ケーブルと端子

MSNポータルサイトに赤文字で、ラグビーワールドカップのテキスト速報が赤い帯で表示されていた。しばらくすると、赤文字は落ち着いた紅色になり、テキストはセンターから左寄せに変わった。ニュージーランド対ウェールズはどちらがタッチダウンするのだろうか。また前後の空白のマージンも等間隔になっていた。

マグネットケーブルが昨日に繋がらなくなったものを、別のタイプのiPhoneのマグネット端子があったamazonの購入画面にはMFi認証のマークは無かったが、持っているiPhone6sを含む第四世代に対応している。工具箱にはType-Cの予備のマグネット端子がある。先日は布団を畳もうとして、うっかりテレビの端チューナーケーブルを痛めてしまったので、注意が必要ではある。また、購入日は昨年の2018年10月になっている。昨年の冬支度の折、明治牛乳の紙パックにバルク品のシリコンラバーヒーターを入れてホッカイロを自作していたが、その時に発熱を予想より低く見積もっていたために、microUSBケーブルの端子は熱で溶けてしまった。そのときのtwitterには、紙パックをモバイルバッテリーに仕立てたデザインが斬新だとして注目を集めていた。実際的にはLEDフィラメントと同じく、熱と信号と光を分別すべきだった。電球は熱と光が合わさっているから暖かな光になるが、省エネや回路の耐久性を鑑みると、今年はホッカイロや誘導電流とLEDや充電を分けようと思う。アクションカメラのGoProが充電時に発熱したり、PSE認証を施した薄い新型のリチウムイオンバッテリーなども基盤の放熱板がコンパクトになっているのでやや発熱傾向にある。

apple社のライトニングケーブルがとあるWebデザイナーに与えたインスピレーション、影響は象形文字のようでもある。千石電商では、apple社のケーブルにだけ充電やデータ転送に直接関係のない認証用のマイクロチップが埋め込んであるとしていた。それがスマートフォンのなかでも、iPhoneを特殊な位置づけにしている。個人的にはamazonBasicからmicroUSBのマグネットケーブルが揃ったらとおもうけれど、マグネットケーブルは便利な反面、電気が適量通電できると先着で、特定のメーカーのラインナップに限定する癖があり、それがパーツ選びの視野を狭めていたとも取れる。

