パスタとおにぎり

コンビニエンスストアのおにぎりは、歩きながら食事ができるので、散歩で小腹が減った時に重宝していた。また、パスタや蕎麦、うどんなどの麺類は野菜炒めのようになっており自炊する手間が省ける。そばやうどんでも僕が家で作るよりは茹で加減も均一で、品質は一定しているけれど、それだけに毎日のメニューが固定されがちになる。スーパーマーケットでディチェコのデュラムセモリナ小麦のパスタをアルデンテで茹でたとしても、そこに添えるソースは、自炊でもレトルトでも必ずミートソースとニンニクとトマトピューレがセットになっているので、印象はあまり変わらない。しかしながら和風の材料でパスタを調理すると、焼きうどんのほうが、しょうゆに合ってなじみがある。

NHKのあさイチですいすいパスタという、パスタを水で戻して生パスタのようにするという生活の知恵があった。またリゾッタータという、パスタは寸胴鍋に水をたくさん入れて、そのなかで泳がせるようにして茹でて、塩を3g入れるという従来の手法とは異なり、フライパンに油をひいて水を入れずに麺だけを入れて、少しずつ水を足していくという方法で、水が足りなくなると、焦げないようにフライパンをチェックする必要があるにしても、少しずつパスタが食べられる硬さまで水でふやける様子は、育成シュミレーションにも似ている。そのようにして、うどんやそばの乾麺がスーパーやコンビニで揃うけれども、パスタの調理法がいろいろと工夫されるのは、ありあわせの具材の調理法が柔軟になったことがあげられる。

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USBの流れと繋がり

画像を連続させて、動画にすることでwebカメラからどのような様子や景色になっているかを観察することができる。写真と動画の成り立ちは歴史的には同じくらいだという。アニメーションは、写真のフィルムに何かを書き加えることで、あたかもそれが実際にそこにあるかのように演出する方法だったという。

USB ケーブルにマグネットを追加することで、簡単に付けたり外したりでき持ち運びが容易になる。マグネットケーブルではスマートフォンのmicroケーブルにマグネットを付けることが2016年くらいにあったが、いまだに従来からのtype-Aのマグネットケーブルはなく、もし新型のスマートフォンやノートパソコンの端子がtype-Cになったとしても、その根本にはtype-Aが付いている。それをコンセントのAC電源や、車のDC電源から変換するにしても、根本にあるUSB端子は従来型のtype-Aの端子が2つくらいあり、iPhoneの白いキューブ型でないにしても、黒か他の原色でそこそこかさばったとしても、電流は2本あたり4.8Aくらいあれば、スマートフォンの充電や諸々の周辺機器が動く、自作でこしらえたセメント抵抗で作ったお湯沸かし器も半日くらい放置しておけばその辺りの出力でカップラーメンに必要な温度がでる。

RaspberryPi単体では、スマートフォンくらいの消費電力でモバイルバッテリーから動作するが、基盤の他に USBハブとしての役割もあり、そこでアダプターで電流を確保する必要がある。マウスを家電量販店で探していたけれど、ふとノートパソコンのメーカーの付属品のマウスにすれば、つけたときの一体感がでると思いついて、DELLやHP、ASUSなどの余ったマウスがジャンク品にあれば、raspberryPiにも、macBookにも操作性が確保できるとような気がした。従来では、どちらかを操作するときに片方のUSBケーブルを付け直していた。もしUSBがマグネットなら付け替えもスムーズになるけれど、それはINDIE GOGOなどのクラウドファウンディングで提案されている段階で製品化されていない。ハードオフのジャンク品売り場に、付属品のDELLのワイヤレスマウスが見つかった。デザインもまとまりが良く手に取って見たくなるが。よく見るとUSB端子がなく、電池カバーもない、マウスの横に小さなの溝があり、そこを開けるとボタンパネルの裏に電池と基盤が入っていた、そこでUSBレシーバーが本来は入っているが、ジャンク品であるためにそれがなく、分解してどういう仕組みかを知ることに使うことにした。もしUSBレシーバーがBluetoothで、多少出っぱってもUSB端子があれば使いやすかったが、そのようなタイプがなく、同じパソコンの画面をマウスで操作するという機能が変わらなかったとしても、印象が変わって見えるのはどうしてか自分でもよくわからなかった。

