対話と周期

ふと中国のxiaomiの兎のマスコットの対話デバイスがどんなものかを見つけようと思って、探してみる、もともとはスマートスピーカーが人型になって、ポーチの部分に再生や一時停止、SDカードやUSBなどがある。タイプが新しいと、マスコットの表情は三白眼から円らな目に変わっていった。帽子は毛皮のラッコの帽子のようで、耳にはLEDランプが付いていた。記憶では帽子に星が一つ付いていたような気がする。ようやくjd.com のショッピングサイトで、見つけると。子供向けで、語学や教育に使う人形のようだ。それだけにどんな語り口なのかが気になったけれど、jd.com以外では買うことができないようで、動画もサムネイルがあるだけで再生はできなかった。カルタのようなカードに米兎成長物語とあった。子供向けとはいえどんなストーリーなのだろうとイメージを巡らせる。

Arduinoの小型版のIotデバイスの、esp 32は、arduino単体ではできなかった、wifiクライアントになったり、webサーバーになったりと、CPUの擬似的な動作が可能になる。日本の技適ではesp-wroom02が通っている。開発ボードを使うことが手軽で、スペースも取らないので、植木鉢のログや温度計によく使っていた。Wifiを繋がると時差に対応した時計が使える、これはarduinoのタイマーでは実現できなかった。Espはespressif社という中国の開発会社の略のようだ。日本のスイッチサイエンスというショッピングサイトで、esp-wroom02を活用したespr開発ボードは、ピンや銅線を踏まえても上手くまとまっている。それでも、USBに繋いだら直ちに動作する、arduinoやraspberryPiに比べると、このようなセンサーと見紛うくらい小さいデバイスで、何ができるのだろうとおぼつかなかった時期があった。プリセットにあった、ethernetクライアントにHTMLでインデックスページを作り、そこにリンクボタンを付けると、espのループの歯車がかみ合って、LEDがスマートフォンやネットワーク内のパソコンから切り替わる。これを左右のモーターに置き換えれば、車を右に曲げたり、左に曲げたりと車を操縦する仕組みになる。Wifiばかりに頼るもの不安だったので、念のためwifiがオフラインになった時には、モーターが停止するように条件分岐を付けてある。メールを送信したり、検索結果を判定するようなプログラムにするというアイデアもあるようだ。Usbケーブルは、microUSBになっており省スペースになっている。秋葉原でもマグネットケーブルが入手できるようになって、電圧チェッカーも付いている。EspがIoTデバイスでどれくらいシェアがあるかはわからないが、これを手に入れて、wifiに繋いで動作させるだけで、新しいことができる余地がある。

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アイデアとなりたいもの

僕は相手と競って、それでうまくいったことはあまりない。いつでも首を絞められて口から泡を吹いていて、それで精一杯だった。広い分野を学びたいと思ったこともあまりなかった。なりたい状態の自分を想像することもあまり思い浮かばない。グループで協力してうまくやろうとするのは、理想的にはそれがいいけれど、利害が対立するとそうでもない、僕などはハローワークにも第二新卒にもなり、女性ともあまり話せることがなかった。身だしなみもあまり自信がなく、それでも浪費だけするよりはまだ見ぬ相手のために蓄えておこうと思った次第。一人でいるのも、次の世代に託すのも似たようなものだと思っている。理想はそれほど高くなかった。

別に自分のことだけを考えていることもなく、12月に入って曇りが続いていた、笑顔だけで明るい気分になることは難しく、それでも相手になにも保証できるものがない。不甲斐ない気持ちだった。都庁の富士山カメラは、9日ぶりに晴れてみると、富士山にピントが合っている。そのことで、僕にはふさわしくないとわかっていた。変に悪目立ちしなくてもとも思った。おそらく気圧の谷ばかりでなく、スモッグや排気ガスも今年になって活発になっているとも予想される、雨でもないのに雲がかかり、日照時間が十分に取れない。

