みたことがない景色を旅する

サーボモーターと、トグルスイッチを組み合わせるのに、自動車用のトグルスイッチが指に掛かる負担も少なく、スイッチでは足が3つか4つあり、実際に使うのはON/OFFに使う2つの場合が多く、そういったボタンがあれば便利とは思っていたが、なかなか実物がなかった、とはいえ商品棚にはビニールに包まれていてなんだか手作り感はしなかった。とはいえ、実際にサーボモーターと連動して動いてみると、既製品でも実例がなく、また無駄なパーツも少なく汎用的に作れるので、今まで見たことがない様式が見られるかもしれない。

サーボモーターに電気を流すと、小さいギアが連動して動き始めた。ところが、角度が一定以上になるとそこで止まる。5vの電気を流すと一定のところで止まって、arduinoの信号を経由すると、ループ文の中で往復が可能になる。すると、小さいギアの手が規則的に往復している。できればそこにラック&ピニオンギアを介して、回転の向きを変えて、minecraftにあるようなピストンブロックに変えるだけでも、電子工作の取り掛かりになる。トグルスイッチを何かのネジやボルトに組み合わせて使うという事例がなく、もしそういったレゴブロックとDIYが組み合わさるような体験ができれば、なら自分にだってという意欲は増してくるように思われた。現状ではサーボモーターに小さいプラスチックの手が付いていて、それで物を動かしたり、スイッチを切り替えたりするようだ。もしプログラムでスイッチを定期的に起動させて、それで予想されるサーボモーターの動きでスイッチを切り替えるなどができれば、プログラムには無いけれど確かに意思が存在するということになる。とはいえ、それを実現するために指でサーボモーターと、トグルスイッチを持っていると、もしスイッチがボタンの掛け違えのようになると、どちらかが折れることがあるのだろうとも心配になるが、サーボモーターのプラスチックには丸い部分があり、既製品のトグルスイッチにもプラスチックにバネがあり、そのあたりが柔軟になっていた。実際、それにピッタリの金具があったとするとクッションになるようなパーツもただスイッチを自動やリモートでON/OFFするだけでも有用なパーツになる。プロダクトには厳密には直角でなく、角が取れた形をしている。3Dプリンターで立方体を出力すると、その4隅はベゼル角が予め備わっている。

もしパーツショップに目的のパーツがなかったら、家電量販店に行く、家電量販店に探しているものがなかったら、ホームセンターに行く、実店舗で目ぼしいものがなかったら、日本のamazonを検索する。日本のamazonでも品揃えが見つからなければ、US版のamazon.comを検索する。US版のamazonでもなかったら、中国のalibabaで英語や中国語のキーワードを試してみる。実店舗でなくネットショップになると、送料や配送業者の人手が掛かるので、できれば実際に手にとって見つけてみたいと思っている。

例えば乾燥肌を予防する包帯にもなるダクトテープは、ホームセンターと量販店に売っているけれど、ないところもある。自分の足でいったことがある場所にまた赴くことが、地図にメモしたい手がかりになる。とはいえ、自分がシャイなだけで、電話であらかじめ問い合わせるなりすれば、たとえその時なかったとしても無駄足にならずに、効率も良くなる。とはいえ、たとえ効率が悪くともいい運動になるとして、いい方向に考えることが疲れない秘訣になる。

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意外な鉱脈の変遷

テーブルにつないだホッカイロは電源スイッチを入れるとすぐに暖かくなるけれど、うっかり外出時に電源をOFFにし忘れてしまうことがあり、チェックしたりタイマーをつけるなど対策を立てていこうと思う。ガスコンロでなく電気ばかりでは、なかなか暖まらないことが続いたけれど、千石電商の合成皮のニクロム線が適度な暖かさになる。ホームセンターにあるニクロム線では、IHヒーターの弱でも150wになり、すぐにバッテリーが上がってしまう。それでも手軽に暖かさがでる分だけ気が緩んでしまうこともあったかもしれない。

