思い出の炊飯器

物置きから炊飯器が出てきた、2003年製造とある。丸っこい炊飯器で、元々は実家で米を炊いていたものを下宿先で一人暮らしをするときに使っていた。炊き上がるまで30〜45分くらいだったと思う。水は目安よりやや少なめにすると、型崩れしなかった。そのあたりの塩梅は今でも覚えている。

下宿先では、aiwaのラジカセと炊飯器がしばしば間違われていた。当時は、高円寺の雑貨屋さんで、掘り出し物を探しては、それを部屋に飾ることを試みていた。そこで観葉植物を持ってきたり、ツタヤでレンタルしたCDを、パソコンでCD-Rに記録して、選曲をやりくりしていた。それから、初めてホームページを作成したところは、デジカメと文章を組み合わせることを行っていたけれど、周りでは施設のカーテンの寸法をSQLに流していた。倉庫にサーバーがあり、そこでクエリという合言葉を作成するところが何やらアラジンのようで、僕は手作業とイラストなどの経験があったので遠巻きに見ているだけだったけれど、エクリプスというツールもどうしてメモ帳で書くことをフォーマットにする必要があるのかを想像するくらいしかなかった。それでも何かを記録したいと思ったら、データの元を作って、それを保存しながら、オープンソースでもデータベースを活用したいと試みることもある。

専門学校では通常のHTML作成に加えてMovableTypeという、法人でも事例があるが、個人のライセンスも無料というソフトウェアがGoogle検索で見つかった。それでもその時は、mixi日記にいろいろなことを書いていた。iPodの鏡面加工と食器のスプーンの加工技術は新潟市の燕三条で行われているということを手で触って確かめたという、パソコンで何重にも確認すればそれが確実なのにもかかわらず、どうして感触を確かめようと思うのかと疑問には思っていてもそれが腑に落ちることもある。また、沖縄ではデジカメの画像データを加工する講座が民間でも行われているようで、ブログにもその様子を見られた。

それでも自分の周りにはそこまでITに詳しい人は少なかった。それでもITに詳しい人同士のコミュニティに入ればそれで変わってくるのかもしれないが、よくいいように騙されてたり、口論や陣取りゲームになると勝てないこともしばしばあった。そういった中でもできることを続けていけることが、誰かのためになるのだろうと思いたかった。

自炊は、それからしてパスタに移行していた。湯で加減を調整してアルデンテにしたり、それでも和風のソースが少ないので、メニューはトマトとオリーブオイル、玉ねぎが土台になる。それでも玉ねぎは皮を向かなければ半年は腐らずに常温で保存できる。その生命力には驚くべきものがある。みじん切りにすることがある程度自動化できれば、とはいえミキサーでは音が大きいので、レバーを回すと玉ねぎが細かくなるといった半自動の仕組みがあれば、チャーハンやカレーにも活用できて便利とは思っている。

パスタの小麦がスーパーでも安価になったのは、日本人がイタリアに留学したり、築地でも日本人の食生活から魚離れが現れたときに、イタリアンに魚を応用するという活動が草の根であったからだという、もともとパスタも主食というよりメインディッシュが別にあって、サイドメニューの定番になっているという。パスタを丼に入れてソースをかけて食べるとそれだけで、ボリュームがありそうだけれど、その習慣はファーストフードの影響があるようだ。

炊飯器を押入れにしまったまま、新しい炊飯器を買おうとしたこともあったけれど、その実用的な外観が惜しまれたのか、それでカレーライスを作って食べたこともあった。現在のソーラーパネルでは交流では150Wが限度で、お湯を沸かしたり、パソコンやスマートフォンが充電できるくらいだけれど、もし300Wあれば、IHクッキングヒーターは弱火でかろうじて動く。車のシガーソケットの給電から100Wでご飯を炊くと効率的なモデルが注目を集めているけれど、そういったときにまたかつての炊飯器が見つかり、昨今の調理家電の中では出力も節約できそうだ。とはいえ今から15年以上前には、LED電灯はなく、蛍光灯が主流で、テレビもブラウン管が比率は4:3だった。そうした中で変わらないものとこれからのものを温故知新のように合わせて見ることで何かわかることがあるように思われた。

太陽電池は、曇りでもある程度充電できるが、それでもそれが実際にどれだけ充電できるかというタイミングに居合わせることがなかったが、同型のバッテリーを使えばだんだんと容量が溜まっていく、不思議なことにAC電源からの充電する機器も持っていたけれどそこから充電するとその時はメーターがたまるけれど、しばらくすると元に戻ってしまう、電気自体は目に見えなくて、数字には現れないけれど蓄積されるものがそこにあるように思われた。自動とはいかないまでも半自動の仕組みを作ることはマニュアルにも効率化にも役立てると思う。誰であれ相手に苦労を掛けさせたくなかったというヒューマニズムを片隅に持っている。