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モノに備わった物語

デザインとストーリーは表裏一体の関係がある。
タバコのPeaceの鳥のロゴは、オリーブの葉をくわえた鳩のイメージになっている。wikipediaによると旧約聖書のノアの箱舟から外の世界の様子を伝える鳩のイメージだという、またパッケージの青い色合いは、タバコが嗜好品とはいえ、無意識のうちに暮らしに潤いと彩りをもたらしていた。1980年代にはロート製薬のCMで、クイズ番組や、ルパン三世の幕間などでハトが製薬会社に向けて飛ぶシーンがあった。ルパン三世は構成が上手いのか、テレビを見ているとなんだかCMが煩わしく感じる、これから続きが気になるところでCMに入ると、少しテレビに乗せられてしまう自分に気がつく。しかしながらテレビが普及し始めた頃のCMは抱き合わせで付随する商品がなく、メインになる商品とその特長を伝えるテキストがシンプルで明快。今見るとその番組だけでなく、たった数秒のCMからでも世界観が見える。100円ライターもまた、低予算でありながら、透明な容器で燃料の残量がわかりやすく、当時だけでなく、その先の未来のパッケージデザインに合うように作られている。
ファッション界でトレンチコートが流行して、それと同じ時期にジッポーライターが登場した。トレンチは戦時中に歩兵が掘った塹壕で、そこで雨や泥を被っても服が濡れないように機能的で頑丈に作ってある。ジッポーライターは、雨が降っても砲兵の火縄銃の口火が消えないように金属の容器に入っている。戦争が終わって平和な世の中になっても、その実用的な用途はそのままにファッションとして再評価されている。ジッポーライターと100円ライターを比較すると、雨でも濡れないし、ポケットにも治りやすい、機能は共通するところがある。ところがブランド価値ではジッポーライターの方が分かりやすい。タバコのパッケージにも平和や対話の大切さを暗示するものがあり、100円ライターは低予算でも、その設えに合わせた作りになっている。デザインのコンセプトが掴めれば、原価以上の価値を演出することができる。
また、今では黒電話というダイヤル式の電話もノスタルジーを感じるものの、プッシュホンになってボタンを押すと、連絡先が特定できるインターフェイスも革新的だった。黒くてジリジリと番号を並べるものから、ビビッドな赤や家具に合う落ち着いた白の電話機から、ピポパポと音がなって目的の電話番号に繋がる仕組みは印象に新しい。
インターネットが普及して、windows95が従来のパソコンにグラフィックで、電話やワープロ、表計算ができるようになった。携帯電話では、日本のdocomoが無線機をカスタマイズして、独自の携帯電話を開発した。その時期から、日本や韓国、中国ではIT機器が普及しているものの、発展途上国では未だに10年前のシステムやインフラを使っている。ところが、先進国でも景気が伸び悩み、第三国の手付かずの文化や、アイデアに可能性を感じることが出てきた。OLPCでは、100ドルで発展途上国の人でもパソコンを購入できる。そのデザインはmacBookとDellのパソコンの合いの子のようで、人を表す棒人間のアイコンがOSのロゴになっている。OLPCは中東では、足こぎペダルで自家発電しながらパソコンを動かす写真があり、アナログとデジタルの調和を物語っていた。日本でもノートパソコンと足こぎペダルで給電する仕組みは、色々なプロダクトがありながら、それを専用に作るメーカーは少なく、意外に希少価値がある。また足こぎペダルにも、ある程度の強度と安定した設計が必要になる。
OLPCはラップトップからタブレットにコンセプトを変化させた、キーボードが画面と分離しても、bluetoothの外付けキーボードで代用できるようになった。試作品の写真では、タブレットケースに太陽電池が貼ってあった、太陽電池で給電できればその発電効率は薄い躯体には合わなくても、機能的なデザインになっていた。ところが実際にamazonに並んだタブレットを見ると、太陽電池はなく、代わりに引っ掛けて持ち運びしやすくなるキーホルダーが付いたタイプになっていた。
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SFへの架け橋を組み立てる

講談社にある少年マガジンにエデンの檻という漫画がある。目がさめると学校の周りが無人島で、そこから元の世界に戻るというSFファンタジーになっている。自給自足のキャンプ生活から集落を守り育て、グループでの共同生活が描かれており、近未来SFの設定では未来少年コナンにも共通したところがある。
サポート役のメガネの高校生、真利谷四郎が無人島でパソコンで植物や動物の図鑑と照らし合わせて、ナビゲーターの役割をするというシナリオがあった。よくよく考えて見ると、真利谷は電気がないところでどのようにパソコンを起動できたのかという疑問が湧いた。足でペダルを踏んでセルフで充電できる仕組みになっているという、そんなことで現実的になっても漫画の読み方としては、少々素直ではないのかもしれないが、災害時にハンドルを回す、懐中電灯や、AMラジオなどがそれに近い仕組みを持っている。しかしながら実際にコンセントから離れて動かすにはハンドルが少々小さく、仮に1分充電するために何分くらいハンドルを回せば効率がいいかを工夫することで、体力的には負担が小さくなる。また、ハンドルにはベアリングや滑車がついているかどうかも運用の助けにはなる。漫画を読んでからふらりと外のスーパーマーケットに出かけて見ても、そのようなコンセントがない状態で使える機器を考えても、多くの品目からそのコンセプトのプロダクトを探す手がかりが見つからなかった。しかしながら、漫画の中の真利谷君は、パソコンのファイルから古代生物の骨格を調べたり、わからない項目に頭を抱えたりもする。バッテリーが足りなくなると、足踏みペダルをキコキコと踏んで充電する、まるでうどんでも捏ねているかのようだ。足踏みペダルも持ち運びやすさと、出力のだしやすさを考えると、自転車、または補助輪があって事故のリスクが少ない子供の三輪車のペダルのようでもあり、また携帯電話のような、持ち運びやすさもあれば便利で使いやすくなる。
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