個性とキャラクター

べつに自分の感覚を過信しているわけではなかった、不可思議なことが起こったことに当惑している。わからないこともあるが、すこしずつ明らかになってきている。Blenderで初音ミクの腕立て伏せの動作は途中まで読み込むことができたが、モデルと連動させることができず、光源も明るくならず輪郭がハッキリしなかった。MikuMikuDanceの画面内でフレームごとにカメラの位置を変えることができ、姿勢が変わる時に視点を切り替えることで、視野を保つことができるようになった。

アルというウェブサービスで、漫画のコマをリコメンドできるようになったようだ、僕は読んだことがなかったが、映像研には気を付けろという漫画はアイドルが実際にキャラクターになりきった実写版もあるけれど、そのもとになったものはかなり素朴な絵柄だった。キャタピラクローラーのスケッチがあったので、日本の法律では公道では原動機付自転車を除いてセグウェイのように乗り物に乗ることができないが、UPQPhoneというandroidのスマートフォンでも電動スクーターを開発していた。それが近未来的な乗り物になるとは思ってもみなかった。

船橋駅のガード下に本屋があり、小林さんちのメイドラゴンという漫画のポップが店員によって書かれていた。ポップから漫画の内容すら面白そうに見えてくる。そういったものがどの週刊誌で連載していて、どういった読者が想定されているのか予想もつかなかった。京都アニメーションでは、涼宮ハルヒの憂鬱やけいおん、氷菓などでも知られている。涼宮ハルヒはアグレッシブな個性で、ともすれば癖のあるキャラクターを上手くまとめている。

ここでは光ファイバーが夜になると渋滞して速度が遅くなるようで、中国の2Dのアプリケーションにログインするときは、スマートフォンのwifiをオフにして、SIMカードの4G通信に切り替えると、ログインできたことがあった。その逆もあった、インターネットなので、国内だけでなく、海外の情報にもアクセスできるものと予想していたが、必ずしもそうではないようだった。崩壊学園には2Dと3Dがある。僕は、かつてヴァルキリープロファイル   レナスを2Dでやりこんでから、ストーリーの続きが知りたくなって3Dにもチャレンジした。CGグラフィックには不気味の谷というものがあり、ある程度ディテールを充実させるとクオリティが高まるが、ある一定段階では整いすぎてかえって個性的でなくなることがある。中国語版では、リタロスヴァイセという中立をたもつメイドのようなお姉さんのパーソナリティが、なぜか同人で作りこまれており、本編では片眼を前髪で覆ったミステリアスな雰囲気で、セリフも否定も肯定もしないのに、プレイヤーを惑わせる。アバターはお試しキャラという扱いになっており、レベルを上げなくてもコツをつかむとスキルを駆使することができる。背景に香港や上海のような摩天楼が写っている、影鉄という緑の蛍光色が付いた服装は、ゲーミングデバイスのrazerのようでメカニカルな感じがした。一方で、探偵の役割は名探偵コナンの声優が担当しており、本来は赤い色のアバターが、雷鳥のオスのように灰色のシックな印象になっている。アニメやゲームでは目が大きく、装備が出っ張っているので、体格やシルエットをシンプルにしたケースはかえって珍しかった。

ファルコムの閃の軌跡という、RPGの空の軌跡の次回作にあたる作品では、遊撃士というフリーランスのようなボランティアが活躍していた世界から、アメリカとソ連と中国を彷彿とさせるような超大国と、資本主義と社会主義のイデオロギーのなかで、板挟みになった緩衝国という不安定な立場に置かれたコミュニティが形成される。そのなかで、アリサというヒロインが、出自は平民でも教養があるのでまるで貴婦人のように見えるという叙述がある。身分制度があり、差別もある。そのなかでおしとやかにふるまうことが必要とされている。また遊撃士という存在より、士官学校という官公庁のような制度や枠組みのなかで暮らすことになる。かつてドラゴンクエスト3ではドットグラフィックでも世界地図があったのに、グラフィックのクオリティが上がるにつれ、世界はかえって狭くなったような感じがする。とはいえもし町や村などの集落を端から端まで移動するとすれば、通常は必要な目的地を往復することがほとんどであるため、脇道にそれることは想定されていない。ゲームは、丁寧に作っているとことはあるものの現実の特長を要約し多様なところがある。2Dの場合は、辞書の索引に近いような感じで思い返すことができるが、3Dにも同じようなロードマップはあっても、あとから見直すにはどのクエストだったかが思い出しにくかった。しかしながら、セリフのならびからでもミステリアスな雰囲気が思い返された。アニメの場合は、現実ではないにしてもとあるコミュニティに所属する個人が個性を発揮するためのヒントにもなる。僕はどちらかというと強力なカリスマ性を持つことができないので、縁の下の力持ちのような個性には敬意を払っていきたいと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です