またこの機会に、中国の新興メーカーxiaomiのマウスも試してみようと思った、届いたマウスはなんとジャンク品のUSB無線マウスとほぼ同じ仕組みで、小さな溝から蓋をあける仕組みも共通していた。一つだけ国内のマウスと違う点があるは、レーザーマウスでも、LEDの光が漏れず、無色透明であることが新しい。これによって夜になって暗闇にLEDだけがビルの保安灯のようにチラつくことがなくなる。今までにありそうでなかった工夫だった。

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ポケットラジオの乾電池

ポケットラジオの電源にふと疑問に思った。電源DC3V(単四乾電池2本)と仕様に記されている。それは特に変わったことはなかったが、エネループなどの充電池は1.5vよりやや少なめの1.2v〜1.4vになる。すると乾電池2本を直列にしても仕様の3vに到達せず、2v後半くらいになり十分に充電しているはずの充電池をポケットラジオに繋いでもしばらくして電源がオフになってしまう、または安定しない状況が続いた。それでも使い捨ての乾電池を使うことがもったいなかったので、多少充電池1本が高くても長い目で見てと思ったし、また様式的にもボルタ電池をカプセル化した充電池には愛着があった。なんとかして活用できないものかと工夫をこらそうと考えた。ポケットラジオの電池は左右1本ずつで分かれており、それがポケットラジオの基盤で直列になっているという想像がしにくかった。電池の蓋以外にはネジや分解できる切れ目が特になく、電池の端子に単四から比較的容量の大きい単三に替えても、そこまで継続時間が伸びなかった。また、それが上手くいかなかったので、代替品でラジオが聴けて尚且つUSBの5vでの給電ができるかどうかを探し回った。保証書は1年で、故障にも対応しているので乾電池を空にしているだけで主だった改造や故障はなく、工夫の余地と時間は残っている。まさか乾電池を充電式にすると持続時間が目減りするとは思ってもいなかった。

乾電池の単三の電極だけにして外部バッテリーにつなぐダミー回路はいくつか前例があるが、単四の大きさでは例がなく、ネジと電気を通さない木片を加工して作っていた。それはそれで一案になっていたが、ステンレスのネジのメッキが電気を通したり通さなかったりと微妙な課題もあった。現代にはいまだにUSBの5vになりそうでならない、また乾電池を加工しようにもできないという未踏の分野があるようだ。USBに比べれば乾電池は出力は省エネだけれど、それを交換する必要がある。巷の仕様書を見ていると、乾電池を乗り継いて目と感覚でユーザーの体験をフォーマットに替えて、それを専門家でなくても再現可能なマニュアルにする、そんな温かい気持ちを感じることがあった。

ふと電池ボックスを2本の交互に電極を繋いで、電圧を測ると仕様の通り3vになった。それは自分にとっては大きな発見ではあった。もしUSBの5vから3vに降圧すれば、電池が無くても動くのではという予想が立てられた。初めからそうなっていればということもあった。折しも昇圧モジュールと、降圧モジュールを外見のトロイダルコイルをなんとか使ってみたいという好奇心が先行して、どうにもミスをしていたようにも見えた。Amazonでは、すでに持っていた昇圧モジュールも一定の実績があるようだった。僕の場合は、太陽電池が曇りだった時に昇圧しようにもできず、また3.7vの充電池からUSBの5vに昇圧しようにもできなかった。また自動車用の蓄電池はすでに12vあり、それ以上昇圧しても電極から火花が漏れるのでリスクが出る可能性がある。その昇圧モジュールが、よもや発電機のモーターが6v前後の時に、12vに昇圧する時に使えるようになったのは、そのモジュールは安定した電源を持っていることが前提になっているように感じた。一定の電気と、容量が決まっている乾電池、その間で正しいことをしているのに、それが結果に結びつかないという矛盾が横たわっているようにも思えた。アメリカのテスラ自動車も日本製のバッテリーを並列にして燃料の代わりにしているという。資源に恵まれている広い海外の国がどうして日本の乾電池を活用しようと思ったのかが、興味深くはある。

