チェック漏れと縞模様

ミスがあって落ち込むそうになったが、なるべくはそれを謝りつつできるように改善を行なっていきたいと思う。数字の11と1を勘違いしていたようで、初歩的なミスをしてしまった。チェックに漏れがあった。できれば相手に迷惑や負担を掛けないように気をつけたいと思う。

UVテクスチャーのアニメーションによって、レンダリングエンジンに負担を掛けずにちょっとした動きを実現できるとして、キーワード検索して、見つけたものがあった。マッピングとテクスチャー座標のノードの組み合わせでUVテクスチャーがタイムラインによって動く、もともとは表情のパーツを変化させるためのもので、マッピングのY座標を紙芝居のようにずらして変化を付けるものだった。参考書にUVマッピングの記載が見つからず、インターネット上で見付けたものが唯一の手掛かりになる。GIFアニメーションは言葉が通じない中国のユーザーに分かりやすく表示するためのもので、スマートフォンでも通信速度を気にせずに見ることができる。動画の再生数より画像のほうが分かりやすく、またそこにGIFアニメーションが付けばより変化を伝えやすいと考えた。シフトレジスタ回路を使った時計や、小麦の収穫などでは、いろいろと準備はあったけれど、村人が畑に小麦の苗を植えてくれればそれが励みになると考えた。

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特長を養う

社会人になってから、経験を通じてわかったこともあるけれど、もともと何がしたいかはあるいは、学生の頃にできることもあるのかもしれない。とはいってもそこまで勉強ができたわけでもなく、たたけば埃がでるようなものではあるけれど。僕はもともと引っ越すことが多かったので、あまり学生生活が馴染まなかった。進学校に行ける塾のことは、高卒の先輩がよく知っていた。勉強ができて、リーダーシップもあるような人もいるけれど、そういったケースは稀で、大抵はどちらかに偏っていた。部活に一生懸命になっていた頃や、またはそこから塾に通いだした頃を繰り返しているような感じだった。そうしてぼんやりと、特長を培っていったところがあった。

僕はしばしば勘違いをする、それは何かを失うこともあれば、返って思いがけないことが見つかることもある。一方で勘違いが少ない人は、常に他の誰かが気にかかっているのかもしれない。学校にはまっすぐ行ってまっすぐ変えるような、やや寂しい時代が続いた。当時のゲームはまるでヤクザのような台詞回しで、小説や詩ならそれが緩和されるかと思ったらそうでもなかった。その頃から変なように標準語を使うようになって行った。それでいい人を演じたいと思ったのだ。ちょっとしたことでからかわれて、よく泣かされていた。そのせいか、あまりドラマや漫画で感動する頃には涙が乾いていることがしばしばあった。

パソコンはワープロや家計簿くらいしか、活用の方法がなかった。ゲームに出てくるドットグラフィックは、絵の具やキャンバスが無くてもカスタマイズができたものの、それがどのような仕組みで動いているかを理解しても、それをパソコンとは別の実機にプログラムを移すような術を知らなかった。当時では図書館の貸し出しや検索システムが、データを扱う一般的な事例だった。それに比べると教科書に載っていることは、やや画一的で、時代の流れに沿って変化するほうが継続的な学びになると思われた。とはいえ変化の先端には、常識を覆すような新しい慣習が試みられていることも往往にしてある。

webサイトに必要なHTMLタグは大学の情報と、専門学校で基本的なところを学んでから、専ら検索サイトで調べていた。当時は施設の様子をデジカメにとって、それをホームページにまとめるという作業をしていた。隣ではカーテンなどの寸法をデータベースに変換していた。どうにもホームページビルダーのドリームウィーバーというツールが似合わなかった。データベースにも興味はあったけれど、それを教えてくれるような雰囲気でも無く、データを学んでいる場合はビジュアルが必要になり、ビジュアルを作ろうとする場合はそれを補強するデータが必要になるというどっちつかずの構図があった。それでも学生の頃にある程度自主的に何気無くしていたことが、社会人になると挫折や嫌がらせという通過儀礼が必要になることを、僕はまだ自分がそうだったとしても他人にもそれを強要する気になれなかった。おそらく世間は階層化しており、自分が苦労したところが楽にこなせることもあり、それがもしかすると効率化の助けになることもあるかもしれない。

