多様性とサイクル

mineCraftの畑にハチミツブロックでクッションを付けると、畑が踏み荒らされることがなく畑は維持されている。ミツバチの受粉によって作物の成長を促進することは、屋根を付けることでミツバチの飛行ルートを絞って、畑の上を飛行するようにしたが、なかなか花粉が作物に行き渡らない。としていると、うっかり閉じ忘れた端のトラップドアからミツバチが一匹外に出ていた。タンポポを手に持ってトラップドアを開けて、再び建物の中に入れる。ハチミツは定期的に溜まっていくが、ガラス瓶をディスペンサーに複数入れる必要があり、自動化しきれない部分もある。ハチミツブロックが畑のクッションに必要なために、収穫される必要があるが、受粉による作物の成長促進のほうをなんとかしたかった。ちなみにアップデートされる前のミツバチとディスペンサーとオブザーバーを組み合わせたコンパクトな仕組みはガラス瓶を空の状態でホッパーに流すようで、上手く動かなくなっていた。ミツバチの巣箱から直接ハサミやガラス瓶で採取するとミツバチが怒るために、ディスペンサーと組み合わせる必要があった。アップデート前には巣箱にハチミツが溜まらないという不具合もあったために、自動化の仕組みは流動的な部分もある。昆布でも乾燥昆布を束ねる動作は自動化できずに、手作業になっている。

当初畑は、棚田を想定していたので天井がない状態で周りを生け垣で囲っておこうと思ったが、村人が落雷にあってウィッチになってしまったので、屋根を付けることにした。天候が雨や雷雨に変わる頻度が多い気がする。畑の両サイドには、トラップドアを被せたハチミツブロックが一列になっており、まるで畑が川のようになった。3日ごとに堤防が開いて、収穫用の水が流れるようになっている。大枠ではゾンビに襲われないように城壁を囲う必要があるが、畑には囲いが低くなっていて、見え方が変わってきた。小麦の成長スピードが遅かったので、村人の農民を3人から4人に増やした。ビートルートは成長スピードが速く、農民は3人だけで、縦3マス、横7マスの畑に苗が植えられる。畑には3種類あり、小麦の畑と、じゃがいもとニンジンの畑、ビートルートの畑がある。小麦を水流の上流に置いていたので、じゃがいもとニンジンの畑に小麦の苗がいくらか混じる。ビートルートには別の苗が混ざっていてもいずれ苗が揃うようになっているようだ。作物の種類によって昼夜のサイクルは異なるようだ。畑を囲うのでなく両サイドにさりげなく水を通さない柵をフラットに作る。本来なら作物を区別するガラスの壁にも扉を作りたいところだが、小麦とじゃがいもやニンジンはそこまで変化はなさそうだけれど、ビートルートだけは分けて置く必要がありそうだ。ビートルートは村人の村まで移動できるだけの資材が整ってからになるため、作物では必須ではない。スープの具や交易の材料になるくらいで、ニンジンのように馬を操ったりという付加価値は備わっていない。

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叙情から新しい道を見つける

苦しみがあった方が、そのあとの報いも大事になるという。とくに何も情報はない、その場を動かしているのはそのための覚悟だけだという。それはそれでいいことだと思うけれど、無条件で相手に押し付けられるとそれを受け入れられる人は予め何かを諦めているようにも感じてしまう。人間関係ではどちらかが先に折り合いをつけることが大切だ。そのようにして帰り道もややも俯き加減で歩いていると、それが運を悪くしてしまう。どんな時でも気力で相手に気圧されると協力する人が離れたり、立場が弱まったりと、自分のみならず周りのためにもならないと、そこで去勢を張ることもたまには必要になるのかもしれない。

人はスポーツをするように状況判断を楽しむ、社会人でも、新卒から年配まで、その虜になっている。それはどのようなものかと目には見えない。僕はそれが大切でも何か形や相手が認識できるようにフェアであるべきと考える。それが逆にテンポを悪くしてしまったり、印象をやや暗くすることもないではない。民法では人を判断できないが、日常会話やスポーツでは人にランクを付けられる。誰もが戦士なんだろうと慨嘆する。

鬼が強かった。仏と鬼とではしばしば厳しさが必要になる。その2パターンでは、どうしても野党が与党に勝てないと言う流れになる。また第三勢力にも何か具体的な制度設計があるわけでもない。潰されれば困るけれど、逆らっても益がないそう言う立場がない人もいる。そういう人でも会話はできる。僕自身、何がなんでも実力があって、負けず嫌いの人に縋りたいとも思わない。するとそれは誰もが戦士でなくてもうまく回っていく。そこに規律として現れたのが修行という形式だった。