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マリオランのコースの変化

マリオランのコースが見たくなる。ゲーム機のニンテンドースイッチは持っていないけれど、スマートフォンを活用している。僕は正直マリオにそこまで詳しくはないけれど、続けていくと味が出てくる。小学校の頃はファミコンのドラゴンクエスト3と並んで、マリオブラザーズも外で走り回るだけでなく、家でも交流ができる架け橋だった。ドラゴンクエスト3は長時間こなしたセーブデータが、カセットを持っている人により、それをお茶の間で観戦するということが行われていた。その点マリオは、順番が比較的すぐに回ってくる。例えば野球では、ピッチャーがボールをたくさん投げて、守備の選手はそれを遠巻きに見ていることもある。その点サッカーはチームで協力しないとなかなか1点が取れないことや、また1点以上入れて逆転することが、連続ではチームが疲れてくる。その点ではマリオはその循環を、それぞれのグループで独自に作り出せるという特長があった。例えば、マリオブラザーズ1の1-1面をより最短でゴールしたり、より効率的にコインを集めたり、壁を使った三角跳びを試みるといったことも仲間内で行われていた。僕はそこまで早くはなかったけれど、だんだんとそのようなコースを繰り返して見たいと自然に興味が沸くようになった。

マリオブラザース3では、ガリバーの旅行のような様々な地域があり、同じアスレチックコースでも、奥行きや舞台袖のようなコースになっていて、コースを選ぶことで、展開が変わってくるという多様性があった。しかしながら、マリオブラザーズ1より、使用上は2人プレイになっていたが、どこかでそれができればいいけれど、自分と向き合いながらストーリーを進めて行こうと思うきっかけになった。とはいえ自分がなんでもできるわけではないけれど。マリオブラザーズ2は、ディスクシステムというオプションがついたもので、1で入り組んだステージをセレクトしたような、あまり知られていないバージョンだった。それでもそもそもファミコンをずっとやり続けるような真面目な人は、クラスに1人いるかどうかだったので、それがその人のスキルを磨くことにもなったのかもしれない。ファミコン版のマリオでは強制スクロールするようなシステムはなく、十字キーでいつでも引き返すことができる。スマートフォンのマリオランでは、マリオは常に一定のスピードで走っている。その中でも、三角跳びや、ブロックの角に引っ掛けるといった流れに変化を与えるような動きが鍵になることもしばしばある。

