メモと文章

子育てのノウハウはや芸能関係のゴシップネタは関りが全くないので分からない。文体に魅力を個人的に感じて産経新聞の連載小説の電子版をスマートフォンでキャプチャーして、解像度は全画面では映らなかったので、画像認識でテキストにできるかは試して見なければ分からなかったが、Googleドキュメントで電子新聞のキャプチャーを読み込んでみると、数か所読み込めなかった部分はあるけれど、原稿用紙に縦書きで書いてある文字が、ワードに横書きで流れていた。フォントはタイトルと段落ごとにバラツキがあったが、メモ帳のテキストとして読み込むと、まるで脚本のようになった。セリフやナレーションを音読してみたりして、構成を自分なりにイメージで再現してみる。アニメでもドラマでもない、一つの貴種流離譚という物語のジャンルだ。あまり手が掛かりすぎても、毎日続けられるかどうか。4月1日から始まって、現在が27話目になっている。新聞の連載小説を毎日欠かさず読んでいたことは無かった。週刊誌の少年ジャンプでも毎週読んでいたかどうか、ストーリーの運び方や仮説の立て方などを肩の力を抜いて取り組んでみたい。小説家は他人より苦労した人がなる職業と言われている。とくにアイドル関係の芸能ライターはそのスタンスを誇示している。僕は人とくらべてどうとかには興味がない。できることをやっていこうと思う。

こういったことは学校でもできることで、とくに学びを否定する気はないが、学びは労働とは相いれないところがある。マスコミ内での派閥争いをもとに労務関係の軋轢が生じた。どうやらヤキモチを焼いてしまうようだ。僕はそこまでできるほうではないけれど、就職の仲介サービスの人と話していると、どうにも待遇を気にしている。これはどうやってもまともは仕事を紹介してくれそうにないと気が付くと、僕はハローワークに足を運んでいた。放送作家の中には生活保護よりも不当に低い状況に甘んじてでも、クリエイティブなことがしたいとしてそこにしがみつき、今では待遇が逆転したという境遇の持ち主もいるらしい。しかしながら、虐げられた分だけ、相手を虐げようとするようになる。いじめられたとしても仏のように忍従するというのは理想でしかなく。托鉢や粗食を進めるのはある種の犯罪教唆にあたる。もっとも自分で選ぶのは自由ではあるけれど。産業構造の変化によってサービス産業が戦後に拡大して、都市は多様化したけれど、その分実体のないまやかしや寄生などの不健全な依存関係もはびこっている。中世から丁稚奉公はあるけれど、まだ戦後から2世代くらいの交代しかなくて、自分の不遇を社会のせいにできるくらいの表現の自由があるのかどうとか。

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現代史に漂う意思

現代を読み解くうえでタレントは直感的で分かりやすい、対して専門的では具体的ではなく、取り掛かりずらい。図書館が公民館から民間のカラオケなどのアミューズメント施設の運用会社に委託されるようになって、ライトノベルは置いてあり、子供たちの意見も聞けるようになったけれど、題材は現代化せずに、本のジャンルも便利になると、かえって固定化する。センター試験では、歴史は効率が悪い科目だった、新聞の近代史を見ると、読まされるより、勘違いがあったも読みたいものがあれば、なにかしら語り草になる。

スマートフォンを個人的な理由で解約しようとすると、コールセンターをたらいまわしにされて、高額な違約金を持ち出される。そこには理由こそ道徳的に明らかでないが、産経新聞で総務省がそれが市民の暮らしを圧迫しているというように疑問が投げかけられなければ、利用者は消費者センターに問い合わせるくらいしかなかった。別に個人の意見を社会一般に代弁することはできないが、なにか風潮のようなものがある。CEOをIT化を進めていて、それに広告が連動して、それだけを見的にいると、近未来的にも見えるけれど、人を舐めるのも、自分が相手の立場ならいい気分ではないけれど、なぜ営業マンがこぞって議論するようになったかはわからない。

死のストレスというのも、根も葉もない宗教のようで、あまりしっくりこない。子供の頃は本をよく読むひとが、文学的な表現としてそれを用いていた。口論すると、なぜか直接名指しで非難していないにも関わらず、負けそうになる。そもそも口論に勝ち負けがある時点で協力的ではないけれど、本能的に相手と権威や正当性を比べることで、なにか方針を決めるということが平和になっても、心にはある。エゴは他人を無視するだけならともかく、ほぼ自分より立場の弱い人を非難することが多い。