近年では、仕事に必要なことは英語に堪能な必要があるという。すると仏教的な世界観だけでなく、キリスト教的な世界もあるということが明らかになる。それでも世阿弥の例を取り出して、キリスト教は若い男性がコアになったもので、年配の人にはやはり年の功があるものが見直されるという。それも一方的にこられると誰でも当惑する。単純作業の繰り返しだと思いきや、どうにも縦の構造があり、そこでそれぞれが世界観を持っているようだ。とある編集学校は縦横もないと言っていたが、誰もそれでは構想が描けない。本音と建前があるようだ。

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より良い習慣を作るために

心配事か重なると体がなんだか重くなる。自分ではそれを気をつけたり反省すれば解決すると思ったけれど、ある程度自分で目的を持って行動することで疲れを取ってゆく。季節の変わり目か、モーターのポンプにガリガリという音が入ったのは先日の夜中ごろだった。異物が入ったかと思うと、金だわしのフィルターで防いでいるのでそれはなさそうだ。先日は夜中じゅうその音が唸っていたのであまり眠れなかった。それにしても吸い上げ式でない方のポンプは数ヶ月動いていたのに、ある日状況が変わってくる。おそらく気圧の関係かもしれない、5月から6月の変わり目で気圧が変わった。梅雨入りも影響しているかもしれない。人と人との対話は必要だけれど、そこで目的だけでなく、それ以上に意図的なものが作用することがある。マスコミでは、損得を強調するために、心のこもったメッセージにはお金に代え難い価値があるということを数字や金額を誇張して伝えるという風習がある。僕はそういったものには関わりようがないけれど、そのなかでもどのように行動したりすればいいかということをあれこれ思い悩んでしまうこともある。生きがいとは詰まる所意地の通しあいだという、自ら残業するのも、またその場のことを気遣って残業しないのも同じように意地なのかもしれない。ならばせめて、あまり角が立たず、お互い消耗したり、指摘しあったりしないような関係を少しずつ作って行きたい。
最近は、たいてい他人にあうと、枠の外からどうだ参ったかという圧力が見えそうでやや当惑する。僕はそういったものをやり過ごしながら、なんとかその場を繋いで行くしかない。巡り合わせが良くないものの、後から取って付けたようなシチュエーションもしばしばあるので、単純に運気が下がっただけでもないようなところがある。それでもこちらからどうにも提案できないのが、悩ましいところではある。意地と恥のせめぎあいを解消して、もともと自分がなすべきことを見つけていきたい。
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思うようにならない状況と向き合う

自分にはどうにもできないけれど、うまくいかないことがしばしばある。ある人によると三日に一回は転ぶ、または何かを勘違いするという。そのアヤが目に見えないので、習慣的により安定したものにすがる、または自省をするというようになる。よく社会に出たての頃は、何もかも自信に満ちてキラキラしていたのに、数年経つと小慣れてくるという、ところがそれは学生の頃からそうだった。小中学校でも新入生と二年生では多少の心構えに差がでてくる。それでも時が経てば何もかも解消されるかというとそうでもない。よく人の振り見て我が振り直せというけれど、僕は他人にどうこういえるほど完璧ではない。電気は目に見えないが、人と人の間にも目に見えないけれど、うまくいったかいかないかがある程度伝わるような共感覚がある。それは義侠心というようで、しばしばそれが通るか通らないかという場の雰囲気を読もうとしているタイミングに出くわする。ある人が人は人格者にはなることができない、優しさを守るためにもある程度の強さが必要だといっていた。厳しさと優しさのどちらがいいかわわからない、それでも何かに便乗するというのも気が乗らない。人は一人では生きられないとしても、強者の威光や権威にすがるのはどこか気後れする。とはいえ、もし運が悪いとまではいかなくても、うまくいくと思ったことがうまくいかないという状況から何か観察できることはないだろうか。
基盤に半田付けをした要素にジャンパーワイヤーを繋いでいた。その時は状況が整っていてE-inkの液晶もポンプもうまく動作していたが、あるとき、ワイヤー5本を束ねている接合部分を手で触ると、再起動してしまう。特別ワイヤーが傷んでいる様子もなく、触ると電気の流れが悪くなるのなら、ビニールテープで絶縁効果を用いれば解消するかもしれない、ところがビニールテープを巻いている間にも挙動は安定せず、E-inkは表示が掠れて、DCモーターをつけたポンプは動きが止まってしまった。それでもワイヤーを不自然に触ったりしなければここ3日くらいは正常に動いていた。WifiもapiからMAMPのローカル環境やmediatempleのレンタルサーバーに変えてから通信は安定してきており、エラーがあれば判別もしやすくなった。それでもレンタルサーバーのmysqlや管理画面へのログインのパスワードが、単純で覚えやすいパスワードから、少なくとも大文字小文字や数字を混ぜた覚えにくい複雑なものに変えるというルールに変わっており、今までできていたことができなくなって困惑した。書籍から学んだスキルが使えなくなってしまうという不安がよぎる。それも考えようによっては取り決めや巡り合わせの問題でもある。そこで、普段の行いが良くないから状況が有利にならなかったり、思わぬところでつまづいたりするという、確かにそういったことを事前に示し合わせておけば、何事もなかったような性質も多い。それが故意によるものか、偶然かということは結果やその影響から判別されることがほどんどだ。仮に誰かに嫌がらせの意図があったとしてもそこにムキになって時点で、こちらが不利になる。なんとかやられっぱなしでいられないようにはできないだろうかとも思う。そうは言ってもそれを気にしないでいられるような何かに取り組んでいたい。
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ペースメーカーの素になるもの