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システムの仕組みとイメージ

シーラカンスはえら呼吸でなく、横隔膜がついた肺を持っていて、陸に上がってトカゲになった、そして、トカゲでは変温動物で気候の変化に対応できない。かつては水の中は夏でも冬でも温度が一定の場所があるのでその必要がなかったのかもしれない。そこでネズミが現れて、そのネズミは当初はトカゲから逃げ回っているだけだったが、だんだんと環境に適用して哺乳類が生まれた、哺乳類ははじめは木の上に住んでいたという、陸上では肉食動物に襲われる危険性があったからだ、動物の本能では水飲み場でぼーっとしているところを捕食されるというケースがしばしばある。カエルはたくさん卵を生むけれど、大人まで成長するケースは珍しい、逆に哺乳類はあまり個体ができないけれど、無駄も少ない。
時計は歴史的にはかなり昔から存在していた。すると実際には古代でもパソコンのような仕組みも理論的には可能だったかもしれない、あるいは、人は個人ではそこまで万能でもない、坂道を降って加速して早く走ったり、水車の原理を応用して腕力以上の力をつけたりしても、それで個人の力が強くなるとは限らない。時計にもうるう年があって、そのままなだらかに循環するわけでもない。ある一定の周期で出っ張りがあり、その出っ張りが別の部品とタイミングよくかみ合うと、全体的には調和が保たれるような仕組みがある。
写真はまぶたの裏の網膜に幻が映る様子と、薄暗い部屋を小さい穴から覗いたときに映る景色が元になっているという。すると、最近では手ぶれ補正やミラーレスがついたと高性能なデジカメがあっても、そのルーツとややかけ離れてきているのかもしれない。それでも遠くにある文字を肉眼で見ることは難しい。天気がいい日にはスペインの原住民はすでに新大陸が岸が肉眼で見えていたという英語のエッセイがあった。それが本当だとすると歴史上にある新大陸の発見は意味では着床されているという仮説も出てくる。現代人は必要に応じてデジカメで写真をとってそれを虫眼鏡で拡大してその中に意図的に書かれた文字を読む、または記号や意図を正確に汲み取るという行為がデジタル世代にとって一手間になるかもしれない。動画も写真ができた明治時代には、応用されている。しかしながら肉眼の動体視力には個体差がある。連続した映像を現実に起こった、あるいはあたかも目の前にあるかのように想像するには一定の反復練習によって精度が上がるところがある。コマを回していると、止まっている時の模様は、動いているとまるで光の帯のようにチカチカと光っている。空を飛ぶ鳥でもカカシの側に丸い円盤や、模様があると、それを不気味と感じて避けるようになる。
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イメージから仕組みを考える

駅前から歩いていくと景色がだんだんと変わってゆく、今までのものに異なった見方ができるのが新鮮ではある。今だにミラーレスや一眼レフのデジタルカメラを持っておらず、デジタルカメラは4Kなどで高画質になるとかえって網膜がそれほど精密にはできていないので、ナチュラルな見え方にするとやや印象的になる。ドットグラフィックでは油絵の暖色かかった描写とやや輪郭がはっきりしたものが容量にしては見やすい。水の描写もジブリや、日本のアニメでは空や山の色を映したようなものになっている、海外のものは半透明の液体の描写になっているけれど、流体のシュミレーションをする上では後者にも軽量で、どこにでも適用できるという良さがある。コップに水を入れるだけでも、コップが透明なプラスチックだったりすると、反射してレンズのように見える。
パソコンのスペックはメモリが余っている機種でもレンダリングになると、大きく容量を使う、さりとてデフォルトの2GBでも、エクセルで人名やグラフのアイデアを考えるときには負荷が軽くても、長く考えることができる。それでもエイプリルフールの企画でmineCraftのドットの輪郭が荒くなっていて、もしマシンに問題がなかったとしても、トラブルが起こるとしたらどのようなケースが想定されるかをイメージするいい機会になった。グラフィックだけでなく、パーミッションの設定やログの取り方によっては、問題がなるべく早く解決するように工夫することもできるけれど、特長的なことは症状がある程度明らかになるまで待つことも、方法のひとつだと思われる。インテリアを工夫することも効果的だけれど、同じ経済状況で、モダンでカジュアルな外見と、シックでレトロな外見は、意図的というよりはその環境によって少しづつ作られたように思われた。高度経済成長期には千葉県の湾岸地域もいまとはやや異なって独特の雰囲気があった。同じ地域に住んでいても、見方によっては印象が異なる。それでも何がおこるか予想が付かなかった分、不安でもある。かつては、インターネットで映像を少しづつダウンロードするという事を行っていた。そのころは雑誌のカラーで一覧を見てからイメージを掴んだ方が解像度の高い構造的なものが得られるものの、自分にはない印象が通信とそれを形にする仕組みから明らかになっていく。英語の通信教育や、簿記のラーニングサイトなど、その場にいて少しずつできることが、漸進的に物事を進めてゆく、かつてはチャットに夢中になった頃は昼夜を問わずその反応が気になっていたものの、その間は落ち着いて考えにくくなり、やや熱くなりすぎているようにも思われた。
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言葉が紡ぎ出すイメージ