文化放送のご注文はうさぎですかで、ココアのバリスタの話があって、そこで思いついて小麦粉にインスタントコーヒーをひと匙入れると、なんと不思議なことに市販のカレールーによく似たコクが出る。厳密には薄力粉でなく中力粉を使った方がということもあるが、マンションのワンルームでは米や小麦粉は室外でなく小型の冷蔵庫に保存せざるを得ない。そこで小麦粉でお好み焼きや、水かさを増やしてもんじゃ焼きにしたりと、余った食材と米の栄養剤に使う五穀米を具にして、チャーハンやカレーを交互に作ってみる。そこで粟や黒米などが米より硬いので、それを柔らかくなるまで水煮することが共通した下準備になっている。

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地理と情報の相関

2018年9月6日、北海道で震度7の地震が起こった。ニュースによると北海道全域で停電が起こっているという、北海道でも電力の需給バランスを火力発電所に依存しており、これが地震によって停止したことで、周辺の電力供給も影響したと見られている。そらまめ君で地震が起こった前後の大気の様子を見てみると、昨日と今日では、光化学オキシダントと非メタン炭化水素の濃度が昨日は札幌や函館などの大都市で活動が行われている様子が、まっさらになっていた。スモッグや煤は、関東圏でも見られるので、例えば家庭用電力や、乗用車の排気ガスから少しずつ出ていると予想を立てていたものの、火力発電所が大気に影響を及ぼしている要因になりうるという疑問ができた。

火力発電所は、2011年3月11日の東日本大震災で、原子力事故があった影響で、代替的に運用が活発化されている。その様子は石炭コンビナートの誘致への住民の反対運動なども見られている。かつて石原都知事はパフォーマンスも兼ねて、煤の粉をペットボトルに入れて都庁に持ち歩いていたという。その時は人気取りだと思っていたものの、近年のスモッグは青空を曇らせるほどでもある、しかしながら石炭などの、安価で環境に配慮しない燃料を使ってエネルギーを得ることを非難するだけでなく、自分でも周りに負担を掛けない工夫を実践することも現実的には必要であるように思われた。

高度経済成長が始まる1970年代-80年代にはスモッグや排気ガスが現在とは比較にならないほどだったという、埋立地の計画と地元民が漁業権を巡って反目したという事件は、地元の語り草になっているくらいだ。僕が生まれたのは1982年で、その頃にはパソコンはなかったけれども、生活のいろいろなものがすでに自動化・機械化の兆しを見せていた。用水路には産業廃棄物が見られ、中には日用品や工場に使われる部品のようなものから油が川に流れていた。20世紀から21世紀になると、水道インフラが進歩してかつてとは一変し、東京に入ると都市の中に透明な水が流れているという不思議な光景も見られるようになった。とはいえ、数年前まではアオコが発生したり、水質は必ずしも安定しなかった。中国でも、PM2.5が黄砂とともに、朝鮮や日本にも流れてくるようになっていた。それは日本でかつて起こった工業化が中国大陸でも遅れて推進されているからという説が一般的だった。しかしながらPM2.5は国内の火力発電所からでも発生する。また中国にはお茶の焙煎を薪から電気釜に戦後間も無く変化させたという事例もある。日本では空き地がなくなってくるにつれて焚き火の風習は無くなっていった。都市部で唯一使える火元は100円ライターやアロマキャンドルの火くらいだ。それでも暖を取るには及ばない。

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今と昔の互助の仕組み

コンクリートは重さを支える一方で、引き延ばす力に弱く、現代では鉄筋が背骨のように入った資材が一般的になっている。東京駅は辰野金吾が、コンクリートはドロドロしているので、焼き固めたレンガを用いたという。レンガができるまでは、版築が主流だったとされている。東京御茶ノ水にある湯島天神にある土壁は版築でできていて、風景とよく調和していたことが印象深い。