実際の八百屋や商店街と違って、それを作品の素材にするマスコミ関係者はお得な話を持ち掛けることがほとんどない。それはいかにマスコミの事務所が徒弟制度のようなものだったとしても、非常に閉じたコミュニティになる。漫画の宇宙兄弟の閉鎖空間のようなコミュニティで、社会の全ては数人の構成員の駆け引きで決まってしまう。もちろんだれもがはじめから駆け引きに長けているわけではないのだけれど、生産的でないとしても駆け引きは形を変えて影響する。

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形にならない蟠り

あなたはよく舐められても怒らないねと感心される、学生の部活動でも、メンバーはそこで何がしたいかより、どうしたくないかを噂する場合が多い、得意というものは他人と比べるとそうでなくなる。人ひとりの力量や注意力は、複数人と比べると多少優れていてもあまり貢献度にはなりにくいこともある。組織は優秀な人材を求めるけれど、僕個人について言えば、猫の手でも借りたい状況で、他人を頭ごなしに否定できる人が羨ましい。それでも相手のためを思ってあえて言わないまたは、言えないようにしている。

それにしても、エキストラではおとなしい一般人は刑事役が板につくことがあるという、誰かを値踏みしたり評価したりできる。もし事務所に住んでいればそれで勝ち抜けることもできるかもしれないが、そこで協力だけする立場では、なんとかして受け流すしかない、自分はこれだけ頑張っているのに、あいつは比較的楽しているという感情が湧き上がってくる。僕はそういった気持ちを持っても勝ち目がないので、自然体でいることにしている。僕は別に失うものがない、なのでそこで出世をきにすることもないし、空いた時間ができれば自分なりにアイデアを考えるだけのことだ。

毎日、イベントがあるのは感情労働という気がするけれど。一般的には社会であ自慢はできないのはもちろんのこと、相談も対等にはできないという、そういう時でも初心は忘れずにいたいものだ、そこまで自分に自信はなかったが、なんだかんだで構って欲しいだけだったりすることもある。相手に好意を寄せても都合に合わないときは逆に落ち込んでしまう、そこで適度に嫌がらせをする。無関心であることで、ノウハウの溝が埋まらない時もある。趣味で何か得意なことがあって、相手がそれを羨ましがっているかはわからないけれど、とにかく自由気ままにしていることが鼻につく、自分の言いなりにしたいという気にもなる。

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ネガティブになりきれない事情

挨拶で声を張り上げるのは、内気な僕にしてみれば、少しはその元気さを見習ったほうがいいというところもあると思う。優男は隙も大く以外に利己的なところもあるので、信用ならぬと生まれてからそういった調子だった。それでも厳しさを後々、実はいい奴だったと黙って解釈するのが人情だという。
中学校の時の公民の授業の時に、日本国憲法の条文をワープロに書き写していたことがあった。そんなことをやっても意味はないし、成績も中位でなにか人に誇れることを目指したほうがいいのではという意見もあった。親子喧嘩で、フェアでありたいとか、機会の均等などを言葉にしてもまるで通じない、できれば実践的な民法や家庭の医学などを参考にしたほうがせめていいのではという。ことあるごとに自分の甘さを棚上げして、人としてフェアであることが相手だけでなく自分を見直すきっかけになるように思われた。ある時、どうしてそこまで頭が悪そうで、人が良さそうなスコケマシに見えるのに、ヘラヘラしているのかというように突っ掛かられたこともあった。自分でも優しいだけではダメで、なんとかナメられないようにとは思っているけれど。
大学では、憲法はあまり人の役に立たない、民間やそれぞれ郷に入らば郷に従えという諺があるように慣習からルールの成り立ちを辿るようにすることが、多少理不尽に思えても、仲間を作るための近道だと教わった。教わったというより、その時は自分では仲がいいと思っていたのに、なかなか折り合いがつかないこともあって、少し心の隙間を埋めたかったということもあったのかもしれない。そういった自分は空虚だと、思っていてもそれが返って中立でいられるようで、世間の見方が和やかになったので、あまり他人には共感されないけれど、それほど良いものでもないけれど、悪くもない。
山本周五郎の青べか物語にあった千葉や東京の湾岸地域の気っ風というか、そういった浪曲めいたことも習うよりは慣れろというところもあるのかもしれない。昭和年代の歌謡曲では、ただ大人しいだけではない社会のリズムや流れに乗るというところがあった。しかしながら、とある広告のメーカーでは演歌のコブシやビブラートといったリズムを、本人歌唱をもとにデジタルデータ化して、そこに合わせると得点が高いというカラオケの採点システムを作ったという。それがいいかどうかは僕には分からない、声がしゃがれて意図したものにならなかったとしても、仕方がないというところもある、あえてカラオケのテロップを読んで音読することで、詩を自分なりに再現しようと多少ボケたこともあった。最近では頭の後ろからストレスのような変な声が聞こえるものの、どうしてか過激な歌詞を選びたくなくて、通信カラオケではなくGoogleやニコニコ動画のキーワード検索を使って、こういったメジャーでもマイナーでもないけれど、元々は同じような環境でもあったかもしれないというようなメッセージをささやかに添えておこうと思ったこともある。
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それぞれの長所を見つける