何かが上手くいかないと、色々なことが影響してままならないこともある。そこでせめて一つでも取り掛かりがあれば、そこから抜け出せるのか、あるいは足掛かりになるのか。行き当たりばったりというところがあって、やりやすいところを進めてみたり、あるいはひとりでにややこしいところにこだわってそこで悩んでいるということもある。
我流で、モーターの半田付けをしたことがあった。Amazonで通販で買ったポンプの端子が大きくなく、いろいろと調べてそれが5V-12Vで動くことが明らかになり、コンセントの交流電圧を直流電圧に変換できるアダプターを購入して、そこから+と-の電極を取り出してのらくらと稼働させている。最近では、藻が詰まってあまりせせらぎの音は出ないけれど、およそ半年くらい稼働している。予期せぬ自体があった、モーターをシリコンチューブにつないでハーブを育てていると、根っこが鉢植えの淵に伸びだので、そこからわずかに水が伝って、ポンプが空回りしたこともあった。根っこをまた鉢植えに手でしまうということをアナログで行った。昨日までは水漏れもなかったのに、期待して日中眺めていても、なかなかハーブの双葉が伸びたりも、茎が伸びたりもしないのに、忘れた頃に思わぬ変化がある。
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過去から未来への流れ

漫画とSFがセットになっているようなコンテンツは、どちらかが手詰まりになった時に相互に補完し合うようになっている。最近のテレビは漫画が原作になっているものが多いけれど、それは作り手の人格がそのまま、作品に影響すると信じられているからかもしれない。その人自身がとても覚えられないような難解さを持っていることもしばしばある。難易度や技術的に洗練される事に越したことはないけれど、なかなか現実が物語になっていると、そこから仮説を立てることが難しくなる。高度経済成長がすぎて、個人主義から、また集団を作ってそこで暮らすようになった。ひとりより場を優先するという思想が再生されていった。欧米のような資本主義でも、ロシアや中国のような社会主義でもなく、共同主義という、あまり主義を持たないような、捉えどころのないグループが形成されていく、そのルーツは戦後の復興から、ものづくりやビジネスが再生された頃でも、なかなか現代では少子化が進んでいるものの、そのシステムがどのようなものだったかを捉えにくくなっている。学研の漫画などは、小学生が歴史や自然科学を学ぶ上でアニメのキャラクターがあると、より具体的に流れをつかみ易くなる。歴史の教科書や、建築のカタログでは、誰が何をという関係性がわかりにくいけれど、身近なものに置き換えて考えると、小難しいものだったものがだんだんとシンプルになる。
漫才やバラエティ番組でも、頭を柔らかくして、会話や表情のバリエーションを増やすという特長があるようで、自分はあまりそういった面白さはないかもしれない。しかしながら、歴史が短い時間でまとめようとするとやや短絡的になる傾向がある。それでも人気がある人の名前や性格はすぐに覚えられるのに、特にこれといった特長がない場合はなかなか取っつきづらいところがある。かつて塾でくだを巻くように駄弁っている人に便乗するべきではないというアドバイスを聞いたことがあった。相談にはなるべくは乗るべきでも、愚痴には耳を傾けるとそこにはまってしまうという、SNSのいいね!ボタンにも、押すことで沼にはまってしまったり、キャッチコピーのタイトルを見ただけでそれが気になって仕方がないということもあり得る。気づきは感度が良くても、そうでなくても一長一短があるように思われた。かつてダイヤル回線を使ったチャットが隙間時間にいつでもできるようで、そこに何らかの用事を見出してしまうというコンテンツとして成り立っていたことがある。社会には、言いたくても言えないようなことを誰しもが持っているようにも思われた。
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趣味が癒した物語

