ヤラセと工夫と自立と

インターネットでは話題に困った人がコンテンツを作ることがいかに苦労するかをでっち上げて長文をしたためていた。相手の言うことだけを聞いていてもただ従うだけでなにもできない人になってしまう。それを相手が望んでいるかどうかは分からない。僕は心が痛んだ。おそらく相手は自分より少しドジで弱い立場の人に勝ちたいだけの狭い心を持っている。又は、相手にもうまくいかないことがあり、僕などを相手にする余裕がなかったのかもしれない。正直僕自身、初対面の相手をそこまで献身的に接していられるかどうかは客観的には難しいかもしれない。聴くと落ち込んで、隅っこに隠れたくなる。そんな後ろ向きな願望がそこには込められていた。

風評のでっち上げは、真面目に文章を書いている人にも見られた。それが嫌になってそこで方針を変えた。それは短絡的に見えたし、自分でもそれが長期的な利益になると思っていなかった。それでも嫌がらせの柵を解いてお互いに納得できる方がいい。それで相手が連勝できなくなるということもないのだから。

街角のブティックでUPQPhoneがあった。それはあまり話題にならなかったが、androidのOSとバッテリーがそのまま使えるモデルだった。Simカードが近くの携帯キャリアショップでローンも残っていたので他に選択肢を持てる余裕もなかった。あるいはそこでお行儀よく契約を守っていれば、誰も損をしなくて済んだのだろうか。それ自体には不満だった。メモリは据え付けが少なく、外部メモリを32GBに追加しても、アプリによっては移動できないものもある。どれが移行できて、又どれがそうでないかはランダムになっていた。必要なアプリを節約しながら使っていた。少なくとも僕にはそれで十分だった。他に便利な機能や先進的な工夫があれば、それを勉強しようと思っていたけれど、なぜか、毎年新しい機種が出て、広報は買い替えを勧めてくる。そういった中で実はとこっそり聞いてくるようなケースもあり、なんだかなあと思っていた。別に損も得もなるようにしかならないと思うけれど、メーカーの窓口と議論しても不毛なことが多い。それでもものづくり自体はそれが誰の物になったとしても作っても語ってもその人を元気付けると思う。それでふらっとショーケースを眺めていることもしばしばあった。

しかしそのメーカーにしても、その構成員が全て自社の製品を優先できるとは限らない。だったらいいな、誰も傷つかずに済む。もともとUPQはカシオの電卓メーカーの女性社員が作ったベンチャーだったという、スマートフォンに限らず、デジタルカメラや電動バイクもカジュアルに作られている。僕にはなんだかよく分からなかった。法定速度の倍以上出せるパワフルなスポーツカーやバイクを持っていても都会ではあまり役に立たない。目的地に着けて、必要な荷物が運べれば僕はそれで事足りた。中国から輸入した発電機もホームセンターのレジでお釣りを数えるのは多少、他人に気を使って緊張するものの、ポケットにネジと金具を入れてそれで少しずつ組み立てていた。まるでカンガルーにでもなった気分だった。小銭にもその国の鉱物資源を加工した模様が施してある。お札にはデザインや修飾も意匠が凝らしてある。無意識にそういったものに気が向いてしまい、誰か他人を気にしてしまうのかもしれない。

朝日新聞のニュースで中年社員がアニメの影響を受けて赤く塗装してジオン軍のシールを貼った改造セグウェイに乗っている様子が槍玉に挙げられていた。確かに自画自賛は気持ちがいいものではないけれど、それをいちいち突っつくのもなんだか詮無いように思えた。街の道路にはツヤツヤのメッキが掛かった乗り物が魚のように泳いでいる。

UPQのスマートフォンはプラスチックに中古自動車のような塗装であまり目立たないが、電動バイクをレーサーの丸山浩が解説していた。ヘルメットをつけていないとはいえ、ライダースーツに身を包んだ姿は、実際にはもう少し排気量の大きないかにもというバイクが似合いそうだけれど、ウィンカーやメーター、サスペンションを確かめている様子は、こうして部屋でくすぶっている自分にもできることがありそうだという気にさせてくれる。とある投資家によると、毎日増減を繰り返す評価を気にしていると、それを計画的に増やすことができない理想とのギャップを埋めることができずに、落ち込むことの方が多くなる。トトロからもらった木の実を眺めても芽が出ないことを不満に思ったメイちゃんのような気持ちに似ている。僕も北向きで日当たりの少ないベランダにソーラーパネルを置いて、まだ明るい昼間に動作確認用のLEDが弱くなった時はなんだかしょぼくれた。困難は、当事者には弱点だけれど他人によってはなんでもないことになっていることもある。見たり聞いたりするだけでなるほどと思えれば、その分野に能動的に関わっていけるようになる。努力や運は10分や他人に良くも悪くも大きな影響を与えるけれど、それだけでない何か醍醐味があったなら人は諦めない粘り強さを身につけることができる。

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