中国史における万里の長城は、秦代で構造としてまとまったとされているものの、それ以前の春秋戦国時代から土を固めて作った、匈奴と漢民族の文化圏の境目があるという。大学に通っていた2005年の時に実際にガイドさんの言うようには、かつてはそこに城だけでなく、城下町もあり、そこに数10万人が住んでいたという。実際の万里の長城は人が2人くらいの肩幅くらいで、ちょうど列車の線路と基礎が中国とモンゴルの間に横たわっているというような感じだった。向こう側には遊牧民族がいるのだろうか、やや灌木がまばらに地平に広がっていた。現代では民泊を斡旋するairbnbがホテルとして史跡を見学ができるという案も、2018年の8月に現地人や関係者との兼ね合いで中止になったようだった。

日本でも相撲ではモンゴル人が多く活躍している。源義経が実は生きていモンゴルに渡ったという、創作の物語すらある。日本では唐や明の文化が、中国の王朝が代わっても尚、和学に取り入れられていることもあるせいか、レンガで覆った万里の長城をあたかも始皇帝が独力で作り上げたという印象もある。その秦もまた西の遊牧民族に源流があり、秦と楚の関わりは春秋戦国時代から続くという。滝廉太郎という音楽家にも箱根の山を長安がある函谷関にたとえているところもある。また秦が栄える前に廉頗が趙で匈奴の略奪を防いで、アジアに漢民族の文化圏を広げたという逸話がある。かつては徴兵制がアジアでは義務付けられていて、文民としての立場から生活を意識した現実的で自由なものの見方が制限されているところはいまだにある。落語家の立川談志でも徴兵制を題材にしたものもある。しかしながら、戦いを繰り返してもその国は富強になるけれど、そこに駆り出される人は疲弊していくこともある。孫子の兵法にも戦わずして勝つという外交的な考えがあるが、史記ではまるで東洋の鬼のようなステレオタイプとして引用されることもある。

万里の長城ほどではないけれど、日本でも朝鮮半島でダムなどのインフラを作ったり、国の道路をアスファルトで舗装して、車でたどり着けない国土はなく、夜は街灯がもれなく照らしている。もともとアスファルトはイギリスで炭鉱からでる副産物を道路の舗装材に活用したこともある、中国でも欧米の文化を取り入れて進化の途上にあるということが耳に残っている。それから10数年する間にTシャツのタグには中国製と記されたものも多くなり、Qi規格とというスマートフォンを離れた場所から充電する方式のパーツは、中国の深圳を生産の拠点にしているという、その地域がどんな地域かはまだわからないけれど、日本と同じかそれ以上に進んだ文明ができていて、そこの人々が協力しあって暮らしている。その地域に固有のラーメンなどの屋台があればどんなものか知りたくなる。

日本では1980年代に安保闘争という、貿易摩擦を含んだアメリカとの関係修復があり、それが都内でもデモ行動などの対象になった。それからは政権が年を経るごとに交代していたものが、安倍政権からは4から8年に及ぶ長期政権になった。与党が強くなりすぎ、野党に政権担当実績が少ないこともあってか、税負担が国民に強いられやすい構造になっている。父の代では、細川首相の経済政策が妥当で、負担も軽く、明治大学の教授には村山首相が自らの主張だけでなく周囲の意見も取り入れて良くまとまっていたと言われている。僕はだれかリーダーになっても良し悪しがあると割り切ってなかなか選挙では優先順位がつけられないでいる。

2014年中国と香港の間で雨傘運動が起こり、それがBBCに中国で活動を制限された黄之鋒がインタビューを受けていた。社会主義と資本主義の2つの制度がが香港で両立することの矛盾を表したものだった。日本でも実は政治活動は経年行われてはいるものの、おそらく2014年が最も新しい教科書の項目になるとされている。とはいえ、政治的なことは僕はよく分からない、裁判官の信任投票ではリストの初めの人が印象に残るので、レ点を付けられやすいというくらいしか分からない。村上春樹が、もし殺人があったとして興奮した被害者が、犯人を罰しなければ安心できないという論調があった後では、天秤は報復に傾き、逆に落ち込んだ被害者が、もう他の人が傷つくのは見たくないと独白知れば、天秤はその逆に傾くだろうとしていた。感情はその状況と印象に左右される。礼儀では人は見かけに本性が現れると割り切るべきという見方もあるが、どうにも僕はそうなりきれない。

