チームで描く絵の下書きのために

できれば関わる人のパフォーマンスが良くなるように動きたいと思った。
仕事がしんどいものから、場に臨めるようになれば、経験を積めるチャンスにもなる。時には経験と年齢が比例しないこともある。その人なりに、考え方があり、どのように同意を引き出せるだろうか。
相手が同意することで、良くならなければなんとなく後味が良くない。僕もできる限りの努力はしているつもりだけれど、相手にしてみれば、いいように振舞っているだけに見えるかもしれない。どのように望んだらいいかを考えながら、オフィスに比べて少し外の空気に触れて、その場にいる意味を考えようとした。
声が上手く出ないことが多い、後ろめたいことを考えなければ、自然と相手に伝わることもある。役者さんは演技に何も含むところがなくても、中立のパーソナリティが見る人に伝わることがある。そこにはデータに書き込むような証拠はないけれど、どこか存在感がある。もし、僕とは違う責任あるポジションにある人がいたとしても、相手に過度に頼りすぎずとも、相手の支えになることができるようなコンテンツがあるのかもしれない。もしも、漫画や小説にのめり込めなかったとしても拠り所になる理念のようなものがありそうだ。僕は、少々インドアなところがあり、スポーツに比べれば運動量は少なかった分、文章や写真の伝え方や見せ方を考える機会に恵まれた。その中で、相手の生の伝えたい気持ちがなるべくシンプルで、特定の枠組みに寄らないような考えが描けたなら、相手には励みになると思った。それでも、より積極的な場合では、自由に描画ツールをマウスで動かしたり、パワーポイントのあしらいを楽しそうに考えたりするところで、ただ作業に望んでいるより有意義な時間が共有できる。自分の実績にはならなくても、誰かが上手く仕事ができるようにアシストできたらいいなと思う。得意なことや慣れたことを仕事にすれば、負担は軽くなり、効率は良くなることもある。それでも、相手が仕事をしやすくなければ、成果に結びつかないこともある。仕事にはクリエイティブなものもそうでないものもある。インターネット上のwebサイトを見るとどちらもホームページであり、コンテンツになりうる。話が得意な人も、ルックスがいい人も、または何でもないひとでも共通して、納得できる要素がある。それを抽出して、ある条件で相手に伝えると共感されることもある。それはとても有難いことだと思う。
漫画家は絵を描いて、架空のメディアを作る。それ自体はフィクションも含まれるかもしれない。しかしながら、仕事にも携わる人が価値を共感しやすいような物語が含まれている。そのモデルを読み解いて、相手にそれがあたかもライトノベルのシナリオであるかのように伝えれば、絵を描くことがより楽しくなる取り掛かりになることもある。
僕は初めは何かを写したりなぞったりしかできなかった。今でも、文章を描くことは素直な考えをなぞっている。それ自体が何かを生み出すことは物理的にはあり得ないかもしれない。しかしながら、なぞることや例えることで、モヤモヤした課題を相手にも手が届く形に置き換えることができる。形にするだけでは、そこにあるだけなので、それを運べるように加工したり、袋に入れたりする必要がある。限られた条件の中で、より洗練された方法として受け手に認識されることもある。
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