僕は最安値での買い物はあまり気が進まない、おそらく人件費を節約することになるからだった。それよりは、ある程度説明やそれにかかるコストやサービスなどをある程度余裕を持つことにしていた。yotaphone3は値切らなかったけれど裏目に出てしまった。E-inkがある形式は、海信A2,A6やDocomoのシンプルケータイがあるけれど、不思議と他のラインナップは見当たらなかった。高校の時もiモードの折りたたみケータイを持っていたが、着信がして話し下手な僕が持っているとは誰も気が付かなかった。実のところ、客引きや出会い系サイトにも騙されかけたこともあり、通信機器があることであまりいい思い出ばかりでもないけれど。

なりたい自分がそれぞれ合ったとして、うまく行く時と、相手がそれに応じた行動や判断、または反省や感謝をしてくれない場合、僕だったら何ができる、またその上で何をすべきなのか。色々な人と話をしたり、指示に従ったり、依頼を受けたりした中で、誰もバカな人は一人としていなかった。それでも僕があまり面白くない、またはより優れたアイデアがある、または一人のアイデアやノウハウに収束することで都合がよくなくなる。または、束縛がない状態でないと磨り減った心や体が回復しない、要望は様々だった。

僕は何かを決断して、相手を正面きって否定することも似合わないし、とはいえ、誰かに追いかけられる状況にもどう対応していいか分からない。僕のメールには重要なことは、あまり書いていない、それを読み飛ばしてもらって構わない。筋書きを続けているので、その人の生い立ちにあった事情に合わせて、重要とや優先度も変わってくると思われるからだ。

昨日、中国語版のアクションゲームを少しした、キャラクターにロボットアームと、工具が組み合わさっていた。ロボットアームはサーボモーターで動かすようなもので、僕はネットショップでネジや歯車、特にラック&ピニオンギアのような軸の運動を直線に変えるような仕組みを探してもついに見つからず、ホームセンターで手に入る銅線をその形に当てはめて、スイッチとして代用していた。僕はあまりゲームが得意ではないし、自信があるならいつだって変わってほしいし、サポートもするつもりでいる。僕が誰かにないものを持っているのでそれが羨ましく、怠けている僕が妬ましいというのは全くの見当違いである。そうなると、おそらく僕が口から泡を吹くまで、圧迫しないと自信が戻らない、僕は手が震えたり、会話がおぼつかなくなりとりあえずまっすぐ立とうと懸命になる、それでも相手を応援せずにはいられない。それだけ実力があるなら、やりたい事や社会に役立つことを見つけるべきだと。それは、僕が苦しむのが嫌になっているから逃げで言い訳していると、初めは思うのも無理はない。僕が同じ立場でもそう思うだろうから、僕は虚ろだった。

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関係の道しるべ

別に関わってきた相手への要求は特にない、不当に脅されなければそれで構わない。いろいろ伺った上でまずはそのように平明に伝えた。街を題材にした文章を書いていると、読み手からは都合というように取られる事がある。状態がいいときは、交差点や鉄道の待ち時間も少なく、タイミングがいい。逆にそうでないときは、必ずしも思考はクリアにはならないけれども、それでもそこで課題を見つけては状態が良くなるまで変化を読んでいく、人と会う手前、常に目の前のことに集中はしているけれど、紙の資料と電子媒体ではどちらが理にかなっているかということになると、はじめは、業務資料などは書面でという形にはなるが、もう一度聞いてみると保管場所の兼ね合いでデータ化する試みもあるともいう。どちらでも良いけれど、事前に伝えてくれればと思う。

あるいは、政府や時流に従って、急に変革されることもあるかもしれないが、それはそれでしんどい体験がいずれは糧になるという価値観に異論は特にないけれど、もしそれらがない状態でも、僕は裏表のない人でいたい。実際親兄妹でも、性格の不一致はないわけでなく、学校に行ってから僕の口調は穏やかになり、均されて行った。とはいえ、それは教室で習ったからだけでなく、自主的に図書館に行ったり、物事の由来と学ぶ意欲を感触や、実際と見比べて具体化することを試みていた。

故郷やホームタウンがどこにあるかは、首都圏に住んでいれば、都心では流通やインフラの関係でスーパーマーケットがなく、代わりにサロンやオフィス、喫茶店がある。地方では駐車場があり、高層マンションがあり、ショッピングモールがある。僕はその境目で暮らしているようなものだけれど、電車で一本でいけるようにすることに拘っていたことはなく、たまには乗り換えたり、他の駅で散策することもある。もし、近くに住んでいて羨ましいですと言われれば、あなたが住んでみても別に構わないと答える。また、引っ越さなかったとしてもお住いの地域にもいいところがありそうと話題の足しにできればと思う。

