文章とキーボード

新聞小説の一日分はおよそ1000文字。それに回数を掛けるとおおよその文字数になる。4月から5月にかけて30000万字が綴られていることになる。普段小説を読んでいるときは、文字数が気にならなかったが、それが綴られている途中では続編は、まだだれにも分からない。セリフには会話調で連なっており、状況を想像で補っていく。スマートフォンのキャプチャーとGoogleドキュメントの文字解析からおよそ1/3にあたるのべ10回分を文章にコピーしてみる。会話と描写が10000字くらいにわたって続いていく。

産経電子版はスマートフォンだけでなく、パソコン版のPDFもあるけれど、デジタルの活字にはなっておらず、スマートフォンより大きな解像度で文字を読みやすく拡大できるくらいでその分てにをはにいたるまで文章を読み取り易くなる。中国語のデジタルwebノベルをGoogle Chromeの翻訳を使って、日本語に読み替えたことがあった。コンテンツはどうにも母国語によってしまう。かくいう僕も英語や中国語がはなせず、普段の会話や思考は日本語に置き換えて行っている。主語があいまいだけれども動詞や固有名詞は自動翻訳でなんとか文意が、浮世絵のようなイラストによって情景が想像できたけれど、改めて日本語版に翻訳された文章を読むと、意味合いは変わっておりそこで想像が補われることも多かった。新聞小説には毎回1回につきイラストが1点、追加されている。スマートフォンのキャプチャーからワードに貼り付けてみたけれど、あえてテキストだけてイメージを膨らませることにした。SNSではとくにニュースのリツイートが選り抜きのカメラマンによって意図して取られた写真を効果的に使うことができるものの、なんだか並べてみるとガチャガチャしている感じがする。パソコンやスマートフォンで気軽にコンテンツを作ることができるという点でははてなブックマークやfacebookにも表現の幅はありそうだ。センセーショナルな見出しが並んでいると、編集者の機嫌が優れないのかとつい気を使ってしまう。

現在ノートパソコンを持っていない。ウェブデザイナーだった頃に紙媒体を素早く読み込むための工具として、macBookProを6年前に購入した。WindowsOSではA3などの写真が付いた広告を読み取ることが困難だったが、macOSではそれを効率的に読み取ることができる。しかしながらwindowsOSでもmacOSでもキーボードは同じUSBケーブルから入力することができるため、デジタルカメラの写真や動画が重かった分、テキストがシンプルで貴重なものに感じられた。現在ではエクセルやワードなどのオフィスもバージョンが遅れて動かなくなっている。年月が経つにつれて変わることもあるが、変わらずに残ったものもある。

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検索と辞書

分からない単語があると、インターネットのGoogleのキーワード検索を繰り返していたが、検索エンジンでも実際には辞書の索引を引用している。もし任意の書類やPDFにキーワードを検索する機能があれば、便利だけれど。そうするためには、あらかじめ紙媒体の資料をデジタル文字にスキャンして、それを連想配列のように升目に登録しておく必要がある。そのようにして頻出する単語は利便性がある。また歩いているときに辞書を持ち運ばなくて済むようになっている。Google検索も断片的な情報を体系化することに長けている、正確なデータでなくとも、SEO対策によって、書籍やお店が広告用のキーワードを一方的につけて、利用するユーザーのアクセスによって、必要な単語が最適化される。オンラインショップのamazonでは、ロングテールという、比較的マイナーな商品が少数ではあるが、宣伝広告を介さない形でも、その場所を覚えているか、または検索キーワードでアクセスすることで、細々と存続するケースがある。当初はamazonでもその在庫を把握できずに、ドメインを国内ならamazon.co.jpでアメリカならamazon.comに指定して、キーワードをGoogleで検索することがしばしばあった。しかしながら、やがてはAmazonにも専用のキーワード検索ができるようになった。もともとはAmazonも雑貨を扱うお店で、インターフェースも可読性よりも、丸みを帯びたおおらかなフォルムでカテゴリを充実させていくというどちらかというと規則性や網羅性はそこまで重要視されていなかった。