音声入力は、BBC放送のperiscopeを録音するときに使っていた、子供のころにこちら葛飾区公園前派出所の95巻(1995年)に、ワープロに20ピンの音声入力機器を取り付けてラジオ放送を活字にするという試みがあった。そこで文章にされた自然な語り口に引き込まれた。近年ではgoogle音声入力によって、おそらく入力したデータはなんらかのネットワークを介して、googleドキュメントに返ってくる。20年前のハードウェアに比べると20ピンの太いコネクタと、オペレーターが使うようなマイクがなく、両手が使える状態でできることが目に見える進歩ではあるけれど、やはり入力マイクとそれを識別するアルゴリズムの根幹は変わっていないように思われた。いまでも新聞で、取材に使うメモ録音の隣にある、ラジオ受信機などは変わらずにシンプルな形を探し求めてしまう。家電量販店に行っても、大手メーカーの頑丈なマイクと、その周りに数種類の昔ながらのラジオがある。
なぜそのようなラジオに惹かれたかっというと、想像力が湧くという点と、電車に乗る間に、2015年代となっては通信節約しながらストリーミングできるabemaTVがあるので、そこまで困らなくなったものの、自分なりのペースでページをめくりながら、そこから想像する音や映像に耳をすませるということが、なんとも漫画から気づかされるという形になった。海の向こうのBBCでも元々は元日にwhatsupのメモがあったくらいだけれど、そこから特派員が色々な国の写真や映像を集めてそれを説明するという盛り沢山なないようになっていた。その間にも、イギリスでイスラム過激派による痛ましいテロが起こったり、古い建材を使っていたグレンフェルタワーが消失したりと、日常がいかに奇跡に支えられているかを実感するにようになった。それでもそのような状況が一人の人気者によって加熱報道されるより、多くの客観的で、それぞれのペースで参加できるという形が望ましかったように思われる。それでも日本とイギリスでは9時間の時差があり、その頃は夜中の0-1時ころに、イギリスが夕方の4時くらいで、その雰囲気の誤差はあった、やがてはその場で全部聞き出そうとせずに、periscopeの動画ファイルを、音声入力の前で再生させて、わからないところや気になったところを調べてから進めるようになった。それでも未だに疑問なのが、動画ファイルを音声ファイルにすることは映像を分離すればできるけれど、音声をテキストに変えることは、未だにテープ起こしという作業が必要になっている、IBM Watsonがそれを自動化させる試みを行なっているものの、それでも翻訳と文脈による意訳のニーズは根強い。かつて明治時代に夏目漱石が海外の小説の登場人物の心情を、「月が綺麗ですね」という意訳をしたことで全く新しい視点を読者にもたらせたことがあったけれど、同じものを見つめることで、直接相手を求め合うことも素晴らしいけれど、お互いの性質を理解することができる。自分たちと異なる文化を見つめるときの参考になればと思う。
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イメージを組み立てる試み

レゴブロックにはイメージを補うようにパーツが凹凸でできている。もし、レゴブロックにカーブの面を付けたパーツがあればそれだけで表現の幅が広がりそうだけれど、イラストのようにもともとが平面、それが三次元的に奥行きを加えられたものだとしても、小さな箱のような単位でできているとしたほうが分かりやすい。もしARゴーゴルがあったとしてもその目の前に広がった仮想空間では、三次元的な制約があったほうがフィクションを受け入れやすい。それにしても、もともとはファミコンやインベーダーゲームのドット絵だったものにプレイヤーが想像を巡らせるためのデバイスとして、ARゴーゴルがあるというイメージは今でも斬新ではあるものの、ソードアートオンラインではそれがある種の仮説として提案されていた。ARゴーグルもスマートフォンをゴーグルに貼り付けたものでも代用されたものもある。
レゴでもそこまで装飾的なお城などを触ったことはなく、歴史の資料から補って考えることが多かった。その中でもセゴビアの水道や、やや華奢なイメージではあるものの、元は水が上から下に流れる習性を使って、水源から都市部にかけて緩やかに傾斜している。アーチの部分は負荷を分散するための仕組みだけれど、石組みにすると、石自体が重く動かしにくいので、実際の積載重量に比べるとやや素材が多くなる。現代では鉄筋コンクリートの橋ができて、橋桁の間には公園や駐車場ができるくらいスペースが広い、それでも橋桁はあらゆる建物の基礎のモデルになるので、多くのデザイナーによって踏襲されてきた。それは、ゲームの3次元の空間でも、アーチが使われて、ドット単位で凹凸がある軽量化されたデジタル画面でさえ、階段の半分のブロックと、石や木の四角いブロックと組み合わせてアーチや吊り橋に見せている場合もある。しかし、日曜大工では木をカーブを描いて加工することは難しく、手間と計算を要する。実際の用途では、素材と素材が協力して、あたかも一体であるかのように組み合わせること。とすると、実用的には一つずつ箱を積み重ねたり筏のブロックを繋げたりしても橋にはなる。
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