作業のジョイント

土曜日は診療が2つあり、また証明写真を撮る必要があったので、作業ではないにしても体が空かず、平日とほぼ変わらなかった。用事がある中でも、メッセージを確認できるようにしておきたい。とはいえ、電子メールは派遣の勧誘メールがくるために、知人ができて空いた時間に送受信を確かめることに気後れしていた。Webデザイナーとして通信の手段としてメールや電話を使うことはあったけれど、実際に会わないと分からないこともある。勤怠をメールにするのは、その事務所に特有のことで、2012年から2016年まで祝日を除くほぼ毎日案件のメールをやり取りしていた。中国からのメールにはタイムラグはあったけれど、Gメールで送受信ができた。地下鉄に乗っているときは、メッセージの送受信が遅れることもある。ただメールを送った側からすれば、なるべくはメッセンジャーのように内容を理解して、できれば返信するのが望ましい。

朝の当番では、燃えるゴミの袋を半透明と透明のゴミ袋を取り違えてしまって、作業場を往復することになった。こういったところから気疲れがあり、項目をチェックしていても抜け漏れがある可能性があった。指示書は十数個あり、順番に要領よく取り組もうとした。進行の関係で、指示書がまだ届いていないものは、手持ちの指示書を消化しながら、項目を整理して、新たに並行してタスクが入ってもパンクしないようにする。とはいえそこまで効率がよくないために、無難な方法としては受け答えをマメにして、勘違いやミスをひとつずつ解消していくことを目指していく。その場をどうにかやり過ごそうして、不確かであったりあやふやな受け答えをすると、そこ部分だけで進行が滞ってしまって、その先の必要な確認項目の概要さえ分からなくなることもある。進行の途中から新たに届いた指示書の意図を読み解いて、次の担当者に引継ぎをするために項目を理解するのに、要点が把握できず手間取っていた。また、リストの項目を反映するのに、実行し残っているタスクがあり、業務用プリンターを再度借りなおすことになった。また担当の時間と引き継ぎが前提になっているとしたら、最初に一度に確認しておけば、進行が滞って困ることもなかったかもしれない。しかしながら、指示書の中には、通常の作業ができるものと同じ様式でありながらも、担当時間にはコマンドが実行できず、未着手のまま指示書を引き継ぐという珍しい事例があった。所々確認が必要になったとしても、特に力が入る部分は、確認すべき項目がその場では把握できず、あやふやな言動になっているときで、用件を言った言わないの議論になる可能性をはらんでいる。受け答えは基本的にはYESかNOで状況に応じた判断ができているかを問われていた。

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学びと相互理解

何を言われても嫌な顔をせず、黙っていればそれが相互理解や協業に繋がると思いたかった。もしその相手の言うことをじっと見つめて、その間わき目も振らず、相手の立場に立って説明の内容を理解して、それで適切な対応ができたならどんなにか負担が軽くなると思うことはある。その内訳を見るとそのためには経験者と同等の実力が必要になってくる。対話でありながらもさながら腕相撲のような小競り合いがある。僕はそういったアクティブうなコミュニケーションが苦手だった。相手のことを悪く思っている訳ではない。世代によっても、指導がより一方的で抑圧的なことでさえ実行力があるとして、頼られていたこともあるという。相互理解に基づく友情というよりは反対者にしたくない人という印象。僕の場合はその日の業務のノウハウが立てづらいことで、不安と恐怖に精神的に圧迫されていた。仕事が修行であったほうが、精神と肉体が健全でいられるのだという。他の世間のことは分からないので、比較検討はできない。あくまでも一つの選択から成り行きでそうなった過程と考えられる。作業の場を修行の場にするための囁きのようなアドバイスに耳を傾けられれば、その日が比較的難が少ない。ところが、集中力が持続せず、うわの空でかすかな囁きやフラグの変化に気が付かないと、たとえ悪気がなかったとしても状況判断を誤って、ミスやインシデントに繋がって不利な立場に立たされる。相手を思いやることは、わずかな機微に気が付くことでも、また礼儀をもって伺いを立てることも必要になる。ケースバイケースの部分がある。厳しい、シビアだと感じる人でも、参ったという意味合いを込めて分かったと返答する場合と、内容を覚えたり理解しきれていないのに分かったという場合では、許容と理解の程度が異なる。反復することで、理解はできるようになる部分もあるけれど、そのときのタイミングで気が付くべきこともある。

