炭素繊維が膜を作ってあの半透明なバリアになっていると思うとすごい。
木でも人間には硬く重すぎる事もある、軽量で半透明な生命のバリアによって保たれている世界もある。
自然の川にペットボトルが置いてあるとそこがエゴで汚染されたと言われる。
売店で買ったばかりの飲料水のボトルには自然の恵みが詰まっていると言われる。
相手がそれをどのように知覚するかが重要だ。

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