物置きから炊飯器が出てきた、2003年製造とある。丸っこい炊飯器で、元々は実家で米を炊いていたものを下宿先で一人暮らしをするときに使っていた。炊き上がるまで30〜45分くらいだったと思う。水は目安よりやや少なめにすると、型崩れしなかった。そのあたりの塩梅は今でも覚えている。

下宿先では、aiwaのラジカセと炊飯器がしばしば間違われていた。当時は、高円寺の雑貨屋さんで、掘り出し物を探しては、それを部屋に飾ることを試みていた。そこで観葉植物を持ってきたり、ツタヤでレンタルしたCDを、パソコンでCD-Rに記録して、選曲をやりくりしていた。それから、初めてホームページを作成したところは、デジカメと文章を組み合わせることを行っていたけれど、周りでは施設のカーテンの寸法をSQLに流していた。倉庫にサーバーがあり、そこでクエリという合言葉を作成するところが何やらアラジンのようで、僕は手作業とイラストなどの経験があったので遠巻きに見ているだけだったけれど、エクリプスというツールもどうしてメモ帳で書くことをフォーマットにする必要があるのかを想像するくらいしかなかった。それでも何かを記録したいと思ったら、データの元を作って、それを保存しながら、オープンソースでもデータベースを活用したいと試みることもある。

専門学校では通常のHTML作成に加えてMovableTypeという、法人でも事例があるが、個人のライセンスも無料というソフトウェアがGoogle検索で見つかった。それでもその時は、mixi日記にいろいろなことを書いていた。iPodの鏡面加工と食器のスプーンの加工技術は新潟市の燕三条で行われているということを手で触って確かめたという、パソコンで何重にも確認すればそれが確実なのにもかかわらず、どうして感触を確かめようと思うのかと疑問には思っていてもそれが腑に落ちることもある。また、沖縄ではデジカメの画像データを加工する講座が民間でも行われているようで、ブログにもその様子を見られた。

それでも自分の周りにはそこまでITに詳しい人は少なかった。それでもITに詳しい人同士のコミュニティに入ればそれで変わってくるのかもしれないが、よくいいように騙されてたり、口論や陣取りゲームになると勝てないこともしばしばあった。そういった中でもできることを続けていけることが、誰かのためになるのだろうと思いたかった。

自炊は、それからしてパスタに移行していた。湯で加減を調整してアルデンテにしたり、それでも和風のソースが少ないので、メニューはトマトとオリーブオイル、玉ねぎが土台になる。それでも玉ねぎは皮を向かなければ半年は腐らずに常温で保存できる。その生命力には驚くべきものがある。みじん切りにすることがある程度自動化できれば、とはいえミキサーでは音が大きいので、レバーを回すと玉ねぎが細かくなるといった半自動の仕組みがあれば、チャーハンやカレーにも活用できて便利とは思っている。

パスタの小麦がスーパーでも安価になったのは、日本人がイタリアに留学したり、築地でも日本人の食生活から魚離れが現れたときに、イタリアンに魚を応用するという活動が草の根であったからだという、もともとパスタも主食というよりメインディッシュが別にあって、サイドメニューの定番になっているという。パスタを丼に入れてソースをかけて食べるとそれだけで、ボリュームがありそうだけれど、その習慣はファーストフードの影響があるようだ。

炊飯器を押入れにしまったまま、新しい炊飯器を買おうとしたこともあったけれど、その実用的な外観が惜しまれたのか、それでカレーライスを作って食べたこともあった。現在のソーラーパネルでは交流では150Wが限度で、お湯を沸かしたり、パソコンやスマートフォンが充電できるくらいだけれど、もし300Wあれば、IHクッキングヒーターは弱火でかろうじて動く。車のシガーソケットの給電から100Wでご飯を炊くと効率的なモデルが注目を集めているけれど、そういったときにまたかつての炊飯器が見つかり、昨今の調理家電の中では出力も節約できそうだ。とはいえ今から15年以上前には、LED電灯はなく、蛍光灯が主流で、テレビもブラウン管が比率は4:3だった。そうした中で変わらないものとこれからのものを温故知新のように合わせて見ることで何かわかることがあるように思われた。

太陽電池は、曇りでもある程度充電できるが、それでもそれが実際にどれだけ充電できるかというタイミングに居合わせることがなかったが、同型のバッテリーを使えばだんだんと容量が溜まっていく、不思議なことにAC電源からの充電する機器も持っていたけれどそこから充電するとその時はメーターがたまるけれど、しばらくすると元に戻ってしまう、電気自体は目に見えなくて、数字には現れないけれど蓄積されるものがそこにあるように思われた。自動とはいかないまでも半自動の仕組みを作ることはマニュアルにも効率化にも役立てると思う。誰であれ相手に苦労を掛けさせたくなかったというヒューマニズムを片隅に持っている。

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