はじめに挨拶を行わないと実は協力できそうな関係でも、こじれてしまうことがあるかもしれない。何かを急いでいるときは、思わず相手のことを忘れたり勘違いしていることさえある。それだけ夢中になれているということもあるけれど、多くの場合は錯覚で現実に戻る時につらい。ある人が、ホームページを作りながら挿絵を書いていた。一般の雑誌に比べるとそこまで魅力を感じなかったかもしれない。またとりたてて巷にあるような萌えキャラを書いていたわけでもなかった。中にはバットマンのダークナイトの2代目の役者がお気に入りらしく、何度もバリエーションを書いていた。バットマンのダークナイトは後に、名画として進められて見ることになったけれど、少しスピードが急で見ていてあたふたしてしまった。その間でも、ダークナイトのジョッカーが出るシーンはバイオレンスながらもどこかコミカルで安心してお芝居を見ることができるという。また、それがルックスが優れているとか、主人公のバットマンより強かったり、賢かったりするというよりキャラクターの魅力を感じたという、僕はその語りには混じれなかったけれど、どの道物語には欠損を抱えたキャラクターが、それを取り戻すことなく読者と結びつくものでもあるかもしれない。妖怪ウォッチのジバニャンという猫は、交通事故で耳が欠けている。それを感じさせずにいつもあっけらかんとしている
僕らの世代でははじめは少年漫画しかなかった、それでも少年漫画の暴力シーンは正直苦手で、どうして青筋立てて殴り合うのかがいまいちピンとこなかった。高校生の時に、初めて喧嘩を見たけれど、後味はあまり良くなかった。まるで頭から赤いリンスをしたように血のりが付いていた。ところが、それからその喧嘩をさも自分が戦っているように話してしまったので、そこでまた怪我をすることになった。僕は、クラスでは生徒手帳に緑の羽根募金をつけていたことがなにやら勲章めいていて鼻に付くらしく、それで呼びつけられてしまった。それでもいざそこで巻き込まれると、なんだかどうでも良くなってしまって、とりあえずなんとも面白くないやつとして逆に同情されるような形で、一人で帰っていった。話し相手はいたものの、とりたててスポーツができるわけでも勉強ができるわけでもなかったので、単に一人でいることになれた人のいいチビという感じだった。そのチビがどうして、漫画やアニメで主役になれるだろうか、またブレーンのように周りをサポートするずるい役にもなれない。
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会話の元になる問い

僕には色々な側面がある。
その中でも、変化が適度に起こる方が、気が楽になる。
グループワークだけでなく、ちょっとした会話も萎縮した雰囲気になってきていた。そういった中で、普段から元気が出せることも大切だけれど、
僕はそのことで相手の評価を気にしてしまっていた。どこか落ち着きがない真面目さになっていて、それが相手にはあまり誠実でなく冷ややかな印象を与えることもある。とにかく明るい印象だけを持とうと思うとどこかで画一的になってしまう。
・現実をの変えられる理想を持っている
・イメージに共感してパフォーマンスを発揮する
・できることとそうでないことを分ける
・現実的に共通する課題を掘り下げる
それでもあるウェブサイトとそのパッケージからカスタマイズした事例を見ているうちに、グループでもそれぞれの得意分野やできることを示し合わせられるような傾向もあった。システムなどでは長期的なキャリアプランや、安定のブランド力などに寄り添いたいけれど、日常ではなかなかそういった案件ばかりでもない。ある種、くじ引きの要素もあるという。そういった時、どのような分野が客観的にできるかを考える。
グループの中では、気持ちの波もあって、その場の雰囲気と合わない時もある。ちょうど納豆と牛乳が合わないことと似ているかもしれない。
それぞれを個々に見れば、栄養にもメニューの素材にもなる。組み合わせをイメージしながら、今までにないものにも視野を向ける。そういったことも、元々は思い込みが激しく、相手の要望い対応できないやるせなさが落ち着いた頃に思いついた。中には、相手に目線が下や明後日の方向を向いていることに付け込まれ、意のままに操られることもある。グループでパフォーマンスを発揮するには意味での肩の力の抜き方を身につける必要がある。僕の中でも、先のことや技術の体型が全て分かる訳でもない。
緊張の度合いと、コミュニケーションの相性がある。
何事も明るいに越したことはないけれど、いつでも明るさをごり押しされると、こちらでは本音をうまく伝えられないこともある。
それも、海外の空気がうまく伝わったことで、村の中で村長が村人をまとめるだけでなく、それぞれが、思い思いに目標を目指してくれたことがある。
ある二人がいた。
それぞれ一人ずつと、会話してもうまく会話が噛み合わないこともあるけれど。その二人が組むと、片方が疑問を投げて、もう片方が答えを返すというキャッチボールになっていた。そういった事例は、コミュニケーションが苦手ながらもいくつか目の当たりにしたことがあった。仲のいい二人だからといっても、昔からの付き合いばかりとも限らない。共通の課題や、苦手意識、進路などで、関係性を深めるきっかけになる。
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