朝起きると、夏の後半にかけて長らく空を覆っていた雨雲が晴れていた。実のところ昨日の日没後にも雲が鰯雲になって、青みがかった夜空を見えた。その日の日中は雨だったので、それが秋雨前線の境目にはなる。それから一晩して、朝になると西の空に白い月が浮かんでいる。気温もやや涼しくなりスモッグが晴れて空気が澄んできている。スマートフォンで取ると肉眼では、たとえ話にあるような、月にうさぎがいるかのように凹凸のあるクレーターも見えるけれど、カメラで撮ると白く一様な薄っすらとした丸になっていた。意識と無意識の境目はわずかであることもないわけではないが、僕も初めからそこまで鋭くなかったし、また自分も思い込みから誤った方向や、あるいは正しいものを相手に一方的に伝えがちなこともあるかもしれない。または、つまずくものがないとずっと自分の話か、義務感をこなすことを続けているかもしれない。

とはいえ、もし自分と合わない人がいたとしても、共存するには具体的に分からないなりに、順序立ててそれを話す事が有効である場合は、そのように試みることも悪くはない。それを家父長的な関係のなかでは、気恥ずかしく覚悟が鈍ることもある。一方でいちいち覚悟をしていれば判断力の優先順位がつけにくくなることもある。とはいえ、家族でもグループでも実は、そこで無難に過ごすことよりも、そのほかに友人や知人がいないことで孤立しないかどうかを心配してくれる場合もしばしばある。そういったところから、これ・あれ・それというものが具体的にはどのようなものと遮らない程度で確かめることもある。

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言葉にならない微かなメッセージ

会話文を何がを抜いて動詞だけにすると誰かに依頼しているような感じになってなんとなく気がひける。普段もではあれやって、これやってとほぼ以心伝心で、たまにそれが気恥ずかしくなる。それが最近はまともな方向にシフトしてきていた。僕は割と古風だったのだろうか。とはいえ、子供の頃はテレビの教育番組ばかり見ていた。なので、相手から何かを押し付けられないことがある種慣れっこになっていた。多くの人が役者とはいかないが人気者を目指していろいろなことを我慢したり、または誇張したりしている。僕もその一人ではあるのだろう。それでも、だれかと競争すると大抵は何かの取り合いになる。ちゃぶ台の醤油差しを巡ってトラブルになったりと、共存するところでは段階がある。相手を妙に意識しすぎるところがある、その人の言うことを聞いていればその場は収まるのか、巷のおしゃべりを見てみると言い返さないから、言われたい放題になると言う。そこで適当に言い返しておけば、あいつは変わり者ということで相手の自尊心も傷つかず、その場をやり過ごすことができる。
昨今ではいろいろなものがバーチャル化しているが、それでも建設的な根拠は依然として根強い、それよりも何かを作ることを事前に確かめたり、意識あわせをするほうが漸進的なように思われる。挨拶をすると言い返せないという感じが常にある、それでも日がまだ浅いので、ある程度長い目で見て、適度に相手を余裕を持たせることも大切なように思われる。常に何か用事があるという、状態がSNSでは生まれやすい。最近では、SNSでも特に用事がないのに、用事があるように装っていることが気疲れするようになっている。僕はインターネットで一応仕事を探したりしているので、どうしてもその気配が次の日に筒抜になっていて、それとなく郵便局の伝票がエレベーターに貼られていたりすることもある。だれかと関わりたい、それもその人に負けまいとするようにという気がいろいろなところで張り詰めている。誰しもが暇であることに耐えられない。かといって無理に何か用事を作ろうとしても、ある程度タイミングが重なってしまう。言葉は通じるし、計算は何度も確かめれば、その時点では優位になる。そこで素直に感謝でもしておけばある程度やり過ごせそうではあるけれど。普段の生活や、作業の中で、何か新しいことがあるとすればと思索を巡らせる。それぞれの居場所があることと、期待していたところになんらかの事情でできなかったとしたら、だれかに辛く当たりたいときもままあるのかもしれない。そういたものは、ただぼーっとして眺めているだけにすることにしている。
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