相手の弱みにつけこまない道

最近の脅しは巧妙になってきている。直接でなく、間接的にというパターンが増えてきた。曰くセクハラやモラハラの技術を競っているという。その一方でなかなか一般的な価値観が得られない。かつてニュースのリツイートは、編集者を志望する人が、自らをキャスターに見立てて配信していたけれど、なかなか影響力が得られなかった。ニュースを配信する側の都合と、受け取る側の倫理観が合わない事が多いからだ。誰もが重要な役割を得たがっているけれど、それはそこで置かれた立場に満足していないという根拠もある。僕などは相手に要求をする余裕はあまりなく、自分のできることはいつでも手伝って欲しいというスタンスで、指導者が高圧的な態度をとっている場合は返って、時代の変化に乗り切れず、言いたい事がうまく伝わっていない状態だとも思ってやり過ごしている。
関係のない人を揶揄しているのであれば、特に気にすることもない。手書きでたどたどしく宛名も書かずに、エントランスホールやエレベーターに書かれた張り紙には哀愁を感じる。あれは僕のことじゃない、僕のスキをつこうとしてきた嫌がらせでもない。と言い聞かせる。団塊世代を動かすための理屈として、レシート一枚はタダだけれど、タダほど高いものはないというように、金銭感覚をくすぐるのが効果的ではある。それもエンタメ業界の一部で使われている放送作家の方言のようではある。仮に圧力を受けたとしても、そこで相手に謝ってもいい事がない、善意からお互いに負担が少ないように気を使うくらい。それでもそこまで体力が続かない、自分のことにもあまり関心がない。僕自身に特別なコストはかかっていない、それでも特段ないがしろにされているようにも思えない。日本では特定の個人に負荷がかかるような村社会になっていることもある。しかしながら、村と村同士の交流はあまりない。
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