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植木鉢の底での呼吸

どうにもプランターに根が付かない、疑問に思ってプランターの土を掘り返してみるとザラッとした感触があった、鉢底の砂利が、水を保水するレカトンだった。元々レカトンは、レンガのかけらのようなもので多孔質の砂利で、少しづつ水を通す仕組みになっている。ところが、レカトンの表面が外気や日光に当たっていると乾燥することもあるけれど、腐葉土をかけると、鉢底で数週間水を貯めており、鉢底の通気性が悪くなっていた。しかしながら、虫が湧いたりする事もなく、掘り起こして要因が分かったのはなんとも言えない。レカトンを鍋にかけて熱して水分を取り除こうとすると、しばらくして焦げた匂いはするものの、鍋が痛んだ様子も土が焦げた様子もない、なんとも組み合わせの妙が逆に作用した、例えばお汁粉にウスターソースのように相性が悪かったかもしれない。今までカップラーメンの容器に植木鉢などコストもかからず、機能も活用できるという害がない組み合わせで身近なところにも親しみやすさや、新しい可能性を引き出そうと試みてきた。とは言えコストや材質がどうあれ、無難な組み合わせでは、ある程度予想されたものを作るので精一杯だった。
レカトンはガラス容器やペットボトルなど水を貯める性質のものではあえて水を少なめにあげると、レカトンと植物の根っこが絡まって、土が無くても栄養や水を供給できる。しかしながらそのバランスが崩れると、植物が一日足らずで枯れてしまう、もともと僕もプレンターにレモンバームの種を育てようとしたところ、双葉までは出たけれどそこから本葉が出る事なく枯れてしまった。それからしてマンションで植物を育てることを諦め掛けていたが、ある時、キッチンのスポンジにグリーンマッペの種が芽吹いていたので、そこからボウルに水を貯めてそこで苗を育ててみようと思った。それからスーパーでパクチーの苗を育てようとしたり、試行錯誤していると、モーターで空気を送り込んでみたりしてみるも、それで植物の成長を促進する事が難しかった。ある時ポンプから水車で水を流すようなポンプにすると、音がよくなり、それからそこにミントが不定根を伸ばして絡みついてきた。ミントの不定根は水と酸素のバランスがいいところにくっ付いてくるのかもしれない。逆に空き缶に水と肥料を波波と貯めて側に追いても全く反応がなかった。ベランダのプランターは、ホームセンターの苗をいくつか植えつけていたものの、ベランダが半日陰になっているためか、なかなか葉は黄色くなったり、萎れかかったりとなかなか成長が見られなかった事もあった。2018年の三月くらいまで、サツマイモの余りがツルを1mくらい伸ばしていた。ミントでもペパーミントは地下茎ばかりを伸ばして、表立った葉が出ていなかった。スペアミントは花をつけてから、それを摘み取るか、種を取るかでインターネットを調べると花があると香りが弱まるので摘み取るべきという方針に惑わされそうになる。タネはミントのタネは微小で、枯れた花の実を土に付けても芽が出てこなかった。ともかく今まで植物の成長は目に見えにくく、予測がつかないで、目をそらしているといつの間にか伸びているという事が体験的に多かった。また、イギリスのウォードの箱は密閉した容器に植物を入れると、葉から蒸発した水滴が容器の中で雨になって根っこを潤して、葉を伸ばす。はじめは瓶の中でテラリウムを作ろうとしたところ生きている植物を入れるとガラスやプラスチックが水滴で曇るけれどそれが植物の状態を維持して、光が当たるところが伸びてゆく。容器が壊れなければその分だけ季節や天候に左右されず、半年くらい水をやらずに済む。
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その場の営みとその育て方

どんな場にもある程度の緊張感が必要ということはあるかもしれない。しかしながらそれを維持して良い方向に持って行くための具体的な方法が思いつかない。それについて詳しそうな人がそこにつまづいてしまったとしても、どこをどう間違えたのかがわからず、ただ励ますことしかできなかった。もしレゴやパズルを組み立てたら僕よりうまくできるかもしれない、同じ作業でも経験がある人は無駄が少なく、理にかなっている。理にかなっていても産業機械のように無機質ということもない、その人なりに実現したいものや仕組みがあるように思われた。そう考えるとそれについて追求もできないけれど、手伝うこともまた取り掛かりが掴みにくかった。
インターネットが発達して、識字率とは別に、プログラムの理解も必要になってきた。それでも複雑なライブラリや、入り組んだコードを解読することが難しく、論理をまとめる仕組みが必要なように感じた。インターネットは、現代では安定して繋がっているが、もしもサーバーがメンテナンス中になったり、プログラムの変更箇所がわかりにくくなったりすると、ある一部分を復旧させることに注力することになる。困ったときはアナログから整えてデジタルに戻すことが必要になる。そんな時に、初めてチャットをして部屋の向こうの人に話ができたことが原体験にはなる。また、実際に編み物を編むようにページを作っていくコーダーという職種は、インターネットで広告を扱う仕事柄、何かを編んで集めるという編集という仕事に興味を持つことが多いようだ。編集側からすると、何かを集めるというより、自分で1文字でも確かなものを書くということもあり、もともとの意味合いで集めてそれを組み合わせるということがわかりにくくなっている。ある行程を期日に間に合わせて、一連の編集をしたと言われても、それがどのような作業かがわかりにくくなっている。しかしながら、ある程度その人自身にしかできないという役割も必要で、そこにはいろいろなものを組み合わせる増改築だけでなく、何かの拍子で元に戻ったり、壊れたりしないような守りの側面も必要に思われた。リスクはありながらも悪意が全面に出ず、言い方を工夫することでお互いに譲れないものがありながらも、協力できるようなきっかけになればと思った。それでも、複雑な計算や、精密な動きになるとそれを上手くこなすには慣れだけでなく、それに対する姿勢や覚悟も問われることになる。周りに負担を掛けたくはないけれど、誰かの足を引っ張りたくもない。そういった中で、ついつい焦ってミスをしたり、正常な判断ができにくくなったりすることもある。左右を振り向きながらまっすぐに進むことは案外難しい。それだけにフォームを整えれば、作業で無駄にすり減ることも少なくなる、一種の訓練のようにして改善していこうと思う。
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イメージを組み立てる試み