作業には時間をかけて丁寧に取り組むべきことと、効率よく手早く行うべきことがある。そのバランスが難しい。いちどミスしたことを、指摘されるとうんざりする分には気持ちの切り替えで何とかなるけれど、ミスしないために対策と準備をする必要がある。習慣や無意識に忘れたり抜け落ちているところは、言われないと気が付かない部分もある。指導に熱が入って一方的に言われっぱなしになることもある。相手が経験者でこの先の段階に必要な情報を持っている場合は、そういった不均衡がでることもある。一方で、経験者と未経験者をとりまく人間関係が円滑になることを、学ぶ側だけでなく、教える側も気にかけているところがある。そういった面では紳士的な性格も持っている。または現場の指導には具体性や専門性があるが、その人を指導する側には精神的な影響があるように思えた。まるで親と子のような感じだった。とはいえ、社会人になると相手に頼ってばかりもいられず、いつかは自立する必要がある。指導と扶養は似ている概念や構造もあるのかもしれない。教わることは新しいことが学べるので苦ではなかったが、上下関係や業務の中で行うと独特の緊張感になる。

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仕組みを整えながら、考えを紡ぐ

身近なことにもヒントを見出して目的を持って、丁寧に物事に取り組む。そうしていればだんだんと自分の苦手なところが改善されてゆく。いつものmacBookがiMacになり、普段はこの環境で、パソコンを動かすことになった。年数は持っているものと同じ2013年だった。その頃にも暮らしの変化に対応することを余儀なくされていた。しかしながら、今度は少人数でなくある程度世間の広がりが感じられる。会話もまだ参加できないところもあるけれど朗らかな感じがしていた。順を追って落ち着いて考えれば、周りとの違和感が少なく新しい道を歩めそうだと感じる。パソコンがないときにも、考えを組み立てて、応用できるようにしてみたい。スーツが普段着になったものの、いずれも服がくたびれた印象になると、自分にツケが返ってくる。視野や空間が少し広がった分、その環境やスケジュールを有効に役立てていきたい。自分でパソコンを買うよりは、それに見合った職業や役割に合わせた方が元が取れるのかもしれない。純粋な好奇心が、モチベーションと組み合わさるように心がけていきたい。
初日からとあるキャンペーンの案件に参加することになった。そこでの案件のオブジェクトは多いものの、今まで見た広告に比べるとメッセージ性があるものがあって、やりがいを見出せそうだ。何よりをそれをみるユーザーにも明快な意図が伝わるような気がする。TreehouseでもCSSのウィンドウの相対寸法について、pxでない何かになっていた。マージンは段落の余白を示す数値だが、左右のleftやrightだけでなく上下のtopやbottomも横の幅になるようだ、ブラウザのウィンドウを縮めると横幅が変化する、すると縦に段落が間隔を調整している。説明を聞いていると今まで気がつかなったが、あとで確かめられれば新しい見方が得られた。固定化したものが柔らかくなることは、動きや関係性を柔軟にすることができる。他にはJavascriptがすぐには読み解けなかったことが少し心残りだ、仕組みを理解して、そこに慣れることで時間が短縮できて、効率化に繋げて行きたい、その一方で企画の意図を汲み取る精度を上げることで、クオリティの向上に役立てていければとも思う。
また、GitHubの使い方にも慣れていきたい。研修中にSourceTreeを使っていたけれど、早々に実務に使う機会が訪れた、ソースコードに時間や区切りをつけて、セーブすることができる。それでも理解が追いつかないところでは、落ち着いて状況を把握仕切れないかもしれない。関数は予想できるものの、その組み合わせによっては、読み方を工夫する必要があるかもしれない。それでも、解像度の高い環境で、目の負担が減り、手を動かすことにも事欠かない。できれば、朝がある程度時間に余裕があるので、もしかしたらこの文章も朝方に書いた方がいいのかもしれない。一日の見通しが見えるところまで進んでいければ一安心できる。それでも、プロジェクトの流れに沿っていない試行錯誤は多少ログにも目立ってしまうようだ。人と人が協力するための仕組みの奥深さと大切さが感じられた。
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