思い出の炊飯器

物置きから炊飯器が出てきた、2003年製造とある。丸っこい炊飯器で、元々は実家で米を炊いていたものを下宿先で一人暮らしをするときに使っていた。炊き上がるまで30〜45分くらいだったと思う。水は目安よりやや少なめにすると、型崩れしなかった。そのあたりの塩梅は今でも覚えている。

下宿先では、aiwaのラジカセと炊飯器がしばしば間違われていた。当時は、高円寺の雑貨屋さんで、掘り出し物を探しては、それを部屋に飾ることを試みていた。そこで観葉植物を持ってきたり、ツタヤでレンタルしたCDを、パソコンでCD-Rに記録して、選曲をやりくりしていた。それから、初めてホームページを作成したところは、デジカメと文章を組み合わせることを行っていたけれど、周りでは施設のカーテンの寸法をSQLに流していた。倉庫にサーバーがあり、そこでクエリという合言葉を作成するところが何やらアラジンのようで、僕は手作業とイラストなどの経験があったので遠巻きに見ているだけだったけれど、エクリプスというツールもどうしてメモ帳で書くことをフォーマットにする必要があるのかを想像するくらいしかなかった。それでも何かを記録したいと思ったら、データの元を作って、それを保存しながら、オープンソースでもデータベースを活用したいと試みることもある。

専門学校では通常のHTML作成に加えてMovableTypeという、法人でも事例があるが、個人のライセンスも無料というソフトウェアがGoogle検索で見つかった。それでもその時は、mixi日記にいろいろなことを書いていた。iPodの鏡面加工と食器のスプーンの加工技術は新潟市の燕三条で行われているということを手で触って確かめたという、パソコンで何重にも確認すればそれが確実なのにもかかわらず、どうして感触を確かめようと思うのかと疑問には思っていてもそれが腑に落ちることもある。また、沖縄ではデジカメの画像データを加工する講座が民間でも行われているようで、ブログにもその様子を見られた。

それでも自分の周りにはそこまでITに詳しい人は少なかった。それでもITに詳しい人同士のコミュニティに入ればそれで変わってくるのかもしれないが、よくいいように騙されてたり、口論や陣取りゲームになると勝てないこともしばしばあった。そういった中でもできることを続けていけることが、誰かのためになるのだろうと思いたかった。

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夏の青空と低炭素社会

台風の影響で、空が曇ってきた。今週は天気予報も曇りだったけれど、偶然陽当たりに恵まれた。光化学スモッグは気温が25度以上で、靄がかかる。そういえば2018年にスモッグの警報が出たのは8月2日の事だった。気象庁によると、7月から8月にかけて気温が上がり、8月2日の気温が高くなったピークなようだった。8月末になると秋の気配もし始めるものの、お盆を挟んで夏の様子がだんだんと変わってきている様子が見て取れる。お盆のはじめに、新しいソーラーパネルを試そうと思ったものの、その一週間くらいは天候が晴れと曇りの間くらいで、なかなかモヤモヤが取れない。雲も高い空に積乱雲があるかと思うと、地上すれすれに灰色の雲が浮かんでいる。なかなか夏に日光を浴びることが珍しくなるという環境があることが意外だった。

日用品を工夫することを、試しているときにそういえば普段どうしていたかを思い起こすとなかなか、標準的な状態を定義することが珍しいことに気がつくこともある。真夏に青空が見えることが実は台風や、夕立、ゲリラ豪雨などを踏まえると、意外に貴重な景色だと感じられる。今年の夏は確かに外に出られないくらいに、熱がある日もあった。そこだけみれば環境は温暖化しているという予測に傾く。それでもその進み方は一様ではなかった。2016年は冷夏で、あまりエアコンを気にする必要がなかった日々がある。その年の海水浴客は泳いでも寒くなる一方で、雲間からお日様が覗く日を心待ちにしていたという。それとは別に、僕もやや打算的ではあったにしても、せっかく準備したソーラーパネルの性能を試したくても、不安定な天候がいつまで続くかを気にしながら空を仰いでいる日が1週間くらいあった。

