モノの形と組み合わせ

一人暮らしを始めた頃、雑貨屋さんで家具を揃えることが多かった。街を歩いていると、民家の中にいろんな物が値札を付けて売っている。高いものもあれば、掘り出し物のような安いものもある。まだ新品同様のものもあれば、中古でも味があるものもある。東京フォーラムというガラスの天井が印象的なところで、掘り出し物市があった。そこでは昭和の着物やおもちゃから、保存用の瓶やポットまで、様々なものが売っていた。手頃なゴブレットという鉄のコップを探してみるとそこそこの値段がする。新品で買うよりも中古でも価値があるものがある。そうしてみると、掘り出し物は物に愛着を持って、長持ちさせることが大事だと思う。ただ、身の回りには、その物が持っている存在感を記号化して伝えるデザイン感が必要にもなる。掘り出し物でも、中古でもデザインがいいものはどこか隅に置けないところがある。例えば、ワードプロセッサーはパソコンが普及して陳腐化したものの、タイプライターはアンティークとしてデザイン性がある。イタリアのオリベッティ社の赤いボティは、どことなくスポーツカーのシルエットを彷彿とさせる。キーボードが形のあるボタンになっていることも分りやすい。スポーツカーには乗れなくともそのデザインを感じることが普段でも可能になる要素が巷にはある。

ブラウンは髭剃りだけでなく小型家電のデザインを幾つか手がけている。目覚まし時計や、ラジオなども家庭と旅行先のホテルに共通する形は、appleのiPodにもオマージュされている。ユーザー目線では、家庭でも旅行先でも、手に収まるサイズや、液晶画面の明快さ、ボタンの押しやすさなどは、身の回りのガジェットが参考になる。テレビやレコーダーは多用途、多機能でありながら、見た目ではあまり差がなくなっているけれど、トースターや電話、オーブン、コーヒメーカーなどは、機能を限定して見た目でも差がつけられるようになっている。またそういったものをいつ、どこで、誰と活用するかという、環境というより、その場のものの見方ひとつで使い方やその頻度もあらかじめ推し量れるようになっている。初めは家庭でよく食後にコーヒーを飲んで、そこで学校の進路やいろいろな話題を交わすことが多かった。一人暮らしになってからも、コーヒーはあった方がいいかと思ってドトールでコーヒメーカーを買ったことがあったけれど、朝起きてコーヒーを淹れるとなぜか胸やけがしてしまった。コーヒーそのものというより、それを媒体にして起こるコミュニケーションにほろ苦くもどことなく楽しさがあったのかもしれない。甘いものは休憩中には適度に取った方が集中力が持続しやすいところがある。服には頓着しなかったが、相手は服装が視覚の大部分を占める。どのような説明だったかより、外見に表れやすい。
僕は、外見には頓着しなかったが、相手に指摘されてだんだんと改善するようになっていった。中身や過程を大事にすることも必要だし、見た目で初対面の人にも分かりやすくすることも必要だと思うようになった。そのようなどっちつかずの場合では、素材そのままの魅力を引き出すことが付加価値を持つこともある。ファミリーレストランやお惣菜屋さんで焼うどんがあれば、讃岐うどんの屋台がブランドイメージを持ったりすることもある。外人がうどんを食べている様子を想像すると、もともとは小麦とこねて麺にすることは共通していると再認識させられる。渋谷で旅行鞄の売り場の中に、緑色のスマートフォンがセットで売っていた。androidのバージョンは4.2だったけれど、ウェブブラウザの確認用にはバージョンがひとつ前だと、サポート範囲が広くなるので、旅行者の気分で買ってみた。それから海外に旅行することはなかったけれど、国内でウェブサイトを作ったりするときには旅行気分を疑似体験していた。そのandroidのメーカーはベンチャー企業だったけれど、元々はカシオで電卓をリデザインしていた女性の企業家だという。
僕は普段は、広告代理店の仕事で相手が提案してきたものをそのまま受注するだけだったけれど、世の中には今ひとつ柔軟な捉え方をした結果、一味違う形や色になっていることも多い。あるWEBデザイナーは帽子の色や形とユーザーインターフェースが整う度合いを汎用性の代わりに示したという。僕はベースはあまり浮いた印象を出し切れずに、そこまでこだわられなかったけれど、見せ方にもインターフェースがあって、無意識に影響を受けることもあることに刺激を受けた。身の回りのものも多くは国内海外を問わず、それぞれの企業努力によって試行錯誤の末にその形に落ち着いていることが多い。モノは人が作る。人はモノを見て、その先に知らなかった相手を知る。高度経済成長期を過ぎると、消費と生産だけでなく、リサイクルの考え方も普及した。その中で、ものの使いやすさだけでなく、隙間を埋めたり、ブロック同士が安定して積み重なるスタックという役割も見直されている。例えば、無印良品にある箱がホームセンターのニトリにある箱といい具合に納まってユーザーは収納がどちらでも買い物ができて便利になる、こういったことを記号的に明快にしていくとデザイン冥利に尽きるのではないだろうか。

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