Googleのキーワード検索も、創業者のペイジが、Yahoo!の日本でいうタウンページのような電話帳に付箋のような形で広告Adsenseを端に足すもので、それがキーワード検索とは直接は関係ないが、広告収入になった。Googleはキーワード検索が無料ではあるが、国内のデータベースで行うと、設備費や維持費をまかなうための従量課金の仕組みをとる必要がある。amazonのDBである、AWS(amazon web service)でも、SNSの画像や動画ファイルなどの倉庫としてつかわれているが、実際には維持費が掛かっている。そういった意味では普段よく使うものだけでなく、多様性の特長を見つけることが必要になってくる。しかしながら、もし電子辞書や電子書籍に索引だけでなく通信用のWiFiがあったら、翻訳機のポケトークのように録音機能が無かったとしても、連想的に意味合いを広げることができそうだ。しかしながら電子辞書には情報をコンパクトにして持ち運べるようにするという意味合いがある。

または、もしコマンドラインでGrepのようにキーワード検索ができるすると、配列でキーワードが帰ってくる。簡単な卓球のようなだけでも、情報を網羅することができる。しかしながら、もし検索エンジンがGoogleの介在がなく、直接辞書を参照すると、それはさながら一種の物語のようではある。必ずしも必要な情報ばかりではないが、連想を材料をアナログに組み合わせることができる。

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自分を取り戻す話題を作るための手段

ビジネス書が読まれるときは何かがうまくいっていない時がしばしばある。作者がいい作品が世の中に貢献することは少ないといって半ば冗談混じりでだったけれど、それからビジネス書で巷の話題を釣ることが話題の種になっている。欲を持たないで我慢する事を勧めるのに最も効果的なことはむしろ反面教師的にギャンブルを教えることだという、ギャンブルではなかなか一時的な欲では勝ち越せない、疑似的に平らにならされてゆく。情報化社会になって誰でも経営者のマインドで相手と話し合うようになっている。アメリカの経営者が、どんな従業員でもリーダーの気持ちがないと、本質的なやる気が出ないという。またいくつかの組織になると扱う額が大きくなる。それでも場で大きな手が出るよりは返って慎重になっている。中国での買い物ではどういうわけか検閲に合う、そうなると気になって仕方がない、今だに中国ではGoogle系のアプリストアが全く機能しない。確かに、日本でもGoogleができる少し前までは、人づてに話題を探ることが多かった。Googleでキーワード検索をしても、そもそもキーワードが思いつかない、そのように情報集めをすることが自分の一次的な欲求を満たしているだけと思われることも多い。珍しいことに僕は、誰に対してもそういったことは人に聞かずにGoogleで検索してくださいという類のことはいったことがない、相手が疎外感を覚えてあまりメリットがないからだ。そういった場合は、そのような専門知識は目的に応じて必要な分だけを提案するとどうかという風にアドバイスをすることにしている。それだけキーワード検索が便利だったということもあるけれど、いざ自分が持っているcsvデータにキーワードマッチング機能をつけるとなると、一度データを配列という単語と順番に置き換えて、検索用の入れ物に移し替えるという作業が必要になる。検索は、多くの情報を扱えるというよりは、自分が何かを知るきっかけが少ないキーワードの方が扱いやすいということだった。そういった機能は図書館の本棚検索でも同じような機能があったかもしれない。中国に旅行に行ったときにはスーパーマーケットにで口と入口があったのがめずらしかったけれど、日本でも通信ネットワークが建物ごとに限られていたりと、公共的なことは巷の噂ベースになっている、話し方を工夫すれば色々な可能性が開けるという希望がある一方で、それを釣り上げて相手を操ろうとする人もいる。大阪に行ったときは、街の空気が東京ほどギスギスしておらず広告のメッセージにもそこまで圧迫感のあるものはなかった。
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