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ジュール熱と給湯の取り組み

エネルギーを電気から熱に変える試みは、なんとか実用的になった。それまでは電気コンロでお湯を沸かしていた。必要な分だけを、その場で沸かすという発想が世間からすれば目新しいものだったのかもしれない。ホームセンターには細い150Wのニクロム線と太い300Wのニクロム線がある。細くても、150Wもあればスマートフォンやパソコンが充電したり、稼働できる。電気とは何かを自分なりに解明することが必要になった。しかしながら、一般にはお湯は沸騰している状態で使っている、少し暖かいくらいでは感覚的に実用的でないのかもしれない。しかしながら12V5Ahの小型の牛乳パックくらいの大きさの蓄電池でもアーク放電や、60度くらいのお湯になった、緑茶にすると熱湯よりは湯あたりがいい。そこで氷を溶かさない二重構造のタンブラーがECショップや、お店にある。ステンレスでできていて、ステンレスは耐久性が高く、熱伝導性が高いわりに電気をあまり通さない。珍しい物質だった。ホームセンターで実際の性能を確かめてから応用を考えてみようと思うと、説明書には保温容器は空気や中に液体が入っていて煮沸消毒すると、熱膨張を起こすかもしれないので推奨されないとある。そこが腑に落ちなかった。ステンレス自体は沸騰しても耐えられるはずでも、なかの空気はそのような事情を知らずに膨張する。コーヒーショップの保存容器に暖かいコーヒーを入れることはできても、熱湯を入れると変形する。そのような矛盾があった。そこで悩みに悩んで、かつて空き缶の蓋をとって、植木鉢にしようと思っていたが、なかなか植物が根付かない、蓋の取れた空き缶は湯呑みやコップになっているだけだったので、それを活用しようと考えた。空き缶にはアルミ缶とスチール缶がある。どちらもステンレスと異なりメッキが着いた部分以外は電気を通してしまうようだ。それでも漠然と粘土を捏ねるよりはリサイクルにもなり、資源の特性を活かした工夫ができるかもしれない。とはいえ、コーヒーやお茶も添加物や砂糖がたっぷり入った缶コーヒーより、ティーバックやインスタントでもお湯と合わせて作った方が健康には良さそうだけれど、外を歩いているとどうにも熱中症になる。ただの水よりは、糖分も合わせて補えないとバテてしまう。背に腹はということだった。

例えば家は断熱材が入っていると、エアコンの効率が良くなり、温まりやすく、冷やしやすくなる。ある程度電気は必要だけれど、柱と壁の間に綿のような物体が充填されているとその役割が果たされるようだ。夏涼しく、冬暖かい。とはいえ伝統的な家の作り方では、間仕切りを工夫して風通しを良くして温度を調整する。夏に庭や表通りに打ち水をするような慣習も建築と関わりがある。とはいえ、自分が住んでいたアパートやマンションはそこまで伝統的でもなく、またコンクリートで堅牢に作られているわけでもなかった。そういった状況では、例えば熱を逃がさないようにする工夫が、エネルギー効率をよくする。断熱材といっても、なかなか加工しやすいものがない、アスベストやガラス繊維のようにかつては形を変えやすく、比較的安価で構造材になりやすいとして多く使われていた断熱材も空き缶の耐久性とマッチするかもしれなかった。そこでコルクボードと断熱性でGoogleキーワード検索をしてみると、コルクにも断熱性があるような検索結果が予想された、建物の建材にも断熱材の代わりになっているようだ、とはいえインターネットの場合実際に話を聞いたわけでも、そこに居合わせているのでもないので、いつもうまく行くかどうかはやってみないと分からない余地がある。