レゴブロックにはイメージを補うようにパーツが凹凸でできている。もし、レゴブロックにカーブの面を付けたパーツがあればそれだけで表現の幅が広がりそうだけれど、イラストのようにもともとが平面、それが三次元的に奥行きを加えられたものだとしても、小さな箱のような単位でできているとしたほうが分かりやすい。もしARゴーゴルがあったとしてもその目の前に広がった仮想空間では、三次元的な制約があったほうがフィクションを受け入れやすい。それにしても、もともとはファミコンやインベーダーゲームのドット絵だったものにプレイヤーが想像を巡らせるためのデバイスとして、ARゴーゴルがあるというイメージは今でも斬新ではあるものの、ソードアートオンラインではそれがある種の仮説として提案されていた。ARゴーグルもスマートフォンをゴーグルに貼り付けたものでも代用されたものもある。
レゴでもそこまで装飾的なお城などを触ったことはなく、歴史の資料から補って考えることが多かった。その中でもセゴビアの水道や、やや華奢なイメージではあるものの、元は水が上から下に流れる習性を使って、水源から都市部にかけて緩やかに傾斜している。アーチの部分は負荷を分散するための仕組みだけれど、石組みにすると、石自体が重く動かしにくいので、実際の積載重量に比べるとやや素材が多くなる。現代では鉄筋コンクリートの橋ができて、橋桁の間には公園や駐車場ができるくらいスペースが広い、それでも橋桁はあらゆる建物の基礎のモデルになるので、多くのデザイナーによって踏襲されてきた。それは、ゲームの3次元の空間でも、アーチが使われて、ドット単位で凹凸がある軽量化されたデジタル画面でさえ、階段の半分のブロックと、石や木の四角いブロックと組み合わせてアーチや吊り橋に見せている場合もある。しかし、日曜大工では木をカーブを描いて加工することは難しく、手間と計算を要する。実際の用途では、素材と素材が協力して、あたかも一体であるかのように組み合わせること。とすると、実用的には一つずつ箱を積み重ねたり筏のブロックを繋げたりしても橋にはなる。
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ありそうでない組み合わせを見つける