あり合わせのものでできることをはじめはだれかに頼らずに進めていく、あまり良くないパターンとしては、そのグループのボスに対して悪目立ちをすると目を付けられる。ただ目を付けられただけでも、それを気にせずにというより、グループの全体としての意思や方針があって、それに個人が影響を及ぼす事ができないということを示しているのかもしれない。さりとて、生活の基盤に株式会社や法人や学校などの組織が関わってくると、そこでのやり取りは、餅は餅屋にというように、なるようになるという風に取りなすくらいしかできない、それでいて、アイドルグループのファンのなかでも結局は禅寺で修行をしたようなメンタルに波がない人がそのグループを取りまとめることで、調和したというところがある。現実にはなかなか初めから何事にも超然とした見方を取ることは難しい。それぞれに得意分野があり、そのジャンルでは相手を圧倒する事ができるという、または円陣を組んでそこに馴染まない人に圧力をかけるという方法もある。そういったなかでも、常にグループが団結していることは理想的ではあるものの、実際には珍しく、多くの場合は各々ができる事とするべき事が一致しない事もある。僕なとはいつでも猫の手も借りたいと思っていたし、身の回りの環境ではそこまで立場や考え方が同じ人ばかりでもなかった。誰でも注目を集めたり、人から役割を与えられたいと思っているだけでなく、時には誰かを叩きたいと思う事もしばしばだという。それはグループがやさぐれてしまう原因になるかというとそうとも限らない。
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セクハラと自主性の絡まり

セクハラ問題は、一つ上の世代にしばしば見られる。グループと個人のやる気を餌でも釣るように操る。アニメでも白人で金髪が多いと、実際には不可能な事をやや理想的に描いているという事がしばしばある。負担を他人に擦りつけようとするあたりが社会に対してあまり生産性を感じない。産業が農業からサービス業に移行している。歴史的にはイスラム王朝の後半あたりから、農本主義が矛盾をきたしているとされた。イギリスではクローバーを使った三圃制によって休耕地を入れ替えながら耕す自営農民ができた。歴史はオセロや囲碁の勝ち方だけでも治りきらず、産業史や企業史と異なるところがある。高校卒業してから大学より、専門学校か、あるいは実業に入ると、おそらく法律や自然科学のノウハウが必要になる場面もしばしばある。もしお子さんに勉強をさせたいのなら、強制するべきかという問題になる。
ワンピースの映画では生き生きとした人物の作画や建築も見た目では素晴らしかったが、金融の知識を必要とする場面があった。モナコのようにカジノが運営される町に貸金庫があって、それを貸した人が分配するための仕組みとして、貸し借りの慣習が形成されていく。広告代理店のお涙頂戴的な雰囲気は、ややもするとヤラセに近いところがあり、少なくともそれは作られた感情だ。それが無かったとして本当の感動があるかというとそうとも言い切れないが、騙されるよりはマシだと思う。嘘や作り話は時として暴力になる。世の中が弱肉強食とは決め付けられないが、社会的に立場が弱い人が搾取される様子がしばしばある。とはいえ、それらは初見では難しい、経験は記憶によって造られるという説と、立場や目線を低くしてなるべく被害を受けないようにするという備えが必要になってくる。しかしながら日本ではそれが村社会のような因習になっている。ふと海外に目をやると必ずしもそうでもない。また、日本独自のものを説明するのに大部分が英語の勉強が要求されるものが多い。そこで難しい事を難しく説明することよりも、少しでも理解者が増えるように、簡単な例え話にできるかによって行動の自由度が異なってくる。
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言葉にしにくい息苦しさ

高度経済成長期の日本でもその実態は、残業にあったという。その雰囲気が根強い、他人が楽をして生活する様子がどういうわけか悔しいという、性格は本人というより環境によって決まってくる。社会に出てからメルマガを読むことが上手い人は、自分では読まなくてちょっとした癖から全体を読み解こうとする。その手には毎年関心するけれど、どこか空っぽで中身がないように思われた。SNSで話題を見つけては絡んでくる人のフォローをやめて見るものの、その当時はしばらく距離が置かれていたものの、本人が居なくても話題を膨らませにかかる、アイドルを応援する人は実は、応援している自身に酔っていてその存在意義を見出している。そういった中では、なかなか思うようにいかない、隙間時間で考えることを続けるしか無くなってくる。
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