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叙情から新しい道を見つける

苦しみがあった方が、そのあとの報いも大事になるという。とくに何も情報はない、その場を動かしているのはそのための覚悟だけだという。それはそれでいいことだと思うけれど、無条件で相手に押し付けられるとそれを受け入れられる人は予め何かを諦めているようにも感じてしまう。人間関係ではどちらかが先に折り合いをつけることが大切だ。そのようにして帰り道もややも俯き加減で歩いていると、それが運を悪くしてしまう。どんな時でも気力で相手に気圧されると協力する人が離れたり、立場が弱まったりと、自分のみならず周りのためにもならないと、そこで去勢を張ることもたまには必要になるのかもしれない。

人はスポーツをするように状況判断を楽しむ、社会人でも、新卒から年配まで、その虜になっている。それはどのようなものかと目には見えない。僕はそれが大切でも何か形や相手が認識できるようにフェアであるべきと考える。それが逆にテンポを悪くしてしまったり、印象をやや暗くすることもないではない。民法では人を判断できないが、日常会話やスポーツでは人にランクを付けられる。誰もが戦士なんだろうと慨嘆する。

鬼が強かった。仏と鬼とではしばしば厳しさが必要になる。その2パターンでは、どうしても野党が与党に勝てないと言う流れになる。また第三勢力にも何か具体的な制度設計があるわけでもない。潰されれば困るけれど、逆らっても益がないそう言う立場がない人もいる。そういう人でも会話はできる。僕自身、何がなんでも実力があって、負けず嫌いの人に縋りたいとも思わない。するとそれは誰もが戦士でなくてもうまく回っていく。そこに規律として現れたのが修行という形式だった。

近年では、仕事に必要なことは英語に堪能な必要があるという。すると仏教的な世界観だけでなく、キリスト教的な世界もあるということが明らかになる。それでも世阿弥の例を取り出して、キリスト教は若い男性がコアになったもので、年配の人にはやはり年の功があるものが見直されるという。それも一方的にこられると誰でも当惑する。単純作業の繰り返しだと思いきや、どうにも縦の構造があり、そこでそれぞれが世界観を持っているようだ。とある編集学校は縦横もないと言っていたが、誰もそれでは構想が描けない。本音と建前があるようだ。

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道に咲く緑のなまえ

公園を歩いていると、多肉植物が花壇に茂っていた。誰かが植えたのかもしれないが、多肉植物は特に水をやらなくても、雨水を貯めて育つという性質があるようだ。近年ではヒートアイランド現象を予防するために、アスファルトをジョギングしても足を痛めないような材質に替えたりなどの工夫がされているようだ。それに合わせるようにしてか、街中には様々な植物が植えられている。それはホームセンターや花屋さんで手に入る苗か、または家庭や自治体で独自に育てているのか、猫や犬のようなペットだけでなく、物言わぬ存在感があった。もし線路に名も無い花が咲いていたり、沿線のガーデニングの影響を受けたりなどしていたら、都市で暮らす人には自然を愛でる心があるのかもしれないと取り止めのないことを想像した。アロエやセダムなどの多肉植物は、民家にもよく植えられている。僕もベランダにハーブ等を植えてはいるものの、なかなか思うように育たないこともあり、道すがらにあるしなやかな品種を見て勇気付けられることがある。パンジーやコスモスなどの色がついた花もいいけれど、葉や茎の緑でも花に劣らないような鮮やかさがある。
ある日、インターネットでニュース記事を見ていると、都電荒川線で、線路の中にセダムなどの乾燥に強い品種で緑化するというプロジェクトを見つけた。期間は2020年まで荒川線の3つの駅で緑化が実施されるようだ。実際に路面電車に乗って確かめてみようと思った。起点は早稲田駅で、池袋を通り、荒川区の街中を走っていく、車内はまるでバスのようで、PASMOか定額の運賃を車内で支払うような形式だった。1両の前後に運転席が2つあり、進行方向に運転手が乗っている。さくらトラムという呼称は、沿線にある飛鳥山公園の花見にちなんでいるのかもしれない。2016年では荒川停車場の一箇所だったけれど、2018年の今年に入って、東京交通局と東京都市大学(総合研究所/環境学部)の連携によって、路面でも環境と調和するような場所があるという。(参考:東京さくらトラム(都電荒川線)の軌道敷きにおける緑化実証実験https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/pickup_information/news/toden/2018/tdn_p_201803097818_h.html)
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不安定な配線を端子に作り変える