できるところをコツコツと進めて行こう。Googleデジタルワークショップなどでも自主的にできるところがあれば空いた時間でものの見方を磨きたいと思う。調べればすぐに見つかるかもしれないが、意外に見当が外れると見つかりにくい。関連性をどの位置付けになり、またどのような意味付けされるようなプロセスは、日常でも意識を凝らさないと見落としてしまうこともある。
雨が降った中でも、少し雨が止むと傘を持つ手が自由になるので、天気予報を待ち焦がれ得ていた。外に出ないで、画面を見ているためには、自分で何かを選んで、考える時間があった方がためになる。スマートフォンでは、だんだんと体が疲れてきてしまう。朝、目覚まし時計をiPhoneからandroidに変えてみた。iPhoneではiOSの組み込みアプリに目覚まし時計が、組み込まれフリーソフトのアプリでは通常はバックグラウンドで3分以上動かすことができない。iOSに組み込まれたアプリでは、やや目覚めの印象が薄い。androidでは目覚ましが鳴った後に、スヌーズを5分から30分に調整できるので、電池さえ持てば便利になる。家や電源のあるところにいれば、充電には負担がかからないかも知れないが、かつての携帯電話や電卓は電池が1週間くらい持っていた。コンセントに繋ぐか、充電の回数を少なくする工夫があれば、負担が減って便利になるようにも思う。iPhoneの場合5000mAh充電池があれば、充電しなくても一日12時間ほど持つことができる。androidはバージョンが5.1で、バッテリーが1800mAhくらいで、おおよそ5時間くらいだろうか。そうなるとボタンが押しやすいiPhoneの方が、何かと充電に気がつきやすい。ポケットにいれていると、GoogleMAPのGPSをつけたままにしていると、だんだんとバッテリーを消費してくる。また形は同じでも海外で普段どのような機種で、どのように使っているかを想像するのが面白い。
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会話の元になる問い

僕には色々な側面がある。
その中でも、変化が適度に起こる方が、気が楽になる。
グループワークだけでなく、ちょっとした会話も萎縮した雰囲気になってきていた。そういった中で、普段から元気が出せることも大切だけれど、
僕はそのことで相手の評価を気にしてしまっていた。どこか落ち着きがない真面目さになっていて、それが相手にはあまり誠実でなく冷ややかな印象を与えることもある。とにかく明るい印象だけを持とうと思うとどこかで画一的になってしまう。
・現実をの変えられる理想を持っている
・イメージに共感してパフォーマンスを発揮する
・できることとそうでないことを分ける
・現実的に共通する課題を掘り下げる
それでもあるウェブサイトとそのパッケージからカスタマイズした事例を見ているうちに、グループでもそれぞれの得意分野やできることを示し合わせられるような傾向もあった。システムなどでは長期的なキャリアプランや、安定のブランド力などに寄り添いたいけれど、日常ではなかなかそういった案件ばかりでもない。ある種、くじ引きの要素もあるという。そういった時、どのような分野が客観的にできるかを考える。
グループの中では、気持ちの波もあって、その場の雰囲気と合わない時もある。ちょうど納豆と牛乳が合わないことと似ているかもしれない。
それぞれを個々に見れば、栄養にもメニューの素材にもなる。組み合わせをイメージしながら、今までにないものにも視野を向ける。そういったことも、元々は思い込みが激しく、相手の要望い対応できないやるせなさが落ち着いた頃に思いついた。中には、相手に目線が下や明後日の方向を向いていることに付け込まれ、意のままに操られることもある。グループでパフォーマンスを発揮するには意味での肩の力の抜き方を身につける必要がある。僕の中でも、先のことや技術の体型が全て分かる訳でもない。
緊張の度合いと、コミュニケーションの相性がある。
何事も明るいに越したことはないけれど、いつでも明るさをごり押しされると、こちらでは本音をうまく伝えられないこともある。
それも、海外の空気がうまく伝わったことで、村の中で村長が村人をまとめるだけでなく、それぞれが、思い思いに目標を目指してくれたことがある。
ある二人がいた。
それぞれ一人ずつと、会話してもうまく会話が噛み合わないこともあるけれど。その二人が組むと、片方が疑問を投げて、もう片方が答えを返すというキャッチボールになっていた。そういった事例は、コミュニケーションが苦手ながらもいくつか目の当たりにしたことがあった。仲のいい二人だからといっても、昔からの付き合いばかりとも限らない。共通の課題や、苦手意識、進路などで、関係性を深めるきっかけになる。
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