ソーラーパネルの端子が届いた、凹と凸の形の2タイプの端子がある。それぞれの端子の中には金具の端子があり、DCアダプターの端子に似ている。端子と導線を結びつける圧着は、専用の金具でなく、ラジオペンチでも代用できそうだ。ゴムのパッキンと肉厚なプラスチックで導線を固定する。導線は秋葉原の露店で買った+が赤で、-が黒の直径5mmくらいの太めのケーブルくらいを、それぞれ50cmくらいを切り出して、先日ケーブルが焼けてしまったワニ口クリップをはんだ付けして接続を試してみる。どういうわけか導線は太いと体力を使う、とはいえゴムが付いていない線では横から電気が流れてショートする可能性があり、またワニ口クリップでも、何かの拍子に擦れたりすると火花が出たりする。間違ってケーブルを踏んでしまったり、移動中に絡まったりすると感電のリスクがあるので、プラスチックの覆いを被せることは安全としても機能的にも必要だ。電子工作をしていると機能やプログラムが明らかになってくると少しでも丈夫なケーブルが必要になる。初めは、amazonにあったcopper wireこれは銅線のことで、日本でもホームセンターでは1本数百円くらいで手にはいる。USB端子は5Vで、原動機付自転車などの蓄電池は12Vが基準になっている。5Vでも基盤によっては継続的に動かしていると熱をもって、プラスチックのケースを溶かしてしまったりという事もあるかもしれないが、12Vほどのリスクは少ない。とはいえ、これからの未来に向けて水素電池やリチウムイオンバッテリーなども、特に電子工作に詳しくなかったとしても実社会で乗り物や電池に活用される事もある。しかしながらかつてに比べて仕組みが全面に出たり、または利用者が設定の予備知識やメンテナンスに携わる事もしばしばある。蓄電池は19世紀末のイタリアから基本型は変わっておらず、酸性の水溶液と2種類の金属イオンから電気を生み出すという仕組みは変わっていない。何事も安全で地道に越したことはないけれど、蓄電池は生み出すエネルギーや運動量に比べると電池の重量がやや重い、それに比べるとドローンやラジコンだけなくスマートフォンに使うリチウムイオンバッテリーは、生み出すエネルギーに比べて小型で軽量なので、特にドローンは電池を担いだまま自走することができたり、普段使っているスマートフォンはポケットに入れて持ち運ぶことができる。それは別に他と違う視点を得るという目的だけなく、エネルギー効率を改善するためのバランス感覚として必要になると思われる。
ソーラーチャージケーブルはDIYで作るDCケーブルのように思えた。ところが、ケーブルと端子をはんだ付けして、凹凸の端子を繋げてみる。実際に電気が通っているかどうかは、デジタルの電圧計を使って、安定して12Vが出れば繋がっていることが確認できる。それだけでなく凹凸の端子を繋いだり、離したりしても同様に12Vが維持できれば実用的になる。ケーブルは密着しているので、それを実装する前に比べると耐水性は格段に上がっている。ところが、実際に接続すると圧着した部分が安定せず、何度か付け直すことになった。また凹凸の片方のどちらかの端子に電気が通っているかを計測器の電極をそれぞれ入れたり、+側の赤い線の凹凸の端子と、-側の黒い線の凹凸の端子のどちらかが電気が通っていないかを個々に検証する必要があった、また凹凸の端子を離したり付けたりすると圧着が緩んで電気が流れなくなったりする事もある。圧着用の工具はプラモデル用に持っているペンチしかないので、そこは仕組みを考えながら必要な部分を代用していく